日陰に鬱ろっ
「おはよう、遅かったね」
日曜日、二つ返事というより生返事で承諾したクラスの遊びの予定を律儀に守って辿り着いた遊園地。早めに着いて真冬の朝の光が私の腰を任せるベンチとスマホに注ぐ中、見え辛い画面に映る約束の連絡に頬を緩めていると、行動を共にする予定の七人の内、まず二人がやってきた。遊園地なんて豪奢なもの滅多に訪れないこっちが期待と憂懼に胸を膨らませているというのに、男女で登場するとは羨ましくはないが何か引っかかりつつ、折角来たからには明るく振舞おうとこちらから話しかけた。私がいるせいで陰鬱な催しになったとは言わせたくないから。
「お前が一番か」黒いダウン若しくはジャンパーを着ている男の方が期待外れをも思わせる第一声を上げ、ダウナーになり飛び降り自殺しようかと思った。それは冗談で、「何時に着いたの」彼は私の前を指定席にしてそこから気遣いを行き届かせた。彼は集団の中で一見ローテンションな私にも調子を合わせ、会話のローテンションを組んでくれるような良い奴で、平素よりお世話になっております。私のクラスには優しい人が多い。まぁ滅多に会うことはない、というのは全員に対して言えることだけど。話すに二人は正門から外れた脇道から侵入してしまったらしく再入場してくると告げた。「入園したいんですけどって言って園内から来るの面白いね」と言ったら男は少し笑顔を見せて、確かに来た方向とは別の方へ私の台詞をなぞった。
二人が戻ると、その拍子に「アトラクション苦手なんだよね?」と女の方にも話しかけてみた。一度言っても耳に入らず、声量を上げて二度目の手間をかけた。
「違うんだけど。誰がそんなこと言ったの?」おっとこいつぁ例外かな。男と違い、この女は私を直視せず私以上に低い声でボヤいた。「風の噂で……」気圧されつつ多少の苛つきを覚える。独り言の得意な私みたいに場面緘黙なのか私に興味がないのか不明だが、だとしても最低限の態度は取り繕うだろうが。私には理解できないタイプの性格だ。こいつは名前さえはっきり覚えていないから私の中でとげとげ女と渾名でも付けておこう。序でに男は赤みがかった髪で中身も温かいからめらめら男と呼ばせて頂く。
「あいつらまだか」「少し遅れるってよ」私よりもスマホ画面を優先させながら話していると、男一人と女三人が正々堂々正門からやってきた。私が男側だったら女共の居心地を悪くさせるだけだろうに、平気な顔して手を振ってきた。皆それぞれのコーディネートを高校生らしく着飾り私の地味な装いが際立つ。引率の男曰く、一人は土壇場で首を切ったらしい。キャンセルということです。
役者が揃ったところで大根の私も取り敢えず移動し一つ目のアトラクションたる舞台に出演することになった。列に並び階段を上る姿は心拍数を婉曲していると思った。
「ジェットコースター大丈夫?」後ろに位置した引率の元気印は初参加の私に確認を取ってくれた。めらめら男以上に誰とでも仲良くしようと挑戦するありがちな陽気者ということで、彼はべたべた男と命名した。
「多分大丈夫、乗ったの随分昔だけど」嘘を交えて不安を払拭する。外から観察したあの様子、自転車で坂道を駆け下りるようなもんでしょう。スーパーの帰りによくやる。
「そっちはそりゃあ得意でしょ」
「慣れてるけどここは初めてだわ」
このくらいで話は収縮し、「ドキドキするなぁ」寡黙を回避し気を紛らわし己を鼓舞する三種の用途の呟き、乃ち三途の思いを宙に放つ。次の番になると私以外は「楽しみだなー」とコンビニに行く感覚で荷物を整え始めた。既に生じた落差。
準備を終えてベルトをした私はめらめら男の隣に座らせてもらう。「やべーなー」どちらとも取れる感想に戸惑う。いってらっしゃーいと従業員は貼り付けたアルカイックスマイルで私達を地獄へ送り出した。それとも本気で羨ましいと思っているのだろうか。実は一人で夜な夜な乗りこなす程好きが故に職場選びをしたのかなと思索する内に、よく聞く事故の因となる老朽化を疑うようなキキキキキと此処ではない何処かへ出荷される。上る上る、でもこのくらいなら余裕余裕。太陽が輝く良い景色だなーと頂上まで上り「くるぞ、くるぞ!」めらめら男が叫び、おっと下がるかなどうだろ「う、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
内臓が浮かぶ、おしっこが漏れる。胸ポケットに忘れたスーパーのレシートが逸早く天に昇る。急降下の後はぐるぐるぐるぐる。上下左右特に下。目が開けられない、外は海。安全バーを外したら、私は死ぬ。「おいもう一丁行くぞっっっ」隣の男の注意喚起に合わせて腹筋を引き締める。フォーーーー!と腰も振らず楽しむ横で声も出ない。
内臓が定位置に戻り顔面も泳げないのに幼稚園の先生に水中に引き摺り込まれたあの頃に戻ると、後ろの皆は相変わらずニコニコして下車していた。
「え、どうだった?」女の内の一人が訊いてくれる。
「死の恐怖しか感じなかった」我ながらもう少し言い方あるだろうという客観性を無視して、率直なコメントを残した。
「あらほんと」朗らかな笑みをコートで包みしっとり返してくれるこの女はしとしと女にしよう。女性陣の精神的支柱、にまでなっているかは知らないけど、イベント事に積極的であるよう。しっとりと言えば結局失禁することはなかったので御安心。うっかりしてたらウォータースライダーに様変わりする所だった。
「へぇー絶叫無理なんだー、私もあんまりなんだよー」目線を下にした所から珍しく言葉が飛んでくる。この女は広く交流を持ち四六時中コミュニケーションに勤しむ、うーんときんきん女。ぺちゃくちゃ喋るし何処がとは言わないけど隆起に欠けるから、ぺちゃ女にしようか迷ったけど。でも良いことだと思います。話が尽きないのも服が伸びないのも。後者も含めて親しみやすいし秘めた子供らしさも陰で共感している。ハイトーンなせいかあまり話したことはないけど私も一歩間違えれば、いや失言。百歩間違えればこうなっていたかもしれない。
「良かった仲間がいた」流石にすぐバレる優しい嘘はつかないよね、とほっとした。
それから特に尿意は催さない本物のウォータースライダーをめらめら男、しとしと女、きんきん女と愉快に乗りこなした。悪いことばかり頭に残る一方、楽しい時間はあっという間、近場にある次の娯楽を目指す。最初は皆意識的に私に語りかけてくれたが空間が慣れてきたようだ。時が経つにつれ私の台詞量が減ってきた。移動中、うっかり輪から外れてしまう瞬間があると修復しようと誰かの間に切り込む。私が気にし過ぎているのかな。諦めずに自分から話しかけよう。
さて次のアトラクションはえぇと、ふぉ、フォール、何ちゃら。名称が出ないあたり皆との経験の差が露呈している。要は高所恐怖症を重症化させる高さまで上がって垂直落下する拷問器具。これはやばいぞとめらめら男も興奮する通り、上下左右の理解ある多様性とは比にならない程危険なので棄権を所望した。「乗らないの?」べたべた男の頼みも聞けん。まぁいいよね。皆も先程の臆病さを見兼ねたのか深追いしてこなかった上、きんきん女ととげとげ女も棄権を選んだ。安全圏から気分だけでも共有しようと撮影を開始する横で二人が男性陣に手を振るのを見て、私もタクシー運転手が困りそうな謙虚さで挙手する。四人が地上から離れるのを見て私と少し距離のある二人がわぁすごと小声を交信させる。こういう時に「きゃー!」とか一緒になって言える女子になろうと思ってきたんだけど。漫画ならそういったことを切っ掛けに心が開ける手筈でも現実は難しいよね。とげとげ女は論外として、きんきん女とも大した話は弾まず文字通りただ見てるだけに終わった。
昼過ぎ、今度は自力でペダルを漕いで園内の一部を周回する乗り物に向かう。高さはあるがこれならと私は顔の明度を上げて施設に潜り込む。
「こんなの小さい子が乗るやつでしょー、犯罪者の気分ー」きんきん女が隣で台詞回しを意識した。それを言ったら個人的に遊園地なんて小学生で卒業していいと思う。
「犯罪を犯すしかないね」きんきん女はははっと笑ってくれた。今度は掛け合いが上手くいって私もニヤリ。私以外とは大体噛み合っているようだけど。
適当な並び順に基づきべたべた男としとしと女が先行した後で、めらめら男と私が同じ車体に乗った。どのくらい漕いだらいいんだろうと糞真面目に足下を見る私に、「うぉぉぉ」と半分演技だろうと天から授かった名前に違わず熱血系な勢いを魅せてくれる。何だか彼といると安心する。本気で楽しめているかはさておきそんな私を楽しませようとしてくれる態度が。恋愛感情ではないけどね。めらめら男に影響されて私も「うやぁぁ」声を上げて下々の民を見下す環状線を観光した。
降りて園の中心部に戻る。皆は日射と気温の関係が如く、或いは夜型により日没に向けて愈々気分が高揚してきたのか、口周りが滑らかになっていた。必然的に私の話せない内容が増えそれに盛り上がる。他クラスのこととか部活のこととか、恋愛事情とか。合わせようと思っても入り込む余地のない話。口下手な私に配慮する必要はないという信頼が良くも悪くも定着していった。段々とこの空間に順応してきたはずが却って私の会話頻度は落ちていく。敢えて早歩きして物理的にだけは遅れないように努める。そこで久し振りに懐かしい気分になった。少し転んだ。
着くと虚ろな空の下、中途半端な時間の軽食として皆はクレープやらチーズドッグやらを買い出した。屋台は好都合にも奥まで続いていた為、既に集団から外れているのを良い事にそのまま奥地へ消えた。虹色シロップで光るカキ氷、世界一長いと銘打つソーセージ等が宣伝されていても、宣伝の逆効果か私はお腹が全く空かずにただ冷やかした。空腹の感覚ってどんなだったっけ。その後はトイレで時間を稼いで食べ終わる頃合いにかつてのベンチへ復帰する。
「何処行ってたの?」べたべた男が代表して形式上尋ねる。私は奥の方を見てたよと正直に返した。事務手続きが終わり皆は食事や会話という本職に従事する。天職なんだろうなぁと横目に思った。何もしないのは私だけだった。
日が暮れる。私の頭上を通り抜ける話は絶えないどころか、集団の核であるべたべた男やしとしと女を起点に食料を配給する慈悲の心が芽生えていた。身体の向きからして遠慮する私だって昔は、昔といっても昔も昔、昔々あるところの自分がそこにいたことを思い出した。若い頃はお母さんだってクラスの中心にいたのよと、目の前を通る他人の子を他人より大切に思う目線で自分語りする。そのお母様は今やこの有様。思春期経たら普通こうなるはずでしょう。何で皆は自分を捨てて他人に任せちまうんだ。
まともな食レポも聞けずに席を発つことになり、これまで立ち入らなかった小さい店が林立する区画を皆は目的地に設定した。そこを抜けるとお馴染みのファストフード店とコラボして真っ赤な異彩を放つ施設が聳えた。明らかに子供向けだろうと引き返すかと思いきや皆は入りたがる態勢。何でもいいけどこれで最後かなとまず入ると狭い檻の中、丸い車体で身体と身体、魂と魂をぶつけ合うコーナーがあった。中にいる客達がわーきゃー叫ぶのに釣られてか並び出すが、何が客にそうさせるのか分からず、分かりたい気分でもない。闘魂注入されても魂の叫びは生まれない私は耐えきれず「足痛いから休憩してくる」べたべた男に告げてその場から逃げた。今でさえ話していないのだから。列を抜ける間にさっきと同じ表情が人数分並ぶ。
改めて外を見てみるとすっかり夜だ。周りに二十代前半の人生の先輩、にも関わらずこんな看板の前にいるカップル達が迷子対策か組んだ片腕をお揃いの裾に仕舞う。駅前の交差点に溢れるようなしみったれた顔付きの人は私以外いない。木に絡まった電飾は既に橙を演出し始めてその人々を迎え入れている。私は一人の体温を守る為、両腕を自分色のジャンパーのポケットに入れて、近くにあった荷物置き程度の目的にしか置かれていないだろうベンチを安息の地とした。スマホを眺めると自分の部屋にいる心地になった。誰と連絡を取る訳でもないけど。身軽になってこの空気を味わうと案外良い場所かもしれないと評価を改めた。端から一人だったらの条件付きだけど。クラスの初イベントを尊重して遠路はるばる参加したけれど、私がここにいる意味はあまりなかったようだ。横の自動販売機が真っ青な顔で笑ってくる。
意外とすぐに御一行が出てきて、私は一応慌てて集団に加わった。私に対する世話焼きは表現されず歩き始める。この期に及んで心配する人間は地上にいないので、面倒な奴とでも思っているに違いない。察しているのは前提として。暗闇が包もうとしてくれる園内は昼の景色と照合が取れず知らない道を歩かされる気になる。導かれるがまま中心部にまた舞い戻り、建物で見切れていた演出の全貌が明らかになると皆歓声を上げ舞い上がり道端で神楽舞を踊り出した。嘘でなかったから私も踊ってみたいけど。折角闇が現実をも支配したというのに要らない光が園の産道に産声を上げている。これが私の耳には届きにくい噂のイルミネーション。夜なのに景色を光らせようとする不自然な、無駄な、病的な空間に人々はたじたじ。じゃあそのまま帰ろうかと誘いたくても当然惹きつけられる方で、大方の施設に纏わり付いた幾何学模様やその組み合わせに、誰々に送ろうとべたべた男は私と違うスマホの使い方を披露する。昼間はコンクリートだった紫色の花畑を見てきんきん女がうひゃーと高音の金属音を奏でながら写真を撮る。本物にもそのくらい目を配ればいいのに。皆の響く声が一段と明るい。手前に木に扮したイルミネーションの障害物があれば利用して音を遮断する。声のかけ方が分からないならかけなければいいじゃない。そういう訳で人混みを避けつつジェットコースター付近の通路に出ることになった。
そこは電飾が芋虫のように伸びる逃げ場のないトンネルだった。夜を搔き消す光で皆の顔もはっきり見え、私は持ち合わせのない目元、口元、胸元が弛む。最後に関してはきんきん女も余地が無かったねと話題選びを間違えた場合の口は災いの元。こうして時間を潰すしか私の有り余る頭の容量を使う術はない。身体は後方で全体を俯瞰することに努める。
今更だが今回しとしと女はべたべた男と常に並んで歩いていることに気付いた。あからさまな発光を四方から浴びて二人も他の客同様それらしく見える。皆も察したらしく「あいつら付き合ってるの?」と恐らく嫉妬を隠し味にした冷やかしを会話の出汁にした。二人は外野に構わずお互いを向いて前進する。冷やかす程も親しくない私はぼんやり観察しているだけ。別に気にしないけど。むしろ素直に羨ましい。とげとげ女に関しては、めらめら男に視線を飛ばしながら「あいつがいてよかった、本当に反応面白い」と真剣な面持ちで語った。内容には同意したがお前については真逆の感想を目も合わせず控えているよ。しかし個体として直視する他人は自我を感じさせるのに、二人以上になった途端に脇役らしく振舞ってその安い俳優で再現される恋愛が視聴率を取るのは何故だろう。私はそういったことをできない以前にしないと思うのだけど。あと余ったきんきん女は基本的に誰とでも話して活発さを保っている。私以外という条件は以下略。
進むにつれ発色が変化しても、しとべたペアが舵取りをする操舵は変わらないが、船員達は持ち場が定まらず不安定な挙動が観察される。様々な二人組が新設されては破綻する。私にとってはとげとげ女を避けるだけの簡単なゲーム。めらめら男の金魚の糞みたいな位置取りで歩き続けた。何にせよ私に擦り寄る奴なんていないけど。
だが緋花理さんが偶々左に近付いた。ここで初めて今日未だ緋花理さんと話していないことに気が付いた、訳ではなく実は頭の隅をずっと蝕んでいる。緋花理さんからは何だか波長が合いそうなオーラを感じるのだ。この面子の中でも緋花理さんの存在感は私並みに薄い。これが私がいる故なのか普段からあまり話さない性格なのかは知らない。この中に好きな人がいて意識しているのか反対に誰もいなくて消沈しているのか。清く正しく交際中の相手がいるのかも知らない。仮に私が好意を持たれたら持たれたで、何か窮屈な感覚に陥るから嫌だけどといつもの自意識過剰が出る。ただ数少ない情報として緋花理さんはこういう集まりには毎回参加しているらしいから、今回だけ萎萎の線が濃厚だ。だが一人だけ意思疎通を取らないのも靄が残る。今しかない、けど気持ち悪いかな、固い顎が堰を切るか迷う。昔の私なら或いは。そして話しかけてしまった。
「綺麗だね」左の青白い光に似合う思ってもいない機械的な反応。緋花理さんは準備済みなのか戸惑うことはないが瞼を半端に落とした対応で「うん」と返した。私と同じように遠くの曖昧な点に助けを求める眼球。決して楽しみを客観的に読解できない表情筋の構成をする。それから心情が連鎖することはなく、緋花理さんからも離れた。
その後も約一厘の確率でめらめら男が脊髄反射的な声をかける時も長時間の私の寂寥感が効いたのか、錆びれたナイフのような声になった。そのエネルギーを原料にとげとげ女に全く同じ金属片を最後に投げたら、あ、ああ、みたいな独り言で済まされた。縁が軽やかに切れたのを感じたところで芋虫の肛門を出た。他の奴らはどうでもいいけど緋花理さんと共有した時間に後ろ髪が引かれる。
無理に前髪を摘まれた先は東京ドーム一個分の面積まであったらこの苦痛も倍増されるところだったと胸を撫で下ろすような広大な敷地だった。点在する瑠璃色の花畑に囲まれて中央には巨大な人と動物を象るデザインと画面に収めてくれと懇願する文字が同色で設置され、統一感を醸す。この感触に頭をやられたのか皆取り憑かれたように写真を撮り始めた。景色に自分を入れるという暴挙を平然と行い、べたべた男はしとしと女に「映えるなぁ」と周りを気にせず私の目を攻撃するフラッシュに被写体も満更ではない。というか淫な交際に溢れる時点で手持ち無沙汰なのは私だけみたいだ。私が映ったら心霊写真と錯覚すると思い一歩引いてただぼんやり目に映す。願わくば闇に乗じて百歩引いた後そのまま線路へ飛び込みたいけど。あぁ間違えた電車へ。開けた分トンネルよりは闇が深い為安心して物陰に倒れることはできた。光に照らされて着実に私は存在が消えていく。今見ている夜景よりも、近所で深夜徘徊している時の景色の方が魅力的だと思った。上空には満月が地上から離れて一人輝いている。太陽に愛されて嫉妬はするが、まだあいつの方が綺麗だ。人工的な虚飾に騒ぐこいつら、下らない。
まだ続くのかと思うが続いて、順路に従うと噴水ショーが不幸にも開催されていた。校庭のスプリンクラーがこうだったら優雅な昼休みを過ごせるだろう、激しく噴射し時に円弧を描く雑用水が打ち上がる。南アルプス由来なら盛り上がれるとアドバイスしたいのに私の隣には案の定誰もいない。誰も私に興味ないんだろうな。私もだけど、それでいいけど。私も私で下らない人間なのか。私が悪いのか。もう悪いままでいい。仕方なくしとべたペアから飛び膝蹴りをすれば届く間隔を空けて突っ立った。緋花理さんは、と見るときんきん女の隣にいてそこだけは救いだった。めらめら男じゃなくて。
金儲けに手の込んだ地帯は終わったのか、十五分近く時間をロスすると、中央部に若干のライトがある細長い公園を外周することになった。人気の少ない脇道を歩くこの感覚、私の陰が一層濃くなった気がした。私は話しかけられない限りもう話しかけないことにした。何故私が積極的、一方的に語りかける側でなければならないのか。どちらにせよこの頃溜息以外で口を開けていないけど、明確にそう決意した。条件がある時点で話しかけてくれれば親身に返す意気込みはとげとげ女とは一線を画すだろう。
一時間、誰にも声をかけられず暗闇を歩いた。
何故私はここにいるんだろう、そればかり考える。いてもいなくても変わらない。この状況、扱いがそれを証明している。太陽の下で何回も話しかけてきた。笑顔を作って電話対応の母親に倣い上げたトーンで応えているのに、それ以上何もない。頑張ったって報われない。愛は与えてもくれた人を数える指が上がらない。大切な人なんている訳ない。何処に行っても、って感じですね。皆が互いに意思を交信させる間、私は揺らぐ光の先にある将来の不安を過去の苛立ちと共に眺める。期待は裏切られ、憂懼は少しましな程度に実現される世界だ。私に問題があるというより私以外の人間全員に問題があるようだ。輝く例外はまだ見つかってない。才能のある人というのは本当に少ないんだなと身を以て知る。
緋花理さんもそう思っていたり、するわけないか。抑えていた自意識が溢れやまないこんな正直な自分は通例通り気持ち悪く映るだろう。もし伝えても「別にそういう目で見れないんだけどえ、やだ、やめて」一層冷酷な顔付きに変貌して私と必要以上の距離を取り必要未満な私を放るだろうと経験から容易に予想つく。嫌いな人には無理、好きな人にはあなたあなたという典型。そこまでいかずともきちんと落胆を準備してるんだ。しかし何故私から言わなければならないのか、私は攻める程興味ないから。あなたに惹かれる人なんてどこにもいないだろうに。これも嘘だよ。見ると、緋花理さんはめらめら男と、ぷくぅと膨張させたほっぺにくっきり曲げた目尻を乗せて話している。一緒にいて楽しいなとか思ってるのかな。私にはさっぱり。私では代えが利かない配役だ。揃いも揃い恋愛ごっこに友達ごっこ、この光と同じ妄想に夢中。自分で配線すればその中途半端な虚構性を実感するんじゃない。むしろ手間暇かけた分感動する底抜けの明るさなのか。馬鹿の一つ覚えにキラキラ着飾り自分を偽る者ばかり。ともかく中途半端に現実的な私が除外されるのは道理で。明日は月曜日か。来なければよかった。無言で端から覗ける気怠い電灯の何が幻想的なのか。こっちは幻覚であってほしい現実で頭を掻き混ぜられているのに。
上っ面の付き合いで無価値な人生を送るカップルが飽きてこちらを見るとしたら、私はきちんと集団の一員であるように映るかな。足並み揃えた行進に紛れて私だけ躓きながら下を向いている。ただ最低限、団体行動は乱さないようにする理性は保った。感性は闇に溶かしているのだけどそれでも悪口さえ言われない。誰も私がしばらくポケットから手を出していないことに気付かない。本当に誰も興味ないんだな、ずっと無反応。リアルでもこうなんだな、スマホを握る。一言二言話して終わりの手頃な価格の友人だと思ってるのだろうけど私はこいつらのこと友達なんて思ったこと一回もない。向こうもこちらも拒絶するなら利害が一致、というか害しか齎さない訳だから。これなら伝統を尊重して家にいる方がお似合いだった。帰って一人になれば今日のことを日記に記念して気持ち良くトラウマを再生産できるのに。今すぐしたいのに。
べたしと夫婦の背中を半ば尾行していると、竟に家庭外に気を配る余裕ができたのかこちらを向いた。
「楽しいね!」見るに見兼ねたしとしと女が私に同意以外認める気のない、コンビニのレジ脇にある安い茶菓子を香らせるメッセージを態々投げてきた。
そりゃ君達は「ね」私はそれ以上に安い商品で対抗した。朱に交われない人への対処法として慣れているのかな。別にいいけど。本来はここで温めていた口火を切って身振り手振り、手を替え品を替え口を動かすべきなのだろう。だがもう既にどうでもいい状態になったからな。よく嘘をつく私だけど中途半端なところで嘘がつけないのだ。感情、精神面では自分を曲げられない。例えばべたべた男みたいに性格に応じて顔を使い分けるのが信用を失う訳でもなく便利なのだろうが。この性質を変えたら自己同一性が失われるからそこまではしたくないな。
だからはーあ、最後まで寒気がする程つまらなかった。遊園地とはこれほどつまらないものなんだね。貴重な六千円を生贄にして交通費未満の経験を得た。 階段を上りながら次も行こうと誘い合ってる中に私はいない。入場口を出てこれから何処に行くという話になる。つまり金に目が眩み引き延ばされた映画みたいにまだ続くようだが、用事があることにして帰った。手を振ったけど振り返されているかは振り返らなかった。
バス停のベンチが冷たくて抱き締めてあげた。私の友達は大体人間ではない。そんな人と出会いたいな。緋花理さんとはこんな風に一対一で話したかった。向こうがどう思っているかは知らないけど。取り出した画面には鬱陶しい自分の顔が反射している。私には誰もいないことを確認してアルバムの中に何故か入っている写真を削除する。
閉園時間、イルミネーションが死んだ。嘘塗れの光だった。真実の闇が私を照らす。最後に独り言がまた漏れた。
「じゃあね、早かったなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます