第58話 朋ちゃんの思い


*バイクと思い出 その3*




で、僕らは屋上でしばらく風に吹かれていた。

何か話さなくては、と言うようなぎこちない友達じゃなかったから、

ただ、黙って風に吹かれていた。


そのうち下校時間が来てしまったので、僕は朋ちゃんを促し

重い鉄扉を開けて、2階の2年F組の教室へと向かった。


僕はもちろんヤマハFG−122をソフトケースにしまって。


朋ちゃんは吹奏楽部の部室に一旦戻ってから、帰ると言った。



この頃の中学生は本当にシャイだったから、二人きりで下校、なんて

事はまあ、有り得なかった。


けれども僕らは、いつもグループで一緒だったから

特に気に留めるでもなく、ふたり、途中まで一緒にかえろ、と...


すこし元気になったともチャンは、パタパタ、と上履きを鳴らして

下駄箱のところに駆け下りてきた。


学校の門は開いたままだったし、もう、運動部の連中もみんな帰った後だった。


僕らは同じクラスだったから、出席番号順に並んでる蓋のない下駄箱から

スニーカーを取り出して。

僕は青のハイカット、彼女は白のローカットだった。



ぽん、とスカートをはたいて、「いこか。」と

彼女はにこ、と笑って

校門をでた。


革の手提げかばんは重そう、だった。

お弁当は入らないので、愛らしい刺繍のついたおべんとうのふくろを

別に下げて。

持ち手のところには、なんだかマスコットがいっぱいの

かばんと一緒に、袋を下げて

朋ちゃんは僕の右となりを歩いた。


田舎町だから、学校の前も人通りは少なく、車もほとんど通らない。


いつも駄菓子を買っている青木商店の前にも、もう学生たちは居なかった。


このあたりは住宅街だけど、こんな夕暮れ、もう日暮れになりそうな時

表に出ている子はいなかった。


遠くで、山の方へむかうローカル線の、単線の線路を汽車が登ってゆく音がした。



菅野たばこ店の前を通った時、ずっと黙っていた朋ちゃんが


「でも、なんだか話せてホっとしちゃった。」


そういって、にっこりするので僕は、なんとなくどっきり、とした。




「僕に話したって...。」


僕はそこまで言って、しまったな、と思ったが


でも、朋ちゃんは屈託なく


「ううん、いいの。たぶん、話したかっただけなの。」




「でも、コーズに、このこと...。」




朋ちゃんは黙っていた。



僕とコーズは、模型飛行機、Uコンのなかまだった。

いや、僕のUコン好きは有名だったので、コーズは

飛行機を教えてくれ、と頼んできたのだった。


だから、朋ちゃんは僕とコーズが仲良しだ、と思ったのだろう。



僕はどちらかと言うと、あんまりコーズが得意じゃなかった。

でも....




「うん、コーズのやつに、聞いてみるよ。それでいい?」




「でも.....面倒じゃないかしら。」


それだけ言って、朋ちゃんは遠くの空を見ていた。


2級国道の横断歩道の信号が、ピカピカ点滅していた。




僕はしばらく考えた。



なぜ、僕にこんな大事なことを打ち明けたのだろう?

普通、女のコ同士で話すもんだよな、こういうの。







.....ま、でも。


疑問に思ったが、でも、僕らのグループは特別だった。

男、女、なんていう差異はちいさなもので

そんなものを越えて、みんななかよくしてるだろう。

僕はそう思い、みんなの顔を思い出した。


タケ、シン、ユーコ...



だから。



横断歩道の信号は、いつのまにか赤に変わっていた。



国道を、2ストローク3気筒のオートバイが白煙を上げて吹っ飛んでいった。


あれは、カワサキのH2だな...。



僕は、過ぎ去って行くその白煙を見送って、何かを吹っ切ったような感じがした。





そして、朋ちゃんに言った。




「うん、僕がなんとかするよ。」







朋ちゃんは、僕をまっすぐに見て、ありがと、と言った。


それから、すこしづつ元気を取り戻してゆくように、音楽の話や

バイクの話し、なんかをしながら

田んぼ道を歩き、いつもの十字路で別れた。


朋ちゃんの家は小川のほとり、僕の家は駅のほうだったから。







もう、夜のとばりが下りようとしている......









次の日。



僕はコーズに、昼休みの屋上で偶然会ったので

それとなく聞いてみた。


誰か、好きな女のコっているか?って。


付き合っている奴が居ないのは知っていた。



コーズは、こう言う話は苦手な奴だったから

どぎまぎしながら僕にその、答えを告げた。





....特に、好きって言うか、付き合いたいとか、

そういうんじゃないけど。



タイプとしては、どんなのがいいか?って

僕は、更に聞いてみた。





....そだな。



コーズは、背が小さかった。

それを気にしている風だったから、

やっぱり小柄で控えめの、クラスで目立たない明美ちゃん、の名を出した。





僕は、なんというかもやもやとした気持ちだった。

どういうんだかわからないけれど。




「クラスじゃ、あの辺が人気だよな?」


僕は、人気のある女のコの名に、朋ちゃんの名をさりげなく混ぜてみた。




コーズは、こう言った。




ああいう、男と平気で遊び歩くような女は好きじゃないな。

だいいち、俺よりデカイし。


それに....






コーズは、言いにくそうにこうも言った。



朋ってさ、お前のGFじゃないのか?





僕は仰天した。


誰がそんなことを言っているんだ?と聞く。





コーズも驚いて「誰も何も、みんなそう思ってるよ。

いつも一緒に居るし、こないだだって二人っきりで

下校してたって...。」





誰が?そんなこと....





コーズは、こう言った。



駄菓子屋の青木や、タバコやのミヨコとか...




僕は、しまったな、と思った。



あの日の帰り道、迂闊だったけれど。


青木ん家や、ミヨコの家は店だったから

中から見えていた、のだろう....






その印象はともかく...



コーズが、朋ちゃんに気が無い、ってコトだけはよく判った。





で、僕は....




そのことを、そのまま伝えた。朋ちゃんに。



隠すのは苦手だったし、僕も幼かったのだ。







いつもの屋上、朋ちゃんは...



泣いた。



ずっと、ずっと、泣いていた。


僕は、ヤマハFG−122を椅子に立てかけたまま、

どうしてなぐさめたものだろう、と....


思案していたが、適当なコトバは浮かばなかった。










今でも、この時のことを思い出すと

なぜかこの「涙のハプニング」のメロディが聞こえてくる僕なのですが...(笑)





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