第20話 女神の天秤(前編)
「さて……進むか退くか」
ダンジョン最下層。
それも相当奥深い所でパーティーは足を止める。
ここから先は未踏の地だ。
「どうする?レア」
女神の天秤。
そのリーダーであるドギァが私に聞いてくる。
彼女が私に「どうする」と尋ねる時は、遠回しに探索を頼んでいる時だ。
付き合いが長いのでそれぐらい分かる。
「
【
それは私が持って生まれたユニークスキルの一つで、発動させれば広範囲の地形とそこに生息する生物の位置を掴む事が出来る強力なスキルだ。
冒険者としてダンジョン踏破を目指す者にとっては、まさに破格のスキルと言っていいだろう。
ただし、このスキルには一つ大きな欠点があった。
一部、勘の鋭い魔物に察知されてしまうのだ。
下層までは殆どいなかったのだが、最下層になるとその比率はぐっと上がる。
遠くにいる様なのはともかく、近くにいる多くの魔物達は間違いなくここへ殺到してくるだろう。
「頼む。各自警戒態勢!」
ドギァがパーティーに警戒指示を出す。
前衛が素早く通路の前後に分かれ、後衛をガードする様に布陣を敷いた。
そして後衛はそんな前衛達に補助魔法をかける。
これは“祭り”対策だ。
祭りとは、大量の魔物に絡まれる事を差す。
まるでお祭り騒ぎであるかの様な
通常、最下層で祭りが起これば全滅の危機だ。
だが――
「おう、アイン。どっちが多く狩れるか勝負しようぜ」
「おやおや。この前レアに大敗を喫した負け犬さんが、今度は俺と勝負したいってか?」
「へっ、あん時は腹の調子が悪かっただけだ。お前ごときにゃ負けはしねーよ」
「面白れぇ。返り討ちにしてやるよ」
アインとレスハーがこれから祭りだというのに、呑気に勝負の話をしている。
何故なら彼らには不安などないからだ。
王国最強パーティーである私達女神の天秤にとって、最下層の魔物相手の祭りですらもはや大した脅威ではなかった。
「なあフィーナ。俺が勝ったら後でデートしてくれよ」
「はっ!勝つのは俺だ。という訳でデートは俺とだ!」
「嫌です」
二人の誘いを、フィーナは無慈悲に笑顔で切って落とした。
彼女には長く思い続けている相手がいるのだから。それは当然の事だろう。
「ありゃりゃ。振られちまったな、レスハー」
「お前もだろうがよ」
袖にされた二人は楽し気にニヤリと笑う。
彼らも本気で口説こうとしているわけではなく、冗談としてやっているだけだった。
そもそも、パーティー内での恋愛はご法度だ。
色恋は冒険者としての判断を鈍らせ、揉め事を引き起こす種になる。
そこをなあなあで済ましている様な所は、色々な問題を抱えて崩壊する事が多い。
だから女神の天秤では、その辺りは徹底されていた。
「いつまでもくだらない事を言ってないで、集中してくれ」
魔導士のトーヤが、二人のやり取りに神経質そうな声で注意する。
「僕達後衛の命は、君達前衛次第なんだからな」
前衛が抜かれれば後衛の命が危険に晒される。
まあこのパーティーの後衛で敵に近づかれたら即アウトな人物などいないが、リスクが高いのは間違いないだろう。
どんな相手だろうと油断せず気を引き締める様、彼はじゃれついていたアインとレスハーに求めた。
「わあってる」
「すまん。少しふざけすぎたな」
「頼むよ」
ここまでが、いつものと呼んでいい一連の流れだ。
誰かが場の空気を緩ませ、引き締める。
こうする事で緊張しすぎず、それでいて戦いに意識を集中する事が出来た。
「スキルを発動させる」
宣言し、【
その瞬間、大量の情報が私の頭の中に流れ込んでくる。
「――っ!?」
その中に、私は特異な物を見つける。
エリアボスとは違う感覚の、巨大な魔物。
そして、ダンジョンの終端と思しき不思議な空間だ。
「
そこがこのダンジョンの最奥に間違いない。
そう私は確信する。
そして巨大な魔物は、ダンジョンボスだ。
「ゴール!?マジか!」
周囲が色めき立つ。
それも仕方がないだろう。
私達は遂にダンジョン探索に王手をかけたのだ。
もちろん色々と調べる事、用意する事はまだまだあるだろう。
だが、それでも最奥付近にたどり着いた。
その事実は私達の気分を高揚させるには十分な事だった。
「えっ!?」
だから私は気づかなかった。
気づけなかった。
私のスキルに周囲の魔物達が反応していない事に。
そして――
「なっ!?」
「嘘だろ……」
巨大な魔物の反応が消えた事に――
「ドラゴン……」
突如――それは私達の目の前に現れた。
赤い巨体に、4つの目を持つドラゴン。
ダンジョンボスたる魔物が。
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