第二章 幸運の力

プロローグ

変化のない日常……


変わらない人々の営み……


「……」


俺の脳内には、数多の世界から同時に大量の情報が流れ込んで来る。

だが相も変わらず、どこも大きな動きがなかった。

変化の訪れない緩慢な景色を、俺はただ漫然と眺め続ける。


「退屈そうね」


不意に声をかけられ、閉じていた瞼を開けた。

振り返ると、俺の背後には背中に天使の翼をはやした女が立っている。


「ずっとこんな狭い場所に閉じこもって、息が詰まらないの?」


「大きなお世話だな。それより、そんなつまらない事を言うためにわざわざ顔を出したのか?」


長い間俺の前に姿を現さなかった女が、突然現れた理由は大体想像はつくが……


「ふふふ、久しぶりにゲームでもどうかしら?」


「そういった物には飽きたといったはずだが?」


最初の百年程は楽しかった。

世界を弄りまわし、邪魔する神々と戦う。

それは充実した日々だった。


だがそれも次第に飽き始め、今では四六時中変化のない世界を眺めて過ごしている状態だ。

我ながら爺臭くなった物だとは思うが、こういう生活も存外悪くはない。


「舞台は貴方の生まれ故郷よ」


だが、女は俺の飽きたという言葉を無視して話を進める。

年齢は彼女の方が遥かに上だというのに……本当に変わらん奴だ。


「無謀な挑戦だな。あそこの人間で俺に勝てると本気で思っているのか?」


俺の生まれ故郷の人類は、虚弱極まりない生き物だった。

そのため、たいして期待はできないと早々に見切りをつけている。


「ふふふ、人は常に進化する物よ」


「ほう……」


そういえば、あそこを最後に観察したのはもう500年近く前の事だったな。

それだけの時間があれば、彼女の言う様に多少は進化しているのかもしれない。


ならば多少は楽しめるか?


「どう?少しは興味がわいたかしら?」


「いいだろう。但し、チェックはさせて貰うぞ」


目の前の女が、俺が見ていないのをいい事に無茶苦茶している可能性があるからな。

俺はズルをするが、他者にズルをされるのは大嫌いだ。

だから先に確認しておく。


額の目を閉じ、久方ぶりに生まれ故郷の様子を探る。


まず目に入ったのはレアという女だった。

そのレベルは200近い数字を叩き出している。


それにユニークスキル。

彼女には6つのユニークスキルが備わっていた。

未覚醒の物を含めれば全部で9つにもなる。


「驚いたな……」


あの世界でのレベルの限界は、100前後だ。

ユニークスキルの方も、極低確率で1つ手に入れば御の字だったはずなのだが。


レアという女は、その限界をことごとく打ち破っている。


いや、この女だけではない。

世界全体のレベルが、ユニークスキルの習得率が大幅に上昇していた。


正直、驚きを隠せない。


人類の進化が女による干渉ではないかと疑がい調べてみるが、その形跡は見当たらなかった。

どうやら彼女の言葉通り、500年という歳月は人類を大きく成長させていた様だ。


『男子三日会わざれば刮目して見よ』


そんな生まれ故郷の言葉を思い出す。


「成程……面白い」


月日を経て大きく様変わりした故郷。

その事実に、年を取って枯れかけていた興味や好奇心といった物が再び沸き上がって来る。


「お前の選んだ人間は……2人か」


二人の人間に、強く干渉された痕跡を見つける。

恐らくこの人間達に討伐させるつもりなのだろう。


「随分と手出ししている様だな」


「それぐらいは見逃してよ」


相変わらず厚かましい奴だ。

一人はともかく、もう一人の方は、場合によってはやりたい放題になる恩恵が与えられている。


ハンデとしては少々大きすぎる気もするが――


「わかった。この条件でゲームを受けよう」


少し考えてから返事を返す。

いくら進化したとはいえ、それでも普通にやったのでは勝敗は見えている。


それなら、敢えて勝ち目を与え……その上で刈り取ってやるとしようではないか。


「もしお前が勝ったなら、その時は――」


「私を自由にして貰うわ」


俺の言葉を遮り、女が言葉を被せて来る。


しかし自由か……自分から俺に寄生しておいて、よくもそんな言葉が吐けるものだ。

そもそも、今も十分自由にやっている様に見えるのだがな。


「いいだろう。その時はお前の力を解放してやろう」


「ふふ、約束よ」


俺の返事を聞き、女は嫌らしい顔で笑う。

相変わらず嫌な顔をする奴だ。


「お互い、これ以降ゲームに手出しは無用だ。いいな」


「ええ、分かってるわ。じゃあね、グヴェル」


女の気配が消える。

手出し無用とは言ったが、あの女は何かやらかすだろう。

俺にばれない様、巧妙に手駒を配置している様だからな。


「では、俺も手を打つとしようか」


別にこれはズルに当たらない。

禁じたのはあくまでも勝負ゲームへの干渉だ。


今からするのは、俺が負けた時の保険だった。


「くくく……俺に勝った時。それがお前の破滅の時だ」


俺は約束は守るたちだ。

だからあいつが勝てば、素直に約束を果たすつもりでいる。


だが――残念ながら、俺は自分を負かした相手を見逃す程お人よしではない。


何故なら……俺は邪神なのだからな。

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