フォロー外そう
友達になろうとして成瀬くんに話しかけたら「いいよ」と答えてくれた。というのも僕は孤独、だけではなくて君も孤独だと思ったから。初めて見た時からずっと一人模様の君は下手したら僕よりも寂しいのではないかと思った。そして僕もこの空間でぶつぶつ言っているだけ。僕の姿を映すのは何百人といるだろうが、声を聞いているのは恐らく二、三人。僕はその程度しか存在しない。誰からも褒められず、誰にも支えられず、皆が僕に興味ない。僕も皆に興味ない。ゼロ、ゼロ、ゼロ、反応ゼロ。誰も聞いちゃいない。もちろんこの愚痴も。君もその内の一人ってこと。それはこれからも変わらないだろう。それでもいい、と思っていた。けれど同時に好奇心旺盛な僕は願っているだけでは叶わないと、周りの人達に話しかけてみたんだ。君もその内の一人ってこと。
初めて会った時は成瀬くんも嬉しかったのか、僕の話をしっかり聞いてくれたんだ。僕も嬉しくなっちゃってぐだぐだと口が回った。事あるごとに話しかけみた。遊びに行ってもいいかいと約束を片結びして、君の家に行って何回か遊んだりもした。君の家や周辺は何もないから、僕の家から倉庫の奥にしまい込んだビデオゲームとか、お小遣いで買ったミニ四駆を持って行った。君の親は別居しているから騒いだりするのに丁度良かった。君は静かに画面を見つめていたけど。成瀬くんはスポーツが好きみたいで、よく家の前で球を親の仇かの如く蹴ったり殴ったり、縄を狂ったように回して飛ぶ作業等をしていた。その時には隣町のよく分からない青年と二人で興じていた。完全に一人ぼっちだと信じていたから、少し残念だった。僕はそういうのが嫌いだったから参加しなかったけど。年賀状の交換も毎年したけど、成瀬くんからのは寒中見舞いになりそうだった。だから去年は試しに送らなかったら、向こうから届くことはなかった。今年もそろそろその季節だ。
成瀬くんに絡みだしてから意思が人に向くようになった気がする。成瀬くんも僕が話しかける度に、僅かに痺れた表情筋と共に答えてくれた一方、成瀬くんから僕に話しかける頻度はとても低かった。それも相槌に近似した自動的な振る舞い。成瀬くんと付き合いが生まれて五年が経つ。更に親睦を深めようと、手を握ろうとしたら腕組み始めた。
段々と察していたけれど。
君は、僕のこと嫌いだろ。少なくとも好きではないはずだ。何がいけない、顔か声か。どうせ顔だろ、何せ平凡な人々は表面的にしか判断できないから。今君見てる?読んでる?読んでるなら返事してみろよ、おい。話しかけんなオーラ出してるんじゃねーよおら。目を背けるな。無視するな。僕は見ているぞ君のことをずっと。君が毎日間食にスティックパンを食べていることも先月戸棚が外れてガムテープで補強していたことも。苦手な朝以外、実際君の家に行って観察しているんだよ。僕はいつも君の近くで、座って黙って待っているのに、見て見ぬ振り、この透明な独白に返事は返ってこない。僕のことを話題にすらしない。心底僕に興味ないってことでしょう。本当に興味があるならそりゃあ向こうから話しかけてくるに決まってるもんね。飲み会の数合わせのような、都合の良い駒と扱っているようだ。友達リストの単なる一項目か。君がそのつもりならこっちも同様だが、こっちは加えて話しかけてやってんのに気付かないかなぁ。大して面白くない君に。君も分かっているでしょう、君が僕よりも劣ることを。そんな無能の君は一人で可哀想、と思われるような僕のために話しかけるべきだろ。そのくらいできるだろう。もしやもしやのできないでは絶対にない、君は「しない」を選んでいるんだ。こっちがしてやっているのに。もし出会いがなければ君が僕に奉仕する必然性は生まれなかったかもしれないが、もう知り合っているではないか。こっちは出会いも会話も提供してやってるというのに何その有様。こっちが三つ話しかけてやっても君は不快感漂うはいはいと二つ返事。不平等な関係なんて望まないのは当然だろが。まぁ君がどう思おうが知らないが。
僕はずっと一人だ。話しかけても話しかけても返事は空を切るだけ。壁打ちが好きだとでも思っているのかな。自己中心的なのは誰だろうね。冷めた友達はただの凡人へと変わる。凡人だらけの空間は辞めたくなる。だけど街の電波からは逃げられない小心者だ。山籠りでひっそり暮らすのはまだ早い。ここから逃げ出したりはしない。
その代わり僕は君に話しかけないようにした。
成瀬くんを放置して三ヶ月、一通の手紙がポストに投函されていた。差出人の名前に驚きつつ開けると「今まで黙っていてごめん。君と話さなくなってから僕の中にぽっかり穴が空くのを感じたんだ。君が側にいた日々は僕の支えだった。僕は君に甘えていたみたいだ。これからは話しかけるからまた一緒に遊ぼう」と成瀬くんからだった。今更ながら縋ってきた訳だ。許せなかった。遅いだろう。今まで散々僕を画面外に置いてたはずなのに。自分が寂しい時に限って送りつけてくる。僕がどんな思いでこの三ヶ月間見て見ぬ振りしてきたか。一週間もすれば泣きついてくると予想していたのに。これだけ期間が空いた分、思いも希薄なのではないか。反省を装うその実僕のことなんて考えていないだろう。自分のことしか考えていない。お詫びに裸の写真でも送ってくれるなら検討するけど。とにかく仲直りするはずがないね。
だが僕は翌日、成瀬くんに声をかけた。何故だろう。もう大人だから、と寛容の精神が生まれたのか。結局僕も寂しかったのか。君に向けた口元の緩みも許してしまった。
……というのは幻想だったみたいで、成瀬くんからの連絡は一向に来なかった。一年半が経っていた。成瀬くんは他人共と一緒にいることが増え、僕は一人の時間が増えて昔懐かしさを噛み締めた。元々合わなかった視線や話題が遥か遠くへ飛んでいった。交友予防のパーテーションは分厚く、僕のウイルスは届いているか不安になる。それでも偶々近くに巡り合わせた時、君は新しくも独り言を宙に浮かべるようになった。僕はいないものと処理し自己に専念しているらしい。本当に興味ないんだなぁ。僕の家のゴミ箱の隣には、捨てきれない手紙が保存されていた。差出人は僕のまま。僕の台詞でしかないのかよ、と。それでも、それでもと何回も信じてきたように僕は諦めが悪かった。もしかしたらこの一年半こそ僕への注意を引き、成瀬くんは遠慮や気遣いから話しかけることを躊躇っているのかもしれない。僕は一握りのポジティブを沸かせた。そしてずっと押さえていた文句を尋ねてしまった。
「今度一緒に遊ばない?」
返事は「時間ないから無理」。?あ、はー。なるほどなるほどそうですか。無理。無理とな。むり無理には、ね、そりゃ無理には誘わないよ。だって無理なんだもの。僕のことが。僕を見る理由が無いのだもの。そうやって余所見する。別にいいけど。僕も忙しいし、やることいっぱいあるし。隠す気もない嘘は僕も得意だし。僕も一人が一番良くて、君も一人がいいはずだろ。君は言い捨てた後ゴミ捨て場のような集団に返り咲く。相容れない時間が流れる景色を悟る。やっぱりこの結論に至るんだな。これが真理で間違いない。友達なんて作るものではない。では僕ももう無理なので。さよなら。二度と連絡しないでよね。してこないだろうけど。元々大して期待してなかったが、結局君も大した才能なかったんだな。僕の友達として。もういいよ君は。つまらない人間だから。あぁもう冷めた…………そして滾った。
君んちに忍び込んで殺してやる。僕を舐めたことを後悔させてやる。少年Aは優しい者とでも思い違えたのか。思い立ったが吉日、倉庫から金属バットを取り出してジャージのまま深夜の街へ駆ける。殺してやりたい衝動と君を懲らしめる喜びがブレンドされてとてもハイ!あー殺してー。殺してー、死ねー、普段から呟いていたけど有言実行だわ。本気で武器持っちゃってるよ僕。まぁでも今楽しいから素晴らしいよね。これまでは興味や背徳感で歩いてきた道をその土を抉るように歩く。うーん力が漲るね。そうこうしているとあっという間に成瀬くんちの前に着いたので、記念映像ではないけれどインターホンを押してみた。この時間ならどうせ夢の中だろうから。これから悪夢に変えるからね。田舎でセキュリティの弱い家々は鍵を閉める習慣がなく成瀬宅も例外ない。まぁ鍵を掛けていても窓割って入ればいいんだけど。サプライズ感を演出する為、一応ゆっくりドアを開けた。部屋にお邪魔すると成瀬くんは案の定深夜に呑気にもぐっすり寝ている。夜は気になる誰かを頭に思い浮かべて話したり遊んだりする時間だろうに。君はそうやってだらしないんだから。面倒臭がったのかランニングウエアをパジャマにしているし。布団に甘く入った成瀬くんの頭を見つめ、何もない打席でバットを構える。球遊びなんて年齢じゃないもんね。殺す一秒先を映し、最期まで一方的なんだなと思えば、くすっと薄ら笑い。君が自ら進んで話しかけていたらこうはならなかっただろうな。過去の自分を悔いるんだな。ではさよなら。
振りかぶって、はっと発想する。このままぶん殴って殺すのもいいけど、そうしたら僕の数少ない友達リストはどうなる。話せる可能性のある人間がさらに減っちゃうぞ。僕も冷静沈着、熱い苛立ちを冷めた顔に仕舞い込んでいるから思案した。というと殺した後で遺棄序でに山へ逃げるより、動けない程度に痛めつけて僕の言うことを聞くように仕向けた方がお得なのではないだろうか。流石にそこまですれば君も僕を無視できないでしょ。我ながらナイスなアイデアを片手に、もう片手の凶器でまだ痛むだろう左足を叩くと、成瀬は飛び上がる。それを見越した片手で死なないことを祈りながら後頭部に一撃を与えると、脚をよろめかせながら壁に倒れた。最初に頭を叩くと死んじゃう気がしてこうしたけど上手くいったかも。全くの素人なので至らぬ点もあるかと思いますが。しかしスポーツマンも大したことないんだな。それとも才能不足かな。
気絶している内に用意したガムテープ等の即席の拘束具に身も心も包まれた成瀬くんが半開きの眼を覚ます。台所の包丁を借りて彩りを加えた、顔や腕の傷口から血が垂れる。あと念のため両手足は砕いておいた。僕は初めて成瀬くんから話しかけてもらえるっ、と期待に胸が膨らみ、正座で待っていた。
成瀬くんは助けを求める声しか出さなかった。周りにロクな家屋がないことを分かっていながら、ずっと叫んでいた。上から目線でその痴態を観察しながら僕はとても不思議な気分になった。せめて「何してくれた」とか「何でこうなことするんだ」といった怒号を奏でてくれるのかと思っていたからだ。この期に及んでも君の意思の発信方向は僕を省いた外の世界だった。幽霊になっちゃったのかなと覗く君の瞳を確認してみるときちんと僕が反射している。仕方ないからまたもこちらから色々話しかけてみた。「久しぶり!」「元気してる?」「今度こそ一緒に遊ばない?」「そこにあるパン美味しそうだね、シェアしようよっ」「僕と話せなくて寂しかったよね?僕はもちろん君としか話せないからさ」「実は君のこと好きなんだよ」以前から言いたかった台詞も一言として君には伝わらない。だから叱ってやらなきゃと思い「何で答えねぇんだよ声帯あるだろ」「今僕のこと見えてるだろ何とか言え」「無意識装ってかえって意識してるのか」「というかそっちから話しかけろよ」「何で僕から離れるんだよ」「殺すぞ」と隠していた本心を口にしても耳にしない。キスしても反応ない。噛まれる前に抜いた舌で唾も吐いてあげた。
部屋の色が少し青みがかってくる。もう少し生かして様子を見たいけど夜明けまでは待てない。「時間ないから無理」ということで喉を潰してミュートし、縄跳びを首輪代わりに家の外へ引っ張った。君ももう終わりなんだね。挙句友達らしき人間がまた減るけど、まぁいいや。どうでもいいよ君のこと。話しかけてくれることはない様子だし、どうせそろそろ死ぬだろうけど、予定通り持ち帰ることにした。山へ消えよう。誰も話をしない場所へ。親はどうでもいい。これが僕にできる最終手段。暗い内に。
皆さん、さようなら。
視界が地面に落ちた。揺れる目の切れ端が捉えたのは、男らしき人物の脚とジャージの端。共に落ちた成瀬くんの身体を拾い上げる。
「死ね!」
乖離する意識を泳いで聞こえたのはその響き。言われなくてもだけど。しかしこれは、記憶にある限り話しかけられた初めての。でも何故ここに。あぁ記憶もよく分からない。君もこんな感覚してるのかな。まぁいいかどうでも。こうして僕は最期まで一方的だった。
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