第22話 扉

天に向かって聳え立つ、巨大な白い塔。

女神ンディアが邪神との戦うために用意されたというこの塔には結界が張ってあるためか、その異様にも拘らず、遠くからその姿を観測する事は出来ない様になっていた。


更に、塔には出入り口が存在していない。

その扉は選ばれた者達の前でのみ、その姿を現すと言われている。


「おお、本当に扉が姿を現したねぇ」


俺達の目の前で、塔の外壁の一部が変化していく。

白い観音開きの大扉へと。

それを見て、ドギァさんが感心した様に声を上げる。


「俺達も一緒にってのは無理なんだよな?」


「無理です」


塔に入るに際して、女神の天秤のメンバーが見送りに来てくれていた。

扉があるのなら自分達も入れるのでは?

そういった疑問をレスハーさんが口にするが、リリアがバッサリとその言葉を切り捨てる。


「ま、どうしてもと言うなら試してもらって構いませんけどね?死ぬかもしれませんけど」


リリアが悪い顔をして言う。

一見冗談っぽく言ってはいるが、十分その可能性はありえた。


「い、いや。止めとくよ」


「それがいいだろう。女神の塔には、選ばれし者しか入る事が出来ないと言われているからな。無理に入ろうとすれば神罰が下りかねん」


この場には教会関係者も来ていた。

世界の命運がかかった戦いという事で、教主ガレンや高位司祭が俺達を送り出すべく居並んでいる。


「それで?例の奴らはまだなのかい?」


ドギァさんが言う例の奴らとは、エターナル皇帝の事だ。

戦後休戦を結んだとは言え、帝国と王国はほぼ敵対関係にあると言って良い。

だが事は世界の運命のかかった戦いだ。

今だけはそれを忘れ、邪神を倒すべく共闘する事になっている。


「噂をすれば、ですね」


セイヤが視線を動かす。

そちらに目をやると、複数の騎馬が近づいて来るのが見えた。

王国の騎士達だ。


騎士達は少し手前で止まり、左右に分かれた。

その中央から黒馬に乗った皇帝が姿を現す。


その背後には、リリアと同じ顔をした聖少女人形ヒロインドールのティアが座っている。


リリア曰く。

フィーナが教会に保管していた製作図が盗まれて帝国に渡って作られた為、自分と瓜二つなんだそうだ。


他の帝国の騎士達の姿は見えない。

どうやら護衛は付けず、ここまで二人だけでやって来た様だ。

自分の身は自分で守る自信があるという事だろう。


実際、奴は強い。


全開の神殺しチートスレイヤーで倒したとは言え、奴の全力はダンジョンボスであるグヴェルシャドーの最終形態に匹敵するとリリアが言っていた。

もし四天王と共にダンジョン攻略に向かっていたなら、クリアしていた可能性が高いそうだ。


「ふん」


奴が馬上から降りて、俺を睨みつける。

敵意を隠す気はない様だ。


「一つ、お伺いして宜しいですか?」


そんな皇帝に、セイヤが声をかけた。

何を訪ねるつもりなのだろうか?


「聖獣が見当たらない様ですが?」


そういや、奴の4天王には聖獣が混ざっていたな。

ベリオンって名前だっけか?

セイヤの話だと、殺さず気絶させただけと聞いている。


まあ彼女は聖女だし、当然と言えば当然の事だ。


「あの役立たずは俺の経験値にした」


経験値にした。

それは即ち、奴がその手で殺したという事を意味する。


「なっ!聖獣を手にかけたというのか!」


教会の関係者が騒めく。

彼らはベヒーモスを聖獣として崇めている。

それを殺したと言われれば、当然の反応だ。


「なんという事を……」


「ふん……自分の物をどうしようと俺の自由だ。あれも主である俺の役に立てたんだ。きっとあの世で喜んでいるだろうさ」


そんな反応を皇帝は鼻で笑う。

その言い草から、奴の傲慢で残忍な性格が伺える。


正直、こいつと組んで戦うのは不安しかないのだが……本当に大丈夫か?


チラリとリリアの方を見ると、ティアとガンのつけ合いをしていた。

此方は此方で仲がすこぶる悪い様だ。

ますます不安になる。


「おい貴様。アドルと言ったな」


皇帝が俺の前に立つ。

今にも切りかかって来そうな程の殺気を放ちながら。


「何だ?」


「今回は見逃してやろう。だが……どちらが真の主人公たるか、貴様とはいずれ決着をつける。それまでは首を洗っておけ」


主人公?

相変わらず意味の分からない事を言う奴である。

だが流石に、今俺と争う様な馬鹿な真似はしない様だ。


――とは言え、その言葉を鵜呑みにするつもりはない。


かなりひどい性格をしているからな、こいつは。

最悪、世界の事なんて放棄して俺にいきなり切りかかってこないといも限らない。

隙をつかれない様、警戒はしておいた方がよさそうだ。


「まあここで睨みあいをしていても仕方がありませんし、さっさと中に入りましょうか」


「いいでしょう。私達の決着も、後回しで」


リリアとティアが睨みあうのをやめ、扉の前に立つ。

二人が同時に手を翳すと、扉が内側に向かって自動で開いていく。

中からは白い光が溢れ、その様子を伺う事は出来ない。


「皇帝である俺が一番乗りだ」


だがエターナルは内部が見えない事など一切お構いなしに、さっさとその中に入ってしまう。


大雑把な奴だ。

まあ女神の用意した塔なのだから、罠などはないだろうと思うが。


「では、私達も行きましょうか。マスター」


「ああ、行こう。皆」


俺の言葉に皆が無言で頷いた。

全員、覚悟も準備も出来ている。


――後は、邪神を倒すだけだ。


「アドル!」


中に入ろうとすると、フィーナに声をかけられ振り返る。


「期待して待ってるから!」


「ああ、待っててくれ!」


そう力強く答え、俺は光の中へと足を踏み入れた。


さあ……世界を救うぞ。


フィーナに自分の気持ちを伝えるために。

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