エピローグ

「もう少しだ……もう少しで……」


国境付近の山奥。

深い木々に囲まれる中、一人の女性が国境目指して進んで行く。


彼女の名はアミュン。


指名手配犯だ。

冒険者に対する重傷害と高額品の窃盗で国に追われている。


「ふぅ……」


アミュンはこの3日間、休む事無くまっすぐに国境を目指していた。

足を止めればいつ捕らわれるか分からないからだ。

そのため、彼女の顔には疲労の色が強く浮かび上がっていた。


「はぁ……きっつ、ちょっと休憩しよ。倒れたら意味ないしね」


彼女は背負っていた背嚢リュックサックから水の入った革袋を取り出し、口にする。

そして手近な木の根元にもたれ掛る様に、胡坐をかいて座り込んだ。


「アドルのアホのせいでお尋ね者になったけど。これさえあれば問題ないわ」


アミュンは背嚢を手で漁り、小さな小瓶を取り出す。

それは暗い闇の中でも白金色に美しく輝いていた。

彼女はそれを見て、にんまりと嫌らしく笑う。


「なにせ、ユニークスキル【幸運】だからね。実際の効果はともかく、大商人や貴族はきっと欲しがるはずだわ」


幸運と名が付けば、げんを担ぐ為だけに大金をはたく者もいる。

あるいは王侯貴族あたりが、ユニークスキルの所持を自慢するという見栄を張る為だけに手を出すかもしれない。


そういう意味で、彼女の手にする超稀少アイテムにはとんでもない価値が秘められていた。

上手く売りぬけば、一生贅沢に暮らしても使い切れないだけの富を得る事が出来るだろう。


「さて、と」


彼女は荷物をしまい立ち上がった。

時間にしてほんの数分の事だったが、スキル【休息回復】――休憩によるか回復速度が大幅に上昇する――を持つ彼女にとっては、1時間以上の休憩に匹敵している。


「この山を越えたら……隣国だ」


木々の生い茂る斜面をアミュンは昇っていく。

夜空に輝く赤い月が雲に覆われているため、辺りは完全な暗闇に近い。

そんな中、問題なく進めているのは彼女のスキル【夜目】――暗闇を見通すスキル――のおかげだろう。

これが無ければ、完全に闇に閉ざされた山中を進む事は出来なかったはず。


とは言え、その効果はかなり弱い物で、見通すと言っても暗闇の中で薄っすらと周囲を認識できる程度でしかない。


「ん?」


アミュンが斜面を登っていくと、ちょっとした踊り場的な平地が姿を現した。

そこをさらに進むと、暗闇の中、進行方向に人影が佇んでいる事に彼女は気付く。

アミュンは追手かと警戒するが、そのシルエットから相手が幼い少女だと気づき安堵する。


だが――同時に彼女の中で疑問が沸き上がった。


「何で子供がこんな所に?」


真っ暗な山中に子供が一人で佇んでいるなど、普通ではありえない事だ。

迷子と考えるには、余りにもこの場所は山奥過ぎる。


「ひょっとして、人身売買か?」


考えられるとすれば、それは犯罪がらみだ。

アミュンは少女が誘拐犯から逃げ出して来たと仮定する。


「いや、それはないか」


身を隠すためだとしても、ここは僻地すぎる。

子供を連れてこんな山奥までやって来る労力を考えると、それは少し考えづらい。

彼女はその事に気付き、誘拐を可能性から外した。


「分からないね……」


誘拐でないなら何なのか?

考えても答えの出ない疑問に、アミュンは短絡的な解を導き出した。


分からないなら本人に聞けばいいという、原始的な解決方法だ。


逃亡中の身で、他人と接触するのはリスクしかない。

本来なら余計な事をせず、気付かれない様大回りしてやり過ごすのが正解だろう。

だがアミュンは自身の好奇心を満たす為だけに、背後から、少女にゆっくりと気配を殺して近づいた。


「返して貰いに来ました」


手が届くか届かないかの距離。

唐突に闇にたたずむ少女が声を発した。


「――っ!?」


相手に気づかれていた。

その事実に驚き、アミュンは咄嗟に後方に飛び退る。


「返してもらう?あんたに何か借りた覚えはないけどね」


少女の言う“返してもらう”。

その言葉が何を指すかは、アミュンは一瞬で勘づく。

だが彼女はとぼけた返事をしながら、ゆっくりと静かに腰の剣を引き抜き、少女にその切っ先を向ける。


相手を追跡者と認識したアミュンに迷いはない。

例え子供だろうと迷わず殺す。

彼女はそういう女だった。


だが――


「――っ!?」


彼女が踏み込んで背後から斬りつけようとした瞬間、少女が振り返った。

但し、体はそのままだ。

少女の体は背中を向けたまま顔だけが180度回転し、暗闇の中、青く光る瞳でアミュンを見つめる。


「こいつ!?人間じゃない!?」


人の様でいて人にあらざる存在。

少女の様な別の何かに本能的な恐怖を感じ、アミュンが下がろうとする。

だがその行動を封じるかの様に、背後から彼女へと声がかけられた。


「ざんねんだけど、逃げられないよ」


急に背後から声をかけられ、ぎくりとしたアミュンが首だけで背後を恐る恐る確認する。

するとそこには小さな獣がいた。


サイズは子犬ぐらいだろう。

だが通常の動物ではない事は明らかだ。

言語を解し、更にその瞳は上下2対に分かれて闇の中で赤く輝いている。


それは間違いなく、魔物と呼ばれる存在だ。


「なん……なん何だよ……」


状況に理解が追い付かず、アミュンは混乱する。

その時、空を覆いつくしていた雲に隙間が出来、月明かりが辺りを照らしだした。


その中に浮かぶ少女の顔を見て――


「おまえ!?あの時あいつと一緒にいた――」


「返してくださいねぇ」


アミュンの言葉を無視して、少女が両手を広げてくるりと体をまわす。

ただし、今度は首から下だけだった。

手の先からは青い光が長く伸び、その光がアミュンの首を薙ぐ。


「あっ……が……」


ゆっくりとアミュンの首が傾き、鈍い音を立てて地面に転がる。

その上に覆いかぶさるように、彼女の体が倒れ込んだ。


「馬鹿な人ですねぇ。奪わなければ、死なずに済んだのに」


少女がアミュンの背負ったバッグの中を漁り、白金色に輝く小瓶を取り出した。

それをみて彼女は満足そうに笑う。


「ふーむ?これ、使えないかな?」


魔物がアミュンの死体に近づき、可愛らしく首を傾げる。


「こんなゴミをですかぁ?」


「もちろん加工はするさ」


「それでも、大した使い道はないと思うんですけどねぇ。ま、お止めはしませんけど。それじゃあ、私はこれを渡してきますね」


「うん、頼んだよ」


再び月が雲に隠れ、辺りが闇に覆われた。

青い瞳の少女と、赤い瞳の魔物。

それに地面に転がるアミュンの遺体が、まるで闇に飲み込まれたかの様に跡形もなく消えていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇



「ふぁ~あ」


目を覚ましてベッドから起き上がる。

片足のつま先だけで立ち、変なポーズをしているリリアが目に入って来たがスルーした。


とりあえず桶に魔法で水を張り、顔を洗う。

外までいけば井戸はあるが、面倒くさいのでいつも朝は魔法で済ませている。


今日の朝飯は何を食おう。

そんな事を考えていると、リリアが変なポーズのまま俺の横まで移動して来た。

人形だけあって、人間にはできない動きをする彼女に関心しつつも再び無視して服を着替える。


「ちょっとぉ。無視しないで下さいよぉ」


「朝っぱらからお前の相手は疲れるんだよ」


「んまぁ、酷い」


別に酷くはない。


それよりも、エリアボスを倒してもう4日経っている。

そろそろアミュンの足なら、国外にまで出ていてもおかしくはない。

今日ギルドに行って捕縛の報告がなければ、まあアイテムは絶望的だろう。


「まあダメだろうな」


アミュンが国外で平然と生活を送るのも腹は立つが、アイテムが戻ってこない方が痛い。

売れば相当な額になっただろうし、使えばワンチャンユニークスキルのレベル2もあり得た。


そう考えると猛烈に痛い。

正に大失態だ。


「おや?微かにノックの音がしますよ?」


「ノック?」


リリアがノックがあったというが、俺には全く聞こえなかった。

嘘くさいと思いながら、部屋の扉を開けてみる。


「誰もいないぞ――んん?」


よく見ると、床に瓶と折り畳まれた紙が置いてあった。


「これってまさか!?」


瓶は白金に輝いている。

間違いない。

これは幸運ポーションだ。


「なんでここに……」


国がアミュンを捕らえて回収してくれた?

だとしても、何も言わずここに置いて行く意味が分からない。


「その紙、手紙みたいですよ」


「ほんとだ。どれどれ」


開いた紙には――『カッとなってやってしまったけど反省してる。どうか許してほしい。アミュン』――と書かれていた。


「許す訳ねーだろ!」


思わず叫んでしまった。

こっちは背後からいきなりわき腹を刺されているのだ。

いくらアイテムが戻って来たからと言って、許す訳もない。


わき腹に傷も残っちまったし。


まあ此方は消せないというよりは、消して貰えなかったというのが正解だろう。

リリアに間抜けな行動の戒めとして残しておきましょうと言われて、無理やり残されてしまったのだ。


まあ別にいいけど。


「せっかく返って来たんですしぃ。お祝いに一気飲みでもどうですか?」


「飲むとは言ってないだろ」


「男は度胸ですよぉ。マスター」


飲むか飲まないかに度胸は全く関係ない。


だがまあ……そうだな。


金なら狩りをしてればそのうち溜まっていく。

これを再び手に入れる可能性が低い事を考えると、自分に使って試してみるのが一番だろう。


「お。行きますか」


瓶の蓋を指で折り、俺は幸運ポーションを一気に飲み干した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ここで1章終了。


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