第22話 ボーナス
「へりゃ」
リリアが俺――正確には分身――の懐に飛び込み、低い姿勢から体を縦に回転させてサマーソルトを放つ。
「くっ!」
俺は分身の体を仰け反らせ、その攻撃をギリギリで躱す。
「油断大敵ですよぉ」
サマーソルトで高く飛び上がったリリアは、本来なら隙だらけだ。
だが彼女は二段ジャンプで空中を蹴り、自らの隙を潰して俺に飛び掛かって来た。
「げっ!」
想定外。
不意の急襲に対応できず、俺の分身は突っ込んで来たリリアに蹴り飛ばされてしまう。
そしてその分身は、もう一体の分身に当たって2体揃って地面に転がされてしまった。
「やれやれ、全然ダメダメですねぇ」
地面に転がる俺の分身達を見て、彼女は口元を歪めてが嘆息を吐く。
ムカつく顔だ。
だが分身とはいえ、戦闘向きでないリリアに2体同時にやられてしまったのではグゥの音も出ない。
「もう一本頼む」
今リリアとやっているのは分身のコントロール訓練だった。
ミノタウロスとの一戦で、中途半端では役に立たないと痛感させられてしまったからな。
強力なスキルである【分身】を完璧に扱える用になれば、間違いなく大きなプラスになるだろう。
そう思い、今はレベル上げよりも優先している。
まあ、あくまでも武器が出来るまでの間ではあるが。
んで、肝心の訓練方法だが。
本体の方は簡単な作業としてグルグルと周囲をランニングし、分身2体でリリアと組み手を行っている感じだ。
最初は分身同士で組み手をしていたんだが、それだと動きが簡単に読めて――自分同士だから当たり前――只の型の応酬の様になってしまっていた。
それだとあまり意味がないと思い、こうやってリリアに相手を頼んでいるという訳だ。
しかし――
「ぐはっ!?」
リリアの巧みな動きに、あっさりと分身が転がされまくる。
必死に食い下がるのだが、まるで手も足も出ない。
分身2体を動かすのは難しい。
難しくはあるが。
なんつーか……リリア滅茶苦茶強くね?
分身なしの本体だけで戦っても、体術だと普通に負けそうなレベルなんだが?
「おまえ、攻撃能力はないって言ってなかったか?」
「攻撃能力はありませんよぉ。制限があって武器は持てませんし、攻撃用の魔法も使えませんからぁ。とは言え、流石に護身用の体術ぐらいは出来ますけど」
只の護身術というには動きが高度過ぎる気もするが……流石は高級品って所か。
まあこうもやられ放題だとちょっと悔しい気持ちもあるが、相手が手ごわい方が練習にはなる。
リリアを倒せないまでも、取りあえず1分は戦える位を目指すとしよう。
「ダメか……」
回復を受けながら数時間続けて、やっと一本いれられそうになったのだが……フェイクだった。
ニヤつき顔でリリアは攻撃を躱し、地で円を描くような足払いで分身2体を同時に転ばせる。
「おお、危ない危ない」
「超嘘くさいんだが」
「ええ、もちろん嘘ですよ」
こいつは……
見てろよ、そのうち絶対ギャフンと言わせてやるからな。
「まあ、今日はもうこのくらいでいいんじゃないですかぁ。リリアちゃん。ちょっとお買い物に行きたいんですけど」
「買い物?」
「はいな。ティアラ用の宝石を見繕いたいので」
「成程、宝石か」
まあティアラだからな。
宝石類を付けるのは納得できる。
問題は――
「で、その金はどこから出るんだ?」
リリアの事だから、糞高い宝石を購入するのは目に見えている。
こいつはそれをどうやって工面する気なのだろうか?
金を貸せとか言ってこないだろうな。
「マスターの全財産ですが何か?」
「は?」
「あら、聞こえませんでした?じゃあもう一回言いますね。マスターの全財産――正確には、手持ちの殆どをつぎ込むだけなのでご心配なく」
「…………………………………………はぁ?ふざけんな!なに勝手に人の金を使いこもうとしてやがる!」
「やですねぇ。リリアちゃんの、マスターに対する献身へのボーナスですよ。遠慮しないでください」
「それはお前が言うセリフじゃ――っ!?」
リリアが素早く魔法を詠唱し、手を翳す。
目の前に分厚い光の幕が下り、俺とリリアの間に結界の壁が立ち塞がった。
「では、アデュー」
凄い勢いでリリアの姿が遠ざかっていく。
結界は簡単には破れないだろうし、追いつくのはまず無駄だろう。
「くっそ。リリアめ……」
スキル【収納】で中身を確認する――俺とリリアは同一スキルとして共有されている――と、中に入れてあった金貨類が無くなっていた。
冗談抜きで、根こそぎ持っていかれた様だ。
「やれやれ、完全にしてやられたな。ま、別にいいけど」
なんだかんだで、リリアの世話になっているのは事実だ。
彼女の功績を考えると、これぐらいはボーナスとしてやっても罰は当たらないだろう。
まあだからって、自分で勝手に持っていくのはどうかと思うが……
一応、当座の資金は腰の革袋に入っている分で事足りる。
足りなくなったら、その時はダンジョンに稼ぎに行けばいい。
「下層のレアを集めれば、金なんて直ぐに溜まるしな」
結界が消えるのを待って、俺は宿へと戻る。
すると、宿の前で知った顔に出くわした。
「あ、アドルさん!」
ギルドで受付をやっているティクだ。
彼女は俺を見つけると、手を振ってこっちに駆け寄って来た。
いい揺れだ。
まあそれは置いておいて。
まさか偶然って事はないだろうし、俺に何か用だろうか?
「どうかしたのか?」
「実はアドルさんにお願いがあって、それで宿の前で待たせてもらってたんです」
「お願い?」
俺は眉根を顰める。
ティクが態々個人的なお願いをして来るとは思えない。
そうなると、ギルドからの仕事と考えるのが妥当だろう。
「はい、
やっぱりか。
それは冒険者ギルドがまれに発注する、特別な依頼だ。
大抵の場合その報酬は良く、募集されればすぐに埋まってしまう事が多い。
ただ極まれに、とんでもない依頼が出て来る事がある。
そしてわざわざ俺を訪ねて来たって事は――
「えーっと、きつい感じ?」
「はい。人手が集まらなくって。それで、何とかアドルさんに受けて貰えない物かと」
ま、そうだと思った。
楽でおいしい仕事なら、わざわざ特定の誰かに依頼を頼む必要はないからな。
「内容を聞いてもいいか?」
「はい……
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