第20話 別物

「おらあぁぁぁぁぁ!」


「はぁ!」


ガートゥの大剣による斬撃を右手の剣で受けきり、左手の刺突剣――ブラッド・レイピアを奴の肩口目掛けて突き出した。

初めて戦った頃の私では、その一撃を片手で受ける事は難しかっただろう。


「ちぃ!」


私が左手に持つブラッドレイピアには、相手を傷付ければ体力とダメージが回復する効果があった。

この効果のお陰で、私はより長い時間ブーストを維持する事が出来る様になっている。

時間制限と言う、私にとって大きな弱点を補ってくれる優秀な武器だ。


普段は自身へのダメージをあまり気にしない戦い方をするガートゥではあったが、此方が回復するとなれば話は別だ。

体を大きくひねって、その一撃を辛うじて躱す。


「そこだ!」


戦況は此方が完全が有利だ。

私が連続で繰り出す攻撃が、ガートゥを防戦一方の形へと追い込む。


「ぬ、ぐぐぐ……やられっかよ!」


このままでは押し切られると判断したのだろう。

ガートゥがダメージ覚悟のカウンターを仕掛けて来る。


「ふっ!」


捨て身に近い、大剣による大ぶりの一撃。

その攻撃を私は後ろに飛んで躱す。

ガートゥもこれが私に当たるとは考えていないだろう。


狙いは最強の一撃――


「いくぜぇ!翠魔閃光斬エメラルドバスター!」


奴の大剣が翠色に輝く。

私はそれを、此方の持ち得る最強の攻撃で迎え撃つ。


「マジックフルバースト!」


剣から放った魔力と闘気の混合技。

それがガートゥの奥義とぶつかり、凄まじい衝撃波を周囲に放射した。

周囲で戦いを見ていた、女神の天秤の面々から悲鳴が上がる。


まあ流石に距離があるので、力と力ののぶつかり合いの余波で彼らが命を落とす心配はないだろう。


「――っ!?」


力のぶつかり合いはわたしに軍配が上がる。

ガートゥの力を潰し、私の放った一撃が彼女を襲う。


だがその威力はぶつかり合いでかなり相殺されていた。

仮に直撃したとしても、大ダメージとまではいかないだろう。


――だが問題ない。


相殺に近い形で終わる事は初めから分かっていた事だ。

最初から追撃で決めるつもりで先ほどの一撃を放っている。


「ガートゥ!」


大剣を盾の様に前に翳して攻撃を受け、体勢を崩したガートゥとの間合いを詰める。

スキル【ダッシュ】を事前に発動させておいたので、彼女が持ち直す前に私はその眼前へと迫った。


「レア!」


崩れた体勢から、彼女は手にした大剣をむりやり振り抜こうとする。

だがその一撃に力はない。

私はそれを右手の剣で下から跳ね上げ、その喉元に左手のレイピアを突き付けた。


剣を跳ね上げられ、更に姿勢を崩している状態では流石のガートゥもこの攻撃は避けられない。


「はぁ……参った。これで8連敗かよ。随分差を付けられちまったな」


ガートゥとの最近の手合わせは私の連勝だ。

これは完全にレベル差による物だった。

彼女もダンジョン探索などでレベルは上がっていたが、経験値10倍のスキル――但し、称号クラススキルの経験値は増えない――を習得している私の方がレベルの上りはずっと良かった。


そのため元々は殆ど同じだったレベルも、現在ではレベル20以上――ブーストの効果を考えると40以上――私の方が上になっている。


「ははは、いい勝負だったな」


ドギァが軽く手を上げ、笑顔で此方へとやって来る。


「二人がド派手にやるもんだから、アインとかがひっくり返ってたよ」


「おお、わりぃわりぃ。つい熱くなっちまってな」


「なーに。レア達の強さが見れて、あいつらも安心して邪神討伐を待てるって物さ」


邪神討伐に関しては、リリアが全く問題ないので安心しろと皆の前で宣言してはいる。

だが彼女を知る私達ならともかく、そうではない女神の天秤のメンバーが素直にその言葉を信じる事は、当然出来ていなかった。


まあそれは仕方がない事だ。

何せ相手は邪神だからな。


「邪神グヴェル……ねぇ」


ガートゥが月を見上げて呟く。

まだ昼間だというのに、月は不気味に赤く輝いていた。


「何か知っているのか?」


何となく、何か言いたげな口ぶりに感じたのでガートゥに尋ねた。

まあ異世界から召喚されている彼女が、邪神の事を知っている訳はないとは思うが。


「俺の居た世界にも、邪神グヴェルってのが攻めて来た事があるんだよ」


「「!?」」


「ああ、いや。たぶん別物だぜ」


異世界にもグヴェルが?

一瞬そう思ったが、どうやら違う様だ。


「強さが全然違うからな」


「強さが違う?」


「ああ。俺達の世界にやって来たのは、確か300年ぐらい前だ。んで、戦ったのは俺達の世界の神――闘神さ。あの時の事は今でも覚えてるぜ」


「300年前か」


ガートゥはかなり長生きな様だ。

そういえば、自身は植物系の妖精だと言っていたな。

まあ木だと樹齢数百年も珍しくないので、妖精も似た様な寿命なのだろう。


「天界での戦いだってのに、震え上がる程の力をあの時は感じたからな。それに比べりゃ、あの月から感じる力はそれに比べたらハナクソみたいなもんだぜ」


「へぇ。あんたの世界にそんな化け物がねぇ……」


「結局戦いは引き分け。邪神は諦めて帰って行ったって話だ」


「それは本当に別物なのか?」


同名の邪神が別に存在していると考えるより、神の名を冠する者なら異なる世界を行き来できると考えた方が自然だ。


「言っただろ?強さが全然違うって。仮に月に封印された事で弱ってたにしても、あの強烈な力がここまで衰えるとは思えねぇ。完全に別物だ」


「そうか」


ガートゥがきっぱり言い切る。

どうやら別物で間違いない様だ。

同一なら少しでも情報が手に入るかもと思ったのだが、まあ仕方がない。


しかし……


月から感じる力は、心を掻きむしる様な不安感を感じさせる物だった。

それはアドルの得た力が無ければ、とても勝ち目がない様に思える程に。


それが話にならない程の力を持つ異世界の邪神。

そう考えると――


「情報が入らないのは残念だが、別物で良かったのは確かだな」


「そいつは違いねぇ」


もし封印されていたのがガートゥの世界を襲った強烈な力の持ち主だったなら、きっと私達に勝ち目はなかったはずだ。

今の状況を女神に感謝する気は流石にないが、別物であった事は素直に喜ばせて貰う。


「さて……1時間ほど休憩をしたら、もうひと勝負するか」


「次は俺が勝つぜ」


「二人ともやる気だねぇ」


「少しでも強くならないと……アドル一人に頼り切る訳にはいかないからな」


邪神討伐はアドル頼りである部分が大きい。

だがだからといって、丸投げする訳にはいかない。

リリアからも、彼の負担を軽くするために少しでも強くなって欲しいと頼まれている。


「……ふむ。じゃ、あたしも教会に行くとするか」


ドギァも訓練としての忍び込みを続けていた。

まあ未だにセイヤを抜けてはいないそうだが、重要なのは挑戦する事だ。

それが彼女の経験値になるからな。

そのため、壁は高ければ高い程良かった。


「今日は休むんじゃなかったのか?」


「レア達を見てたらなんだかさ……ま、救世の剣セイバーの中じゃあたしが一番非力な訳だしね。足手纏いにならない様、気合い入れて頑張るとするさ」


「そうか。お互い頑張ろう」


残された時間は短い。

この短期間でアドルの背中を支える程の力を得る事は不可能だろう。

仲間として彼の横に並び立てないのは歯がゆい事だが、それでも私は出来る事を続けるだけだ。

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