第59話 河原で




さて、ここのところ思い出話しに耽っておりますが

コドモだった頃、僕の回りに洋楽が自然にあった、と言う事は

幸せだったのだな、と今にして思います。

ごく普通に、世界レベルの優れたサウンドに触れていた

当時の若者は、情操面からも良い影響を受けていたとしても

まるきり否定はできない、そんな印象を僕は今でももっています。


同じジャンルの音楽を好きだから、何故か嗜好も似ているなんて

よくある話ですけれど、今回はそんなところから想い出ハナシに移りたいと思います。










....泣いている彼女を見て、僕の中になんとなく熱いものが滾るような気がした。

僕は、イメージ・フィールドに チェイスの、あの「黒い炎」のリード・トランペットの

フレーズが繰り返し鳴り響いているような、そんな気持ちだった。



....なぜ、朋ちゃんを嫌うんだ、コーズの奴。



別にGFが居ないんだったら、付き合ってやればいいじゃないか?


僕はそんな風に思った。

そして、事実をそのままストレートに伝えた自分の無策さにも腹を立てた。


それで、僕は朋ちゃんにそう言った。



「ごめん。でも、僕は..本当の事を言った方がいいと思ったんだ」




朋ちゃんは下向いて、まだ泣きながら途切れ途切れに答えた。


ありがとう、それでよかったの。と。




できれば、想いを遂げてほしかった。

僕はそう考えた。でも.....










それからの学校生活に、別段以前と違ったところところは無かった。

あのことは、僕と朋ちゃんだけが知っている事だ。


無論、コーズだって知らないこと。



僕は、このままにしておいた方がいい、と思ったが、

いつもの放課後、朋ちゃんが「ギター教えて」と

例の屋上へ続く階段のところへ来るので、だから

朋ちゃんと二人きりになる時間が多かった。



僕は、この頃どちらかと言うとロックに興味が移っていたから

朋ちゃんが好きな拓郎の曲、なんかを演奏するのが

ちょっとかったるくなってきていた。



でも、まあ、ギターを始める理由には.....




と、思ってふと、思いついた事があった。





半年くらい前、昼休みの校庭でラジオを耳にして

吉田拓郎の「落陽」を熱心に聞いていたコーズのこと、を。






僕は、ちょっと確かめてみたかった。




「朋ちゃんさ...」





なーに?と、屈託なく笑う朋ちゃんは、もう、

あの泣いてた彼女とは別人のようだった。

だから、思い出させるのは可哀想だと思ったので




「どーして、タクローが好きなんだ?」






朋ちゃんは、にこにこ笑いながら「だってステキだもん。なんか..」

かっこいい。





そう言って、にこにこ笑ってた。




どうやら、コーズが好きな拓郎だから、ってな理由じゃないらしいな。



僕は、なんとなくほっとした。



そういう理由でギターを習ってるんだったら、なんか悲しすぎる。

今でも忘れてないんだったら。



そう思った。



あんなサルみたいなコーズなんか、早く忘れろよ。





そう、心の中で呟いた。






こんな時の僕にとって、拓郎の曲を演奏するのはちょっとかったるかった。









いきなり僕は、ショッキング・ブルーの「ビーナス」の

イントロをかき鳴らした。




朋ちゃんは最初すこし、びっくりしたようだったが


進んで行く演奏を聞きながら、かっこいい、といってたので

僕もちょっと嬉しくなって、いつもよりちょっと大きな声で歌を歌った。








無茶苦茶に走り回りたい、そんな時分が誰にもあるものだが

この頃の僕はそんな感じだった。


学校から帰ると、近くの河原や近所の原っぱにTY50を持って行き

モトクロスみたいに、飛び回ったりしてそんなパワーを発散したり

ロックを聞いたり。



この頃の田舎町は、今よりずっとのんびりしていたから

河原や空き地でモトクロスやトライアルの真似をしても、ノーマルバイクで走っている

限りはあまり文句を言われる事もなかった。


もとより、河原も自然のままだったから

誰がバイクで走り回ろうと、どうと言う事もなかった。

人が歩けるような場所ではなかったからだ。



.....そのうち、本物のモトクロッサーを持ちこむ奴が出てきて

河原はバイクが立ち入り禁止になるのだけれど

それは、ずっとずっと後の事だ。


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