第33話 不意打ち

「ありがとう。助かったよ。お陰で被害を最小限に抑える事が出来た」


ケネスが俺の元へやって来て頭を下げる。

助かったとは口にしているが、その表情は暗い。


まあ当然だろう。

エリアボス討伐は失敗し、リーダーであるギャンが命を落としているのだ。

彼からすればとても喜べる状況ではない。


「ドロップなら渡しませんよぉ?」


「流石に、そこまで恥知らずじゃないさ」


リリアが当たり前の様に、ケネスに向かって失礼な言葉を投げかける。

まったく……こいつは。


「リリア。あっち行ってろ」


俺はリリアに離れている様指示を出した。

普段ならともかく、今の状況で毒を吐かれるのは笑えない。


「はいはーい」


彼女は軽く首を竦め、言われた通り離れた場所へと移動する。


「連れが失礼な事をした」


「俺達がお前にした事を考えたら、しょうがないさ」


リリアの口の悪さは、緋色の剣と俺の関係には一切関係ないんだが……

まあ、一々説明する必要もないだろう。


「ケネス。ギャンの事だけど……なんて言うか……」


「馬鹿な奴だよ。あいつは……」


ケネスが後ろを振り返る。

その視線の先には、アババに黙祷を捧げられてるギャンの姿があった。


「あいつ……アミュンに捨てられそうになっててさ。だから他の奴らに頭を下げまくって……この討伐を何とか成功させてアミュンを引き留めようとしてたんだ。でもそれで死んじまったら、何の意味もないってのに……馬鹿だよなぁ、ほんと」


それで引かなかったのか……


ギルドであったとき、酷く機嫌が悪そうだったのもそのせいだろう。

予想に反し討伐パーティーの規模が大きかったのも、きっと失敗できないという思いからだったに違いない。


「そうか……」


ギャンはアミュンにベタ惚れだった。

あんな自分勝手な女のどこが良かったのだろうと思わなくもないが、それでも奴は本気でほれ込んでいたのだ。


だから無茶をして……結果、命を落としてしまった。


愚かな行動だとは思うが、俺はそれを笑うつもりはない。

人にはそれぞれ譲れない思いという物があるからだ。

俺が無謀に等しいダンジョン制覇を目指すのも、そのために他ならない。


「アドル!」


噂をすれば、とはよく言った物だ。

アミュンが手を振りこっちへとやって来た。


「すっごく強くなったじゃん!驚いたわよまったく!」


だがその表情と声は、ケネスとは違い明るい物だった。

まるでギャンの事など何もなかったかの様に。


この女は……目の前で仲間が――恋人が死んでいるのに何とも思わないのか?


捨てかけていたとはいえ、長らく苦楽を共にした相手の死を屁とも思っていなさそうな彼女に、俺はイラっとする。


「そうだ!また一緒にパーティー組もうよ!今のあんたなら、緋色の剣のエース間違いなしさ!」


「それは……何の冗談だ?」


俺は眉根を顰める。

役立たずと追い出しておいて今更また組もうなどと、それもこんな場でよく口に出来る物だ。


今ハッキリと確信する。

この女はクズだと。


「ギャンも死んだし。何だったらアドルがリーダーになってくれていいからさ」


「……」


こいつと話してると、頭が痛くなってきそうだ。


「アミュン!お前はギャンの事を何だと思ってる!」


そんな彼女の心無い言葉に我慢できなかったのか、ケネスが大声で怒鳴る。

が、彼女はそれを意にも解さない。


「そんなもん知らないわよ!間抜けが無茶して勝手に死んだだけでしょ!所詮あいつは負け犬よ!」


「お前!ふざけんなよ!!」


「あんな役立たず!死んだ所でいたくも――げぅっ!」


言葉の途中でアミュンが吹き飛ぶ。

俺の拳があいつの顔面を捕らえたからだ。

余りのふざけた言動に、つい拳が出てしまった。


女をいきなり殴るのはどうかと思わなくもないが、全く後悔はしていない。


俺は倒れたアミュンへと近づき、ハッキリと言ってやる。


「悪いが、今の俺には目的がある。だからお前らと組むつもりはない。もっとも、目的がなくてもお前みたいな屑と組むつもりは更々ないがな」


アミュンが殴られた顔を抑えながら、怒りの眼差しでギロリと此方を睨みつけた。

それを俺は強く睨み返した。


「……ちっ」


アミュンが舌打ちして視線を逸らす。

本当に可愛げの欠片もない女だ。

冗談抜きで、本当にギャンの奴はこんな女のどこが良かったのだろうか?


「悪い。つい手が出ちまった」


振り返ってケネスに謝っておいた。

問題のある発言だったとはいえ、彼のパーティーメンバーに手を出したのは事実だ。

こういう場合、手を出した方が悪い。


「いや、気にするな。お前が殴らなければ、俺が殴っていた」


「そうか」


「しかし……俺達は揃って見る目がなかったんだと痛感させられるよ。お前を追い出したりしなけりゃ、ギャンだって死なずに……いや、言っても仕方がないか。こうなったのは、俺達の自業自得だしな」


「ケネス……」


当初の目標であった、見返すという目的は達成できたと言っていいだろう。

だがスッキリしない。

まあ一番腹の立った相手が死んでしまっているのだから、当然と言えば当然か。


「それじゃあ、色々とやる事があるから俺は……アミュン?」


ケネスが怪訝そうに俺の背後を見る。

何かと思い振り返ろうとしたその時、腹部に強い衝撃と痛みが走った。


「なん……だ?」


視線を落とすと、俺のわき腹に剣が刺さっているのが見えた。


そしてその柄を握るのは――アミュンだ。


「アドル……調子に乗んな」


「お前……こんな事をして……」


完全に油断していた。

まさか俺を殺そうとするなんて……


「俺を殺せば……お前も……死ぬ事に……」


俺が死ねば、当然ガーディアンが湧く。

そうならばアミュンも確実に死ぬ事になるだろう。

まさかここまで馬鹿な女だったとは。


「はっ!安心しな!死ない様、致命傷はちゃんと避けておいたさ」


成程……ずる賢い女だ。

だが大勢の前でこんな真似をすれば――例え死ななくとも、唯では済まされない。

こいつはこれから一体どうするつもりだ?


「こいつは貰っていくよ!これがあれば一生遊んで暮らせるからね!」


アミュンはそう言い、俺の手から幸運ポーションを強奪する。

同時にわき腹から剣が引き抜かれた。

俺は咄嗟に傷口を手で押さえ振り返ろうとするが、足がもつれその場に膝を着いてしまう。


「じゃあな!間抜け!」


彼女は手にした黒い球を地面に叩きつけた。


「うっ……ゴホッ……ゴホっ……」


煙幕弾だ。

煙は瞬く間に広がり、視界を遮ってしまう。


「待て……くっ……」


痛みはレジストペインのお陰で大した事はないが、傷口はそこそこ深く、どくどくと血が溢れ体から力が抜ける。

リジェネの効果でもすぐには回復しきれなダメージだ。


頑張れば立ち上がれなくもないが、下手に無茶をして出血多量で死んでしまっては洒落にならない。

仕方なく俺はアミュンを追うのを断念する。


「くそ……アミュンめ……」


恐らく国外に高跳びするつもりだろう。

国内でダンジョン産アイテムは、ギルドを通さなければ換金するのは難しい。

だが国外でなら別だった。


「んもう。私を遠ざけたりするからこんな事になるんですよぉ。マスター」


煙の中、目の前にリリアが飛び出して来た。

異常に反応して駆けつけてくれた様だ。


「すまん」


彼女のかけてくれた回復魔法で傷が見る間に塞がっていく。


「今から追いかけても……まあ無理だよな」


傷が塞がった所で俺は立ち上がった。

足には自信があるし、ダッシュもある。

だが流石にもう追いつけないだろう。


「はぁ……完全にしてやられたな」


俺は天を仰ぎ、大きく溜息を吐いた。

自分の余りの間抜けさ加減に泣きたくなる。

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