第31話 悔しい

「撃て!!」


ギャンの号令に合わせ、正面パーティーから大量の魔法が飛ぶ。

その全てが冷気系の魔法で統一されている。

エビルツリーは見た目が枯れ木なので一見炎に弱そうに見えるが、実は全く逆だった。


奴は炎に対する耐性が高く。

冷気が弱点となっている。


「あらら、ほとんど叩き落されましたよ」


エビルツリーは伸縮自在の無数の枝を巧みに動かし、飛んできた魔法の殆どを捌いていてしまう。

そのため、十数発放たれた魔法は僅か2‐3発程度が本体に当たっただけだった。


「問題ないさ。枝へのダメージも兼ねているからな」


武器の様に扱ってはいるが、あれもれっきとした体の一部だ。

冷気の魔法が触れればダメージになり、その分動きも鈍くなる。


「突撃ー!」


続いて出たギャンの号令により、サイドのパーティーが突撃する。

植物相手なのだから間合いの外から魔法だけを打ち込めばいいように思えるが、エリアボスはそんな甘い相手ではない。


エビルツリーの足元が蠢き、その巨体がメインパーティーに向けて動き出す。


一見植物の様に見えても魔物は魔物。

しかもエリアボスだ。

その場でサンドバックになってくれる筈もない。


「受け止めろ!」


メインパーティーの前衛――ほぼ重装で構成――も突撃し、突進してくるその動きを阻む。


ギャン達はエビルツリーを三方向からコの字型に包囲し、近接戦が始まった。

一人一人の能力は高くはないが、数の暴力は偉大だ。

冒険者達は攻撃してくる枝を弾き、本体に槍や剣で攻撃を加える。


戦況は完全に冒険者側有利となっている。


「チャージ!」


前にで出て戦うギャンに代わり、ケネスが魔法の準備完了を前衛達に伝える。

それに合わせて、正面の部隊が素早く2つに別れた。


「撃て!」


前衛がどいて出来た射線スペースに魔法が放たれる。

ただし今度はサイドに構える前衛達への威嚇をしながらなので、その大半がエビルツリーの本体に着弾した。


「お見事」


お手本の様な綺麗な連携だった。

再びコの字型に囲い。

ギャン達は確実にエビルツリーを追い詰めていく。


「よくこれだけの人数をここまで纏め上げたもんだ。認めるしかないな。ギャン達の手並みを」


嫌いな奴ではあるが、その手腕は認めざる得なかった。


「そうですかぁ?数さえ集めれば、これぐらい誰にだって出来ると思いますけど?」


「この大人数を纏め上げるのは、簡単じゃないさ」


今日集まった冒険者達は、普段は個別に活動している。

そのため小さな輪であるチーム経験は豊富であっても、大人数で連携する様な大規模なパーティーには不慣れだ。

それに冒険者と言うのは、他人の指示を嫌うプライドが高い奴も多い。


そんな奴らに、一か月という短い期間でここまで完璧な連携を取らせているんだ。

中心となった緋色の剣の面々が、よほど上手く立ち回ったに違いない。


「……」


――悔しい。


そんな思いが胸を過る。

緋色の剣にいた当時、そのうち人数を集めてエリアボスを倒そうなんて考えていた事があった。

俺はレベルが低くて戦闘では貢献できないから、交渉や纏めで頑張って――あの時は、そんな事を思い描いていた物だ。


そんな昔の夢。

目の前で繰り広げられるエリアボス討伐に自分がいない事が、何故か無性に悔しくて仕方がない。


今の俺には、強くなってフィーナを蘇生させるという目的がある。

エリアボスを仲間達で頑張って――なんて事は、今の俺にとっては取るに足らない事の筈だ。

それなのに、なぜこうも悔しいのだろう。


……考えるまでもないか。


それは俺が――緋色の剣に本当に必要なかったと思い知らされたからだ。


「……」


追い出されたあの日ですら、こんなに悔しくは感じなかった。

強い怒りがあったのもあるが、俺が居なけければ上手く行かない。

そんな思いがあったからだ。


だが――現実は違う


彼らは見事な手腕で大規模討伐を成功させている。

正確にはまだだが、この状態から負ける事はないだろう。


レアドロップが出ず経済状況が悪化していた様だが、そんな物は単に運が悪かっただけにすぎない。

そのうちドロップ運は持ち直すだろうし、定期的にエリアボスを狩り続ければ十分やっていけるはず。


彼らは自分達だけで上手くやっていける。


俺は必要ない。


それを目の当たりにして、悔しくて悔しくて仕方がなかった。


「こんな事なら……」


横取りしてやればよかった。

そんな考えが頭をよぎる。

周りからの評判は最低になるだろうが、それでもこんな嫌な気分をしなくても済んだ。


……ああ、我ながら最低な……


「なんて顔してるんですかぁ」


リリアが突然下から俺の顔を覗き込んで来た。

まるで自分の醜い心を見透かされてしまった様で、思わずドキリとする


「マスターには、私がいるじゃありませんかぁ。私はどんな時でも、マスターの味方ですよぉ」


リリアが優しい言葉をかけてくれる。

だが言葉とは裏腹に、その顔はまるで悪だくみでもしている様な悪い顔だった。

そのあまりのギャップに俺は思わず吹いてしまう。


「ぶっ……なんて顔してやがる。噓くさいにも程があるぞ」


「んま!失礼しちゃう」


そう突っ込んだら、リリアは拗ねた様に頬を膨らませ、ぷいと横を向いた。


その仕草は物凄く可愛らしい。


のだが……こいつの場合は完全に狙ってやってるからなぁ。

それが分かるので、素直に可愛いとは思えなくなってしまう。


けど――


「でも、ありがとう」


リリアのふざけた態度のおかげで、陰鬱で嫌な気分が吹っ飛んでいってくれた。

独りだったらきっと、嫌な気分に浸って最低な自分になっていただろう。


誰かが側にいてくれる。

その素晴らしさを実感せざる得ない。


フィーナ……ありがとう。


彼女がリリアを残してくれたその真の意味を、俺は今理解する。

本当に感謝しかない。


「そんな事より、そろそろ出番かもしれませんよぉ。マスター」


出番?

何の話だ。


彼女が振り返った。

俺はリリアの視線を追う様に、討伐パーティーの方へと目を向ける。


すると――戦っているエビルツリー全身から、赤い靄が立ち昇り始めたのが見えた。


「――っ!発狂バーサークモード!?」


赤いオーラに包まれ、まがまがしく変わっていくエビルツリー。

俺はその姿に思わず声を上げる。

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