第137話 公道、テストライダー

会社辞めて数日は、さっぱり爽快クールミント。

サンスタートニックシャンプー(笑)という感じだった。


でも、振り返るとほとんど毎日千秋に会っていたんだな、と思って

ちょっと淋しくなった。


連絡しなくちゃ会えない。そういう風になって。

ケータイ、なんて無い時代だ。

今なら、そういうものやメールとかでつながれるから

そんなふうには思わないのだろうけど。




でもまあ、もう、元には戻れなかったりする。


・・・・早まったかな、なんて思ったり。



なーんとなくフクザツな気持のまま、俺は、そのテストコースに向かった。



10月の半ばだった。




そこは、陸の孤島のような場所だけど

そんなに大都市から遠いわけでもない。



砂漠の中のようなところで

日本にこんなところがあるのかと思った。


さりとて、小田原から新幹線で2時間くらいだ。



俺たちは、メーカーの社員ではないが

面白い事に、そこの独身寮に住める、と言う・・・・。

有難いお話。

本社にとりあえず呼ばれ、オリエンテーション。


かんたんなレクチャー。


それから、バイクを見に行った。


広い工場だが、流れ作業ではなくて

ひとりが一台を組んでいるところ。


レーサーとかがある。



見たこともない新型車(らしき)フレームにエンジンが組まれて

組み立てられている。


そういう中、エンジンが掛けられて

シャーシ・ダイナモで計測していたり。

排気ガスを計測したり。



中には、仮ナンバーのあるものもある。




これらを、乗るらしい。

あまり感慨も無かった。なぜか。


テストコースでの走行も、レースのような走りをする事はあまりなく

どちらかと言うと、定速走行や、公道走行に似た速度での走りが多いようで

広い、平らな駐車場のようなところでの試験が多いようだった。



カーブの曲がり方とか。ブレーキの効き方。

そんなものを見ているようだ。




なんとなく、拍子抜けした。




その日は、そんな感じで・・・。シャトルバスに乗って寮に行った。


寮は、浜松から電車で4つの、田舎で

そこからさらにバスで30分。

たんぼの中の寮。かなり古いが

まあ、タダだし。食事も出る。


社員たちと一緒に住むらしい。



相部屋、4人。でも、空いていたから

ひとりで使っているヤツも多かった。


なぜ俺が採用されたかと言うと・・・・750免許があったからだった。


当時の若いライダーで、これをもっている者が少なかったから、らしい。



相部屋になった山本(XJ400)、関沢(XJ400D)、植松(KP61)も、みな中型である。



植松は、バイクを持っていなかった。




最初は、俺は変わった格好をしているので(カーリーヘアだし)。

それに、あんまり喋るのも好きじゃないから

ひとりでのんびりしていた。



声を掛けてくれたのは、山本で

親しげに、高校生みたいな感じ(実際19歳だったから、ほとんど高校生)。


「なんか、イメージと違ってて」と俺が言うと


「そーだろー、俺もねー。」と、賑やかに話し始めた。


山本は、父がこのメーカーの工場長なので、ここに入れられたとの事。

それなりに楽しそうで、かわいい彼女もいたのだが・・・・


ストレスが多かったらしく、ヘンなことをして警察に捕まったり・・・と言う。

面白い人物である。




植松も空想癖があり、自分のKP61が「ウィリーする」とか

「俺は平家の末裔だ」とか・・・。


確かに、見た目はちょっと平家っぽいけれど。


小説家になるといいタイプ。


彼の空想癖のおかげで、俺は4人部屋をひとりで使えることになった。


植松が「この部屋で首吊りがあった」「夜中に、外から幽霊が見ている」とか

言うので、みんな怖がって他の部屋へ(笑)。




トイレで首を吊ったとか、へんな事を言うので

見に行くと・・・上から血が垂れているとか言って騒ぐ。


植松の首に堕ちてきたという。



よく見ると、上の階の排水パイプから洩れていた(笑)。



首吊りでどうして血が出るのだ、と・・・。


俺は、別にヘイキだったので(笑)。


静かな部屋で、ラジオを聴いて楽しんだり。


ニッポン放送をよく聞いた。


「パンチパンチパンチ」とか、「夜のドラマハウス」とか。


聖子ちゃんがパンチガールズだったので(^^)。




関沢は、バンドでベースを弾いている、と言う

ちょっと俺に似ているタイプで


テクノをやっている、との事。


なんか、女の子アイドル・テクノが好きだったが


ちょうどこの年の12月、ジョン・レノンが死んで

その時、ホントに泣いていた。そういう繊細なヤツで

元々は楽器を作りたかったそうだ(後に行くのだが)。


家は寿司屋で、後を継がずに・・・と言う。


2000年頃、病気で死んだ。



この3人のほかには、組立てをしているヤツもいたし

俺の先輩のように、設計に居る者もいた。





オートバイのテスト、と言うと

レースのような極限にぶっ飛ばす仕事だと思っていたが

そうではなく、公道テストは距離を走って、トラブルを探すような

そういう仕事だった。


2stの排気弁とか、4stの可変ポートとか。そういう外から見て

わからないテストも良くあった。



今は、そういう公道テストをしないのでトラブルが多いらしい。






その仕事は、まあ、それなりに面白くはあった。

バイクに乗っていられるし。



千秋のことは忘れていたわけではないが

どちらかと言うと、あの「守ってあげてください」の

スタンド・ボーイの彼が、たぶん千秋が好きなのだろうから・・・。


俺も、彼の気持を考えると・・・。千秋に深く関わると可哀相だと思った。


そのうち、千秋が彼の方を向くかもしれない。

そんな風に思ったのもあったし



・・・まあ、遠く離れてメンドーなのも、少しはあった(笑)。

それでダメになるなら、それもいい。とも思った。

淋しいけれど。



一応、寮の電話と住所は教えておいたので

時折、手紙が来たりして。


山本は彼女がいるので「かわいい?その子」とか。楽しそうに軽快だった。


植松は「いーなぁ、誰か紹介してよ」と言ってたけど

ここの勤務が終わってから(6ヶ月契約で、終わった後は

バイク工場の組みたて工、なんかの仕事も選べた。

向いていればテストライダーを続けられるが)。


工場勤めをして、のーんびりした彼女が出来た。

平家の子ではなかったらしい(笑)けど。






この頃である。作業所でTR1の試作車(らしき)ものを見て。



こっそり乗ってみると、そのテールスライド前提、みたいなハンドリングが

気に入って。


発売されたら買おう、そんな風に思った。

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