第26話 生贄
「聖女セイヤを、世界を救った稀代の大聖女として殿堂にその名を刻み。盛大に称え続ける事をこの私の名にかけて誓おう」
教主ガレンが教会の聖書の原本に手を置き、そう私に宣誓する。
これは近いの誓約だ。
もし教主である人物がその宣誓を破れば、聖書の原本に宿る力によって彼の命が失われる事になる。
「誓約したぞ。これでいいんだな」
「ええ」
「この制約を実行する為には、勝利が――世界の存続が不可欠だ。本当に勝てるのか?」
「もちろんです。全て私達にお任せください」
幼い頃、一目見た時から夢見続けて来た夢。
偉大な聖女となり、この世の全ての人々から敬愛を受ける。
そのためだけに私は頑張って来た。
だが、生きてその夢を果たす事は難しいだろう。
あのリリアが態々テッラに用意させたのだ。
ただの保険であればいいが、恐らく――いえ、間違いなくあれを使う事になるはず。
――そうなれば私は死ぬ。
生きて夢をかなえられない。
それがどうしようもない運命だと言うのならば、受け入れよう。
何故なら私は聖女なのだから。
だが、夢を捨てるつもりはなかった。
生きてかなえられないのならば、せめて死後私の名が称えられるよう求めた。
それがこの、教主による誓約。
死後偉大な聖女として私の名を広める。
それを強制するため「その誓約がなされないのなら、誓約をしてくれる方に教主を変わっていただかねばなりません」と脅し、彼に半ば無理やり誓約させたのだ。
まあ約束自体はそれほど難しい事でも無かったので、ひょっとしたら脅して誓約させるまでも無かったかもしれないが、それは些細な事である。
重要なのは後の世まで『聖女セイヤ』の名が世界に、人々の胸に刻まれ続ける事。
この一点だけ。
それを確実にするため、出来る限りの事を私はしたまで。
「ガレン様。もう一つ宣誓をお願いします」
「ん?なんだね?」
「ダイエットです」
「へ?」
教主は言ってみれば私の広告塔だ。
長く働いて貰う為にも、出来る限り長生きして貰わなければならない。
だが、彼の自堕落な体格を見ればその寿命が長くない事は一目瞭然である。
だから誓って貰う。
長生きする為のダイエットを。
「無理な様なら……他の方に、変わりにお願いするだけです」
「ぬ……く……分かった」
私は本気だ。
それが分かっているからこそ、ガレンは断れない。
「ああ……もちろん一時的にではなく、生涯を通して適性範囲である事を誓ってください」
「く……むちゃを言ってくれる」
「こちらは命を賭けて世界を救おうと言うんです。それに比べれば、大した事ではないと思いますが?」
「そう言われるとそうなんだが……分かった。誓おう」
彼は聖書に手を置き、そしてダイエットして標準体重であり続ける事を誓う。
聖書にこんな馬鹿げた誓いを立てるのは、後にも先にもきっと彼位の物だろう。
「感謝します」
すべき事は全てした。
後はこの命を賭けて世界を救うだけだ。
もちろん生きて戻って来るのがベストだが……
それは敵わないだろう。
間違いなく私は使う事になる。
――自らを生贄を捧げる為の
★☆★☆★☆★☆★
女神との戦い。
そこへ赴く日。
生まれ育った生家の前で、私は両親に頭を下げる。
「父様。母様。親不孝をどうかお許しください」
思えば私は、二人に迷惑ばかりかけ続けて来た。
貴族の令嬢に生まれながら、私は両親の反対を押し切って貴族としての生き方を放棄して冒険者になっている。
一時はダンジョンで行方不明になってしまい、心配をかけたりもした。
散々心配や苦労をかけて。
そして最後は……親よりも先に死ぬ事になる。
これが親不孝でなくて、何だと言うのか。
「何を謝る必要がある。お前は私達の誇りだ」
「ええ、そうよ。貴方は世界を救うために頑張るんだもの。褒める事はあっても、責める様な事は何もないわ。だから頭を上げなさい」
父様と母様が私の肩に手を置く。
二人には、邪神や女神の事を全て話してある。
そしてその戦いで、私が間違いなく死ぬであろう事も。
「ただ……出来れば、お前には生きて帰ってきて欲しい」
「……申し訳ありません」
それは無理だ。
私だって死にたくはない。
生きて自分の手で、フィーナ達の仇を取りたい。
だが敵は余りにも強大だ。
間違いなく、私はあの針を使う事になるだろう。
「そうか……」
「……」
両親が悲しげな瞳で私を見つめる。
「ですが……必ずやこの世界を救って見せます」
アドルなら。
そしてあのリリアが残してくれた手段でなら、きっと女神すらも倒しうる事が出来る。
そう私は信じていた。
だから命を賭けられるのだ。
「行ってまいります。どうかお元気で」
私は再び両親に頭を下げ、そして屋敷の門を出る。
そこには、女神の天秤のメンバーが待ってくれていた。
「皆……見送りに来てくれたのか」
メンバーには女神の事を話している。
そして針を使って、自身を生贄に捧げる事になるであろう事も。
これが彼らとの今生の別れだ。
「すまねぇ、レア。俺達がもっと強ければ……」
「気にするな」
今の彼等では全く戦力にはならない。
何せ私自身、どの程度役に立てるかすら分からない相手だ。
仮に塔の機能で皆を連れて行けたとしても、足手纏いにしかならないだろう。
「一緒に戦うどころか、俺達じゃ生贄って奴にすらなれねぇなんてよ……」
針を使って捧げる生贄は、誰でもいい訳ではなかった。
一定水準の力を持つ生命体でなければ、邪神の力を宿す剣は贄と認めてくれない。
そしてその基準を今この世界で満たしているのは、私とセイヤとアドルの三人だけだ。
「せっかく生き返ったのに、また死んでどうするんだ?」
「そうだけどよ……お前は命を賭けるってのに、俺達は何もできないなんて……」
「その気持ちだけで十分だ。私とアドル。それにセイヤとで必ず女神を倒し、フィーナとドギァの仇を取って見せるさ」
両親。
この場にいる女神の天秤の面々。
そして世界の全ての人々を守るため。
その勝利の為ならば、この命喜んで差し出そう。
かつてフィーナが、女神の天秤を救うために自らの命を捧げた様に。
「レア……最後まで諦めず頑張ってくれ。俺達は、お前に生きてて欲しいんだ」
「ありがとう。もちろん可能なら、諦めずに全力は尽くすさ。私だって死にたい訳じゃないからな」
「約束だぞ」
「お前が勝って帰って来ると信じてるぞ」
「皆でまた酒を飲もうぜ」
「ああ、約束だ」
私は仲間達と、再び再開する事を約束する。
決して叶わぬ約束とは分かっていても。
★☆★☆★☆★☆★
「想像以上だな」
「ええ。私達の攻撃所か、まさか今のアドルさんの攻撃まで効かないなんて」
状況は最悪だった。
私やセイヤの攻撃が効かなかっただけならともかく、三人の中で最強であるアドルの攻撃で傷一つ付けられないのは絶望的と言っていい。
やはり……
分かってはいたが、これを使う事が大前提か……
「安心しろ。まだ手はある」
セイヤと目が合うと、彼は黙って頷く。
どうやら私と一緒の考えの様だ。
あの桁違いの強さを持つ女神相手に、生贄は一人では足りない。
私とセイヤが命を捧げる事。
もはやそれが、最低限真面に戦う為のスタートラインだ。
「覚悟を決める時が来たようですね。使わずに済めばと願ってはいましたが、こうなったら仕方ありません」
「賭ける?託す?」
アドルに針の事は話していなかった。
隠していたのは少し心苦しいが、そうでも無ければきっと彼は私達ではなく自分を生贄に捧げると言い出していただろう。
だがそういう訳にはいかない。
剣を完璧に操れるのは、邪神の力を受けているアドルだけ。
そう、アドルだけが女神を倒し討る可能性を秘めているのだ。
だから話さなかった。
私達だけが生贄になるという条件下での戦いになれば、アドルが無茶をするのが分かっていたから。
「簡単な事だ。私達の力を」
「生贄に捧げます」
私は懐から針を取り出す。
「生贄?それに、その針は……」
これをつかって自らの命を、全てを、アドルの持つ剣に捧げるのだ。
そうすれば私の力やスキルを、剣を通してアドルに託す事出来る。
「アドル。フィーナやドギァ、ガートゥの敵討ち……頼んだぞ」
「へ?」
初めて会った時、アドルは酷く頼りなく見えた。
だが今は違う。
今の彼なら全てを託す事が出来る。
頼んだぞ、アドル。
お前だけが希望だ。
「もしこの戦いに勝てたなら……世界を救うために命を賭けた偉大な聖女として、私の名を世に広めてくださいね」
「セイヤさん?レア?」
私とセイヤは、アドルに希望を託すべく針をその身に刺した。
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