病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈15〉

 カミュは「別れ別れになった人びと」というモチーフを、何よりもまずランベールを念頭に構想していたようである。

「…妻と別れ別れになった男は、医者に、そこから脱け出すための証明書をもらいたいと思っている(そうしたわけでかれは医者と知り合うようになる)。かれは自分の奔走の一部始終を語り聞かせる……。かれは定期的にやってくる。…」(※1)

「…補足的な作中人物。生き別れになった男。追放者。その男は町から脱け出すためにあらゆることをし、しかも果さない。かれの奔走。《自分は余所者だから》という口実で、なんとか通行証を得ようとする。もしかれを死なすなら、なによりもまず、かれが別れた相手と再会できなかったことで苦しみ、また中途で放り出したままになっていた多くのことで苦しんでいたことを示さねばならぬ。それこそペストの根底にふれるということだ。(…中略…)

 妻と生き別れになった男が、「彼女が年をとるのを待ってはいられない」と言って逃亡する。(…中略…)

 追放者はしまいについにペストに冒されて、小高いところに走ってゆき、町を閉ざしている壁と、野原と、さらに三つの村と河にへだてられた妻に向って大声で叫ぶ。…」(※2)

 カミュは当初、ランベールのことを最終的にはペストによって死なせてしまおうかというプランも、どうやら腹案として持っていたようだ。


 またカミュは、このようなランベールの境遇に象徴される、ペストによる人々の強制的な別離を、「流刑」という言葉で喩えている。

「…流刑といっても、大多数の場合、それは自宅への流刑であった。そして筆者(…リウー…)は、世間一般並みの流刑しか経験しなかったのであるが、しかし、たとえば新聞記者ランベールその他の人々のように、たまたまペストにつかまって市内に抑留された旅行者として、そばへ帰れなくなった相手からも、自分の故郷だった国からも、共に隔てられてしまったという事実によって、別離の苦痛がさらに増大されているような、逆の場合も見落すわけにはいかない。全般的な流刑のなかでも、彼らは特に重い流刑囚であり、時間というものによって、みんなと同じように、時間本来の焦燥感をかき立てられると同時に、また空間にも縛られて、ペストに冒されたその仮の住居と見失われた故郷とを隔てる壁に絶えず突き当っていたのである。…」(※3)

 ペストによってオランは世界から隔絶され、そこに根ざして暮らしていた人々も、たまたま居合わせただけの人も、誰彼の区別や個人的配慮もなく、皆いっしょくたに必然の虜囚となった。だが、たとえ「たまたま居合わせただけ」なのとしても、それがこの監禁状態を免れうるような、殊更の言い訳などにはけっしてなりはしなかった。なぜならオランという町は、そもそもそういうところだからだ。

 故郷に別れを告げて、あるいは見捨てるようにしてそこに移り住み、金を稼いで暮らしが上向けば、「もっとましな場所」を求めて何の未練もなくその土地から出て行く。そういう意欲のある者らにとっては、そもそもからここは「仮の住居」にすぎない。植民都市オランとは、まさしくそういう町なのである。

 逆にこの地に「根ざして」暮らすというのは、そういったような出て行く機会を失って、「足止めを食らっている」ということなのだ。そういう人々にとってオランは、ペスト以前においてすでに流刑地だったのである。


〈つづく〉


◎引用・参照

※1 カミュ「手帖2−反抗の論理」高畠正明訳

※2 カミュ「手帖2−反抗の論理」高畠正明訳

※3 カミュ「ペスト」宮崎嶺雄訳


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