晴れ時々雨

👁️‍🗨️

今日も2人の女性を連れていた。

15年ぶりに再開した同級生のAと最近よく付き合うようになった。彼は僕と会うときいつも連れを同伴する。なんの断りもなく当然のように女性を連れてくる。初めは困惑したが、回を重ねる都度そうなので慣れてしまった。彼の同伴者はいつも違う女性だった。最初は、というか二回目の時はかなり驚いた。

彼は女性の名前しか紹介してくれないので二人の関係性が不明のままお相手に対して失礼のない態度を取らねばならず本当に困った。

三度目の集まりのとき僕は閉口した。二人も女の人を連れていたからだ。これ以上説明の成されないまま一緒に過ごすのはごめんだ。第一寛げない。僕にとっちゃ無関係で初対面の赤の他人だ。どう接すればいいやら、いい加減種明かしくらいしてもいいのではないかと思ったのだ。

しかし高校時分の彼はこんなやつだったか?そんなに親しかったわけではない、というより一度か二度話したことがあったかなかったか。でも思い起こす限り、やはり変わった雰囲気を持つ男だったかもしれないし、周囲からもそう扱われていたようなイメージが確かにある。

どこがどうとはっきり列挙できないし、そもそも親しくなかったので具体的なエピソードはないが、気さくなのは彼の一面なのではないかと思える印象はあった。けれど安易に他人の事情に踏み込んだり、弁えの足らないような奴じゃなかったはずだ。大体の常識が通用する変人。そんなイメージ。ぼわっと。

とにかくその三度目の待ち合わせの日、言葉もなく静かに座る女性たちの隣で続く彼の饒舌を耳で流し、相槌も打たず、三人から目を逸らし続ける姿勢をとった。

やっと僕の態度の変化に気づいた彼は、面白そうに僕に訊ねた。

「なんだどうした。具合でも悪いのか」

馬鹿言え。もうわざとらしい気さえする。

「あのさ、お前たちってなんなの」

Aはぴくりと片眉を上げ、カフェのスチール椅子に深く腰掛け直し腕組みをして女性と僕とを交互にみる。

「ああ、ああ、そういうこと」

とぼけた声を出す。

彼は顎に手をやり、擦りながら喋る。

「コレね。解ると思うけどボクの相手」

目線だけを一人の女性にしゃくってAは言う。

「意味がわからない。いい機会だからはっきりさせておきたい。前回と違うよね。それに二人って」

僕の我慢は他人への無礼をねじ伏せた。回を重ねるごとに人数が増えたりしたら堪らない。答え次第ではもうこいつとは会わないでおこうと決め始めていた。

「ああ!そうね、そうだよね、そうかあ」

全く意外だったと言わんばかりの反応にこっちがびっくりする。

するとぐいと近寄って声を落とし、Aは話し始めた。


§


今日Aが伴って現れた二人の女性のうちの一人は、その辺で出会えないくらいの美人だった。容姿が美しいのは勿論、醸し出す空気さえ常人と異なるような、一目見たら忘れられなくなる気高さと妖艶さを含んだ美しさ。下世話な話だが、男なら一度は夢を見るタイプの女だった。

しかし彼女が他の女と一線を画すのは、正面から視線を合わせたときに見える瞳の輝きだ。テレビの珍しい生き物特集か何かで放送されていた梟の瞳。宇宙銀河のような地球そのもののような青の中に散りばめられた星屑がきらきらと瞬いて、見る者の視線を奪う。人間は梟ほど眼球が目立たないので余程近づかなければ気づかないし、はっきり見るには真正面の角度0が必須だった。更に前髪が長めだった。

初対面のとき目を奪われなかったと言えば嘘になる。僕だって男の端くれである。しかしAが連れ立っている女性をじろじろ観察するなどできず平静を装ううち、僕の前から存在が消えた。彼女は静物と同じように気配を消すことに慣れていた。これはAが同伴する数々の女性たちの共通点でもあった。Aは決して彼女らを会話に入れることはなく、相槌を求めず僕にも説明しなかった。ただ、オープンカフェで茶を啜っていた一瞬、吹き抜けた突風を受け視線を上げた彼女の瞳がちかと光り、背筋がぞくりとしたのを覚えている。彼女がAの特別な人だということに確信が持てた一幕だった。

もう一人の女性は全く正反対の人種と言っていい。もし彼女を話題に出すなら、容姿について触れるのは得策ではないだろう。禁忌に近い。Hは岩石のような容貌と体躯の持ち主だった。しかし纏っている雰囲気は本当に石のようにつるりと清潔で悪くはない。

彼女らは卓に席をとるとき彼と隣合う間隔が広めに取られ、椅子同士がくっつくほど近く座る。まるで令嬢と侍女のように見えるのだ。下僕。しもべ。従者。そんなふうに見える。

Aは星眼の女性をJと呼び、侍女風の女性をHと姓で呼んだ。

Jとは夜の散策中に出会ったという。暗闇でのJの瞳はどれだけ美しいのか想像もつかないが、出会いの場面を話すAの声の上ずりに読んでとれた。

Hとは、ある喫茶店の便所掃除をしているところに切っ掛けがあったという。エプロンの後ろの結び目の鋭角的な美しさに感激したのだとか。渋る彼女を手管で口説き落としたAは、Jと引き合せることを思いついた。

当然彼らの付き合いは大人の男女のそれである。美しくひたすら従順なJと、随順する傍らで冷静さを保ち続けるH。彼はHの従容たる部分に自分と似た冷酷さが混在しているのを見逃さなかった。

言いなりに扱える女を更に他人の女の手に委ね苛ませる方法を思いついたのだ。

Aを普通だとは思っていなかったが、ここまで捻た性癖を持ち合わせているとは驚倒した。

夜な夜な、それは主に日中だったそうだが、苦痛におののく可憐な美女を徹底して責める醜女。一方は儚げに揺らめく瞳で、もう一方は愚直なまでに主人の手足となりながら己の新たな面を開花させつつ、お互いを昂り合わせる。最高潮を迎えたとき、彼が介入して終わりへ向かうのだ。

聞かされて、僕の心拍数は嘗てないほど上昇していた。冷や汗を吸った服の冷たさが、相反して熱をもつ部分を際立たせた。


ここまで聞いて、今までAの連れて来た数人の女性たちのことが解った。物言わず彼に付き従う女性たち。Aは人間を物のように扱っている訳ではなく、眠っていた美術品級の調度品を肉体として愛しているのだった。それは磨かれて手入れが行き届き、愛着を持たれ、各々がそれぞれの位置で素晴らしく個性を発揮する。そしてまたそれを愛されるのである。

彼らには言葉は情報に過ぎない。真に彼を悦ばせ理解しようとするならば、生まれ持った体とその摩擦によって反応を引き起こすしかないのだ。

人らしからぬ人間性で特異な感情を表現し合えるこの人たちが心底羨ましかった。恋情を囁き合うより余程深い絆を構築しているように感じ得る。

しかし何故僕にこんな私的なことを話すのか理解に苦しんだ。親しみをこめるのにも限度がある。それを口にすると、

「ふふふ、羨ましいと思っただろう」

笑い混じりにそう言われ、僕は硬直する。確かに思いはしたが意味が違う。

「同じなんだよ、お前も。俺にはすぐに判った。あの頃、お前の目を見た時から。目だよ。どんな目をして他人を見てるか知らないのか、お前の、その目だ」

何のことだ。

Aに指を突きつけられ、そのときの僕は彼の目の中に映る自分を必死でみつめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る