第23話 蘇生

レアが女神の天秤、その壊滅の経緯を語ってくれた。


「……」


100体以上のレベル500相当のモンスター。

邪神云々を抜きにしても、悪夢の様な相手だ。

そんな化け物達を相手に3人も生き延びる事が出来たのは、まさに幸運と言っていいだろう。


……もっとも、そんな事は口が裂けても言えないが。


どれ程幸運だろうと、レアは多くの仲間を失っている。

俺だって、二度とフィーナとは会えないんだ。

それを幸運だなどと、言えよう訳がなかった。


「転移先には、グヴェル・シャドーが一匹ついて来ていた」


「え!?」


一匹ついてきた!?

レベル500の化け物が!?

そんなのどうやって対処したんだ!?


「もっとも、そいつはメッセージを残して消えたが」


「メッセージ……ですか?」


どうやら戦闘は仕掛けられなかった様だ。

しかし、何故そいつは襲わずメッセージだけを残したんだろうか?


「ああ……奴は私にこう言ったんだ。ダンジョン攻略を達成すれば、龍玉が10個手に入ると」


「龍玉!?」


龍玉。

それは御伽噺の中で出て来る奇跡のアイテムの名だ。

どんな大怪我や病気も一瞬で回復させ、死者すらも蘇らせると言われている。


「仲間の死体は大切に保管しておいてやる。だから自分を倒し、ダンジョンを攻略してみろ。奴はそう言い残して消えていった」


もしその話が本当ならば、ダンジョンさえ攻略できればフィーナを蘇らせる事が出来る。

レアの言った生き返らせるとは、この事か。


「だから私はダンジョンを攻略する。ひとりで」


「少し気になったんですけどぉ。何でソロなんですか?」


それまで黙っていたリリアが口を挟む。

俺は即座にソロの意味を理解したが、彼女には分からなかった様だ。

まあ冒険者じゃないから仕方がない事だろう。


「分配の問題があるからだ」


「分配?」


「攻略時の報酬は、当然パーティーメンバーで分配される。大半を独り占めするには、それ相応の代価を用意しなければならない」


だが、それは不可能な事だった。

龍玉の価値は、たった一つですら桁違いの額になるのは目に見えている。

それを9つ分用意する事など、誰にもできはしない。

それこそ大国を完全に掌握する、絶対王政の王であっても不可能だろう。


「ああ、成程。そんなお金はないから、一人で頑張るという訳ですかぁ。私には自殺と同意にしか思えないんですけど、精々頑張ってくださいね」


余りにも酷い言いぶりに頭をぶん殴ってやろうかとも思ったが、フィーナと同じ顔をしているリリアには流石に手が出せなかった。

フィーナの心遣いは有難いが、厄介な見た目と性格だと言わざるを得ない。


「ふ、そうだな。だが私は仲間達を救うと決めたんだ。例え敵わなくともな」


彼女は魔獣の残した言葉に全てをかけるつもりの様だ。

その言葉と表情に、一切のよどみはなかった。


他の二人は――そう聞こうとして止めておく。


考えれば、聞くまでもない事だった。

手も足も出ない様なとんでもない化け物に襲われ、パーティーが壊滅させられる。

そんな過酷な経験をさせられて、その相手にリベンジしようと考えられる人間は少ないだろう。


それはトップパーティーでも同じだ。


「あの……俺にも手伝わせてもらえませんか」


少し考えてから口を開く。

自分も手伝わせて欲しいと。

少し前なら、そんな言葉は絶対口に出来なかっただろう。


だが、今は違う。


今の俺には――


「俺には特殊なスキルがあって、きっと役に立てると思います」


「【経験値アップLv2】か」


「え!?知ってたんですか?」


口にするより先に言い当てられて、思わず驚く。

フィーナへの手紙にもまだ書いていなかった事だ。

彼女は一体どこでその情報を得たのだろうか?


「貴方を見つけた時、【神眼】で本人か確認させてもらった。黙っていて済まない」


「ああ、いや。気にしないでください」


まあ彼女とは初対面だった訳だし、それは仕方がない事だろう。

間違って別の人間にリリアを渡してしまっても事だろうし。


「正直驚いたよ。私と同じ物を貴方が手に入れていて。しかもLv2から察するに、複数手に入れている」


「へ?」


同じ物?

今、同じ物って言ったのか?

つまりレアは――


「スライムを狩って、経験値アップポーションを手に入れたんですか!?」


「まさか。貴方じゃあるまいし、自力でやったらそれこそ何百年もかかってしまう」


違う?

じゃあどうやって手に入れたんだろうか?


「少し前に、隣の国のダンジョンで出たという噂を耳にしたんだ。それをオークションで手に入れて来た。お陰でプールしていたパーティーの資金が全部飛んでしまったが、後悔はしていない。ダンジョンの完全攻略には絶対に必要な物だったから」


「成程」


オークションか。

彼女にそう言われて納得しつつも、同時期に伝説級のポーションが3つも出ている事に少し違和感を感じる


……まあドロップ100倍で、二つ同時に手に入れた俺がイレギュラーなだけか。


500年ぶりのドロップ。

そう考えれば別に不自然ではないな。


「それで……あの……パーティーの事なんですが」


「正直、貴方をパーティーに入れるのは迷う。人手が欲しいというのは事実だが、私の無茶に巻き込んで死なせてしまってはフィーナに合わせる顔がなくなってしまう。だから……この話をするべきか最初は迷ったんだ」


言いにくそうだったのは迷っていたからか……俺を巻き込む事になるのを、彼女は躊躇ったのだろう。


「達成できず、命を落とす可能性は高い。それでも……手を貸してくれるか?」


「レアさん。俺はフィーナを生き返らせたい。もう一度会って、彼女に伝えられなかった事をどうしても伝えたいんです。俺にも手伝わせてください」


勇気がなかったばかりに、俺はフィーナを失ってしまった。

同じ過ちを繰り返すつもりはない。

今度は恐れず、自らの手で希望をつかみ取って見せる。


「よろしく頼む」


レアが左手を伸ばす。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


俺はその手を強く握った。


「あのー、それって私もその無茶に付き合わされるって事ですか?」


リリアが嫌そうに横から聞いてくる。

まあ人形であっても彼女には意思があるのだ。

壊れるのは嫌なんだろう。


だがメンバーが増やせない以上、彼女の回復能力は絶対に必要だ。

酷な話ではあるが、嫌でも手伝って貰いうしかない。


「リリア。協力してくれ」


頭を下げる。

この行為に意味があるかは分からない。

だがそれ以外に、俺に誠意を見せるすべはなかった。


「やれやれ。まあマスターの一生のお願いじゃ、断れませんねぇ。でも、ちゃんと守って下さいよ。何せ、私は一点ものですから」


フィーナが遺してくれた物だ。

出来うる限り大事に扱うつもりではある。

だが目的を考えると、気軽に守り切ると吹聴する事は出来ない。


「善処するよ」


「曖昧な返事ですねぇ。ま、いいですけど」


リリアは唇を尖らせ、首をすくめる。

不覚にも、そんな彼女の動きが可愛いと思ってしまったのは秘密だ。


「アドル。パーティーを組む前に、一つだけ条件を出したい。いいか」


「なんです?」


「今のまま君を私の想定する狩場に連れて行けば……その、言いにくいんだが……」


「足手まといって事ですね」


言わんとする事は分かる。

彼女は下層――いや、恐らく最下層で自分のレベルを上げるつもりなのだろう。

そんな所に今の俺がのこのこついて行っても、邪魔にしかならない。


仮にレアが俺に合わせれば、彼女のレベル上げが遅れる事になってしまう。


「まずは最低限、狩りに参加できるだけのレベルに自力で上げてきます」


「目安は100だ」


レアの提示したレベルは、考えているよりもずっと高い物だった。

ひょっとしたら、彼女は俺を試しているのかもしれない。


経験値100倍の条件でレベル100程度に自力で上げられない様なら、仲間に加える価値はないという事だろう。


「レベル100か……1年――いえ、半年で上げて見せます!」


レアの瞳を真っすぐに見つめ、ハッキリと宣言する。

命懸けのダンジョン制覇に参加するんだ。

それぐらいやってやるさ。


「おやおや、大きく出ましたねぇ。そんな大口、叩いちゃっていいんですかぁ?」


「リリアがいてくれるからな」


独りなら絶対無理だろう。

だが経験値を必要としない回復役がいてくれるなら、十分可能な範囲だ。


「マスター。私をおだてたって何にも出ませんよぉ?」


宣言した以上、情けない結果は残せない。

自分の意思と覚悟を示すためにも、半年以内のレベル100を目指す。


「期待している」


「ああ、待っててくれ」

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