第36話 [閑話] ヘイデンの帰省
「ただいま」
「あら、ヘイデン。お帰りなさい。どうしたの? 早いじゃない」
「途中で引き返したんだ」
シホロ東ダンジョンでの俺の護衛を引き受けたのは、男二人女一人の三人パーティだった。
しかし男性魔術師が2時間以上遅刻したうえ酒臭く、女性冒険者が俺に話しかけるのが気に入らないらしいもう一人の男性冒険者は感じが悪かった。
出発した時からギスギスしていた冒険者達はミスを連発し、男性冒険者が負傷。薬は売るほど持っているから治したが、あの三人と進むのは不安だったので、素材は諦めた。
あのソロの女性魔術師がもう少し早くギルドに来て一緒にダンジョンに潜ってくれてたら違ったかもな。
義母が薬草茶を出してくれる。実はあまり好きじゃないけど、これを飲むと帰ってきたって感じがする。
「護衛、指名依頼にすれば良かったよ」
「そうね。その方が安心だわ」
「来年はそうする」
領都にマジョルカ薬局ニカ店を出して4年。毎年、年末年始の休みにはシホロ町に帰省している。
翌日は、店の大掃除と棚卸しをした。
「『眠り姫にキス』のラベル持ってきたよ」
「ありがとう」
ニカ店では、睡眠薬『眠り姫』と解睡眠薬『眠り姫にキス』をセットで売っている。元は、不眠症の辺境伯夫人から俺が注文を受けた商品だ。
『眠り姫』は、通常の睡眠薬に、効果に影響がない味と香りを付けている。『眠り姫にキス』は眠っている時に口に含ませるので、通常品のままラベルが違うだけだ。
新商品を義母にチェックしてもらった時に、義母がそのラベルを気に入った。女性向けのデザインにしたしな。
睡眠薬はシホロ町ではあまり需要が無いので、義母は解睡眠薬のみラベルを『眠り姫にキス』にして売っている。男性客が買いにくいと思うけど、義母が好きならそれでいい。
「明日は孤児院に行くよ」
「院長によろしくね」
俺は7歳まで、シホロ町の孤児院で暮らしていた。
義母は、女の子を養子にしようと孤児院に足を運び、そこで俺が黙々と泥を捏ねたり草で緑色の水を作ったりして遊んでいるのを見て、薬師に向いているかもと思って引き取ったそうだ。
実際、薬師の仕事は好きだ。細かくて根気がいる作業も苦にならない。いい物ができて、客に喜んでもらえると嬉しい。
自分の見た目は女性に受けるようで、商売の役に立っている。実の両親を知らないけど、この顔で感謝している。
俺の薬師の腕はまだ義母に及ばない。
でも、マジョルカの名を冠した店に、品質が優でない薬など並べられない。俺が作った薬のうち、品質が並以下の物は孤児院に寄付している。
利益は化粧水などで十分出てるしな。
◇◇◇
孤児院に行く途中、年下の友人と出くわした。
「あれ、ユウマじゃん」
「おー、ヘイデン久しぶり。派手なマフラーしてんな。領都の流行か?」
「最近気に入ってる店のやつ」
途中まで並んで歩く。
「そういえばユウマ冒険者だったな。一昨日ダンジョンから戻ったんだけど、護衛がハズレでさ。お前に頼めば良かったよ」
「そうだよ、次は俺を指名してくれ」
「報酬はほっぺにチューでいいか? 子供の頃ねだってたろ」
「げぇっ! 思い出させるな俺の黒歴史!」
俺はこいつの初恋の相手だ。
こいつは4歳年上の俺を女の子と思っていて、誕生日にチューをねだった。その頃はユウマも小さくて可愛かったのでしてやり、「俺、男だよ」と教えた。ユウマは泣いた。面白かった。
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