第23話 月へ

「これが塔の中?」


女神の塔の門を潜った先は、広大な草原だった。

空からは、眩しい程に日の光が降り注いでいる。


俺は夢でも見ているんだろうか?


「これは幻覚か?」


「ま、似たようなもんでしょう。ただの女神の見栄っ張りだと思いますので、気にしなくていいですよ」


レアの問いに、リリアは詰まらなさげに答えた。

彼女は教会で使われる聖少女人形ヒロインドールの亜種なのだが、どうやら女神に対する敬意などは一切持ち合わせていない様だ。


……ま、リリアらしいっちゃリリアらしいな。


「ははは、見栄か。確かにこれから邪神を倒しに行くって時に、幻想的な景色見せられてもアレだからねぇ」


リリアの言葉に同意するかのように、ドギァさんが首を竦めた。

そんなやり取りに対し、セイヤさんは特に反応なしだ。


彼女は聖女なので、女神への冒涜の様なやり取りに注意でもするかと思ったのだが……


まあ軽口程度なら流してくれる寛大さを持っているんだろ。

そこそこ長い期間一緒に居るので、このやり取りが本気で中傷している訳じゃないってのも――但しリリアは除く――分かってるだろうし。


「あそこから、女神様の力を感じますね」


セイヤさんが見つめる先。

そこには淡い光のオーラの様な物が立ち昇っていた。


まあ女神の力とやらは俺には感じ取れれないが、これ見よがしな様子すから暗にそこに向かえと示されているのだけは分かる。


「せっかちさん達はもう向かってるみたいなんで、私達も行きましょうか」


皇帝達はさっさとそこに向かって歩き出していた。

こちらと歩調を合わせる気は皆無な様だ。

仮にも世界の命運がかかっているといるというのに、本当に自分勝手な奴らである。


立ち昇る光の元へとたどり着く。

それは何とも言えない光だった。

確かに強い光なのだが、目が眩む様な眩しさは感じない。


光で中の様子はうかがえないが、皇帝達は迷わずその中に入っていく。


まあ女神の生み出した塔なら害はないだろう。

俺達も迷わずそれに続いた。


「ここは……」


無数の輝く粒子の様な物が足元から沸き上がり、上に向かって昇って行く。

上手く言葉に出来ないが、とにかく派手な光景だ。


……リリアが女神は見栄っ張りだと言っていたな。


外の造りといい。

中の派手さといい。

確かにと、納得せざる得ないな。


「!?」


それまで上昇だけしていた光の粒子が、まるで何かに吸い込まれる様に一か所に集まり球体を形成する。

周囲の光が吸い込まれたためか、同時に周囲が闇色に染まっていく。


「なんだべか!?」


「ふふふ。女神様が降臨されますよ」


テッラの疑問に、リリアではなくティアがドヤ顔で答える。

まるで誇っているかの様な、そんな口ぶりだ。


――光球の形が歪む。


やがてそれは翼を持った美しい女性の姿へと変わていく。


「女神ンディア……」


その姿を目にし、誰ともなしに呟く。

俺は女神の姿を見た事が無いが、まず間違いないだろう。


この状況下で女神以外が出て来るとも思えないし、何より、女神である事を疑い様がない程にその姿は神々しかった。


「よくぞ集いました。世界を救う勇者達よ」


その声は透き通っていはいるが、どこか感情を感じない物だった。

その表情も美しくはあるが、無機物を思わせる冷たさを感じてしまう。


「女神様。どうか貴方のお力で、邪神を封じる事は出来ないでしょうか?」


ドギァさんが邪神を倒してくれるよう頼む。

女神がいるのなら、彼女に倒すなり封印するなりして貰えばいい。

そう考えるのは当然の事だった。


――だが、多分無理だ。


「今の私はこの世界を支えるので手一杯なのです。残念ですが、今の私にその余裕はありません」


世界を支えるという事情はともかく、女神の返答は予想通りの物だった。

もし邪神を倒せる力があるのなら、もうとっくにそうしている筈だ。

勇者達の為に塔を用意する必要もない。


出来ない事情があるからこその、女神の塔だ。


「今の私に出来るのは、貴方方に祝福を与える事だけ。どうか受け取ってください」


女神が手を広げる。

瞬間彼女の体から光が溢れ、俺達を包み込む。


――体から、力が沸き上がって来る感覚。


光は直ぐに収まってしまう。

だが、肉体に宿った力の感覚はそのままだ。


「一律、全員のレベルが200上がってますねぇ。かくいう私も、レベル200相当のパワーアップといった所でしょうか」


リリアが全員を見回してそう言う。

その言葉に、レアが頷いた。

この二人は神眼を持っている為、能力を確認することが出来のだ。


「ふ、200か。まあいいだろう。今から俺が邪神を倒して来てやるから、楽しみにしているがいい」


皇帝は祝福を施してくれた女神相手にも尊大な態度だ。

どういう神経をしているのか、呆れて言葉も出ない。


「それとこれを持っていってください」


女神の掌の手に拳大の光る玉が現れる。

それは宙を泳ぐ様に、ゆっくりと俺達の前へとやって来た。

ほぼ同時にリリアとティアがそれに手を伸ばし、ほんの僅かな差でリリアが手にする。


「ふふ、私の勝ちですねぇ」


「く……」


……何やってんだこいつら。


緊張感のまるでないそのやり取りに呆れる。

まあその自然体な姿は、頼もしいとも取れなくはないが。


「その輝きの玉には、邪神の力を半減させる効果があります」


半減と言うのは大きい。

正直レベルが200上がるよりも、そっちの方がずっと大きい気がする。


「ありがとうございます。女神様」


「貴方方に世界の未来を託します。」


女神が両手を合わせ、祈る様なポーズを取った。

すると周囲に結界の様な物が生まれ、俺達包み込んだ。


「どうか勝利を――」


体が浮上する。

結界ごと。


俺達の体は高速で上昇し、あっと言う間に祈る女神の姿が見えなくなってしまう。


「邪神の元へ送ってくれるのでしょう。私達では月に行けませんから」


「ああ、そうみたいだな」


暗い空間を抜けると、俺達は大空に飛び出す。

眼下には女神の塔の頂上部分が見えた。

それもどんどん小さくなって見えなくなり、やがて周囲が薄暗く変わっていく。


頭上を見上げると、視界いっぱいに赤い月が広がっていた。


「!?」


「うわ!?」


「なんだべ!?」


暫く上昇が続くと、突如天地が逆さまになった様な感覚に襲われる。

そしてまるでひっくり返った上下にわせるかの様に、俺達の体が回転した。


「これは一体……」


何が起こったのか分からず、俺は思わず狼狽える。

何せさっきまで月に向かって上がっていた感覚が、今度は月に降りていく感覚に変わったのだ。

驚くなと言う方が無理な話である。


「落ち着いてください。重力の向きが切り替わっただけですから」


「重力?」


リリアが落ち着いた様子で説明してくれる。

だが重力なんて言葉は、聞いた事もない。


重力とは一体?


「ふん、重力も知らんとはな。所詮はモブだな」


皇帝が馬鹿にした様に鼻で笑う。

どうやら彼は、重力とやらについて知っている様だ。


「まあ、邪神を倒すための下準備だと思ってくださいな」


「わかった」


「着くぞ」


まるで血の様な色をした地面が広がる月。

そこには巨大な宮殿が立っていた。

周囲の大地に溶け込んでしまいそうな、真っ赤な宮殿が。


その前に俺達は着地する。


「ここが邪神の封印されし場所か……」


周囲を見回と、辺りには魔物を象った石像が大量に立っていた。

まるで今にも動き出しそうな程、見事の彫像だ。


「ここにある像は、全てエリアボスか」


レアがそう呟く。

確かに言われてみればその通りだった。

全てエビルツリーや、それ以外のエリアボスの像だ。


「こういう場合。像が襲って来るのが定番だな」


エターナルが意味の分からない事を口にする。

石像が動く訳など――


「!?」


それまでただの赤い石像だった物が、まるで命が吹き込まれたかの様にそれ以外の色が付き、動き出す。

信じられない事だが、皇帝の言葉通りになってしまった。


「くっ!迎撃するぞ!」 


世界を守るための邪神との戦い。

その火蓋が、奇襲と言う形で落とされた。

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