第22話 女神の天秤(後編)

「マジック!フルバースト!」


大きく開いた奴の口内への、全魔力を注いだ必殺の一撃。

それは奴の頭部を貫き吹き飛ばす。


「効いた!?いや!勝った!?」


いくら巨大な竜であろうと、頭部が吹き飛べば。


――まて?


何故吹き飛んだ?


相手のレベルは500だ。


いくら綺麗に決まったとはいえ――


渾身の一撃だったとはいえ――


これだけのレベル差がある相手の頭を吹き飛ばすなど、現実的ではない。


「――っ!?」


不可解な事実に感じる違和感。

その答えはすぐにやって来た。


目の前の巨大な竜の肉体に細かい亀裂が走り、破裂する。

その欠片は形を変え、無数の赤い小さな獣へと姿を変えていく。


「くっ!?こんなことが……」


4つ目の猫の様な獣。

【神眼】が、その魔物の情報を私に伝えて来る。


クラス:ダンジョンの支配者

レベル500

邪神の影グヴェル・シャドーと。


目の前にいる100を超える数の小型の赤い魔物。

全てが邪神の眷属であり、レベル500のモンスター。

その事実に寒気が走り、足が震える。


「あーあ。吹き飛ばされちゃった。折角ドラゴンごっこで遊んでたんだけど」


「君やるねぇ」


「ほんとほんと。びっくりしちゃったよ」


可愛らしい甲高い声で、赤い獣達が口々にしゃべりだす。

まるで子供達が、悪戯の相談をしているかの様な口調で。


「どうする?合体する?」


「また吹き飛ばされたら面倒だし、このままでいいんじゃない?」


「じゃあ全員で行っちゃう?」


「数の暴力は好きじゃないなぁ」


「じゃあ相手は12人――あっ、1人はもう死んでるし11人か。こっちも11体でいこう」


「いいね!」


「一体で一人ね!」


「タイマンだぁ!」


数百にのぼる赤い魔獣達の姿が一瞬で消える。

彼らの宣言した通り、11匹を残して。


あの数に襲われていたら、抵抗する事も出来なかっただろう。

相手の傲慢に救われたと言えなくもない。


もっとも、その傲慢をはねのけるだけの力が私にあるのかと言えば……


「レア!下がって!結界を貼るわ!」


フィーナが叫ぶ。

だが彼女の張る結界でどうにかなる相手ではない。

それが出来るのなら、最初のドラゴンの時点でやっている。


この場で、私が何としても奴らを食い止めなければ。

剣を構え、赤い獣達を強く見据える。


「レア!秘策がある!いいから下がれ!」


今度はドギァだ。

彼女は秘策と口にしているが、この状況での劇的な打開策があるとは到底思えない。

しかし一体だけならともかく、私一人で十一体もの化け物達をを抑えるのは到底不可能だ。


本当に何か策があるというなら。

そう思い、背後に大きく跳躍する。


聖なる守護セイクリッドウォール!」


フィーナの側に着地すると、即座に彼女が結界魔法を発動させる。


彼女はユニークスキルである【魔法強化】を持っていた。

その効果によって魔法の効果は2倍になる。


彼女自身の高い魔力から生み出される強力な結界。

それに加えて【魔法強化】の効果で、エリアボスですら彼女の結界を破る事は出来ない。

だが目の前の獣達を止めるだけの力は間違いなくないだろう。


一体どうするつもりだ?


「フィーナ?」


彼女の手には尖った赤い結晶の様な物が握られていた。

私の【神眼】はそれを儀式の刃と示している。


フィーナはそれを――自身の胸に突き刺した。


「なっ!?」


結晶が赤く輝き、そしてフィーナに状態異常が発生する。


捧げる者サクリファイス


自らの命と引き換えに、発動している魔法を強化する。


……捧げる?

命を捧げるだと!?


「フィーナ!?」


彼女の肩を掴もうとして、その手をドギァに止められる。


「邪魔をするな!」


私はその手を乱暴に振り払う。

とにかく、彼女の胸に刺さっている物を抜かなければ。


「レア……落ち着いて……」


彼女は掌を此方に向け、私を制止する。

酷く辛そうだ。

その手はプルプルと震えていた。


「あの魔獣達……とんでもない化け物なんでしょ」


「安心しろ!私が奴らの足を止めておく!」


「レベル500の魔物の群れを……たった一人で?」


フィーナは弱弱しく笑う。

どうやらアレが1体1体先程の竜と同格である事を、彼女は見抜いている様だ。

その勘の良さが呪わしい。


「これしか方法はないの……命を捧げれば……結界を大幅に強化する事が出来る。あの魔獣達だって簡単には……ほら」


彼女は結界の外をさす。

魔獣達が体当たりをし、その度にバンバンと音が響くが結界はビクともしない。

それは間違いなく彼女の行ったサクリファイスの効果だろう。


「フィーナが死ぬ必要はない!私が守ると約束したはずだ!」


「さっき……貴方死ぬ気だったでしょ?私だって……このパーティーの一員なんだから……仲間を助けるために……命を賭けて見せるわ」


そう言って彼女は笑う。


「ふざけるな!あんな魔物の10匹や20匹!私が!」


「それに……一度発動させたら……もう止められないの……」


「そんな……なんでそんな事を……」


もう止められない。

そう聞いて全身から血の気が引き、力が抜けていく。


彼女を守ると約束したのに……守るどころか私が守られる。


私は冒険者として、いつでも死ぬ覚悟はできていた。

でもフィーナは違う。

教会の要請で同行しているだけだ。


それなのに彼女が私達の為に死ぬ?


……そんなの間違っている。


絶対に。


「レア……お願いがあるの」


「……」


「あれを彼に届けて欲しいの……お願い」


「…………………………わかった」


私は無力だ。

剣姫だ最強だと持て囃されても、好きな相手一人救えない。

何で私は……こんなに弱いんだ。


自分の無力が悔しくて悔しくて仕方がない。


「不味いぞ!?」


レスハーが叫ぶ。

その視線の先には結界にとりつく魔獣の姿があった。

その尻尾は先が尖り、まるでドリルの様に旋回している。


それが結界に押し付けられ、不快な音を辺りに響かせた。

先端は少しづつだが、確実に結界に食い込んで行く。

やがてそれは結界を貫通し、小さな穴をあけた。


そこから針の様な細い尻尾が侵入してくる。


それはまっすぐにフィーナへと伸びる。

ドリルだけでは結界に穴を開けられても、完全に破壊できないと判断したのだろう。

術者である彼女を狙うつもりの様だ。


「させるかぁ!」


私は自らの頬を貼り、気合を入れる。

フィーナが私達の為に命を賭けてくれたのだ。

その行為を無駄にする訳にはいかない。


彼女の思いを――優しさを無駄にはしたりはしない!


フィーナは私が守るんだ!

最期のその瞬間まで!


フィーナの前に立ち、迫る尾を迎撃する。


「なにっ!?」


だがそれは急激に軌道を変え、その先端がレスハーの胸元を深々と貫いた。


「がっ……ちく……しょう……」


「一番乗りぃ!」


魔獣がそう叫ぶと、結界内に侵入していた尻尾がレスハーごと消える。


「レスハー!」


結界の外に、横たわる彼の姿が見えた。

転移だ。


フィーナの結界は外部からの転移を弾く。

だが内側からならその限りではなかった。

そうでなければ、私達は転移で逃亡する事は出来ない。


尻尾が内部に侵入した事で、レスハーの体をあの魔獣は外に転移させたのだ。


「畜生が!」


アインが吠える。

彼とレスハーは悪友同士だった。

だが感傷に浸っている暇を、魔獣達は与えてくれない。


次々と結界にとりつき、結界に穴を開ける。

私は必死に剣を振るった。

フィーナの思いを守るために。


だが――侵入して来た尻尾が次々と仲間達の命を奪っていってしまう。


「発動させる!」


トーヤが転移魔法を宣言する。

思ったよりもかなり発動が早い。

恐らく、フィーナの張ってくれた結界の影響だろう。


だが――生存者はたったの4人。


いや、フィーナは【捧げる者サクリファイス】で命を落とす事になる。

彼女が命を賭けてくれたのに、たった3人しか生き延びる事が出来ないなんて……


「ウェイブ・ポーター!」


「隙ありだよ!」


魔法の発動とほぼ同じだった。

私の足元の地面が割れ、鋭い刃が下から突き上げて来る。


地面の下から!?


躱せない。

それはまっすぐに私の胸元を――


「レア!」


フィーナが私に体当たりする。

そして、私を狙ったその刃は彼女の胸元を貫いた。


「フィーナ!」


彼女に向かって手を伸ばす。

だがその手が触れるよりも早く、彼女の姿は掻き消え。

私の体は転移の光に包まれた。

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