第30話 魔術師スナ

『フジへ

 しばらくシホロ町の四茎亭という宿屋に滞在する。毎日夕食は宿で取るから、その時間帯に会いに来てほしい。

 12月19日      スナ』


 冒険者ギルドシホロ東ダンジョン出張所の伝言板から、スナが残したメモを剥がす。

 昨日の日付だ。今晩会いに行こう。


 ◇◇◇


 時刻は夕方6時。四茎亭1階のレストランに入る。お高めな感じの宿で、落ち着いた雰囲気だ。

 スナはまだ来ていないようなので、入口が見える席に座った。

 スナが来てからにすべきか迷ったが、先にシードルと本日の肉料理を注文する。時刻をはっきり約束してるわけじゃないし、テーブルに何もない状態で一人で待つのは居心地が悪い。


 今日は、いつもダンジョンで着ているモスグリーンのローブではなく、臙脂色のローブを着てきた。

 フードは被ったままだが、そういう人は他にもいるので悪目立ちはしない。


 ミラノ風カツレツのような料理を食べていたら、灰茶髪の男性が入ってきた。スナだ。

 私が軽く手を上げるとこちらにやって来た。

「フジ、お待たせ」

「こんばんは。無事のお戻り何よりです」


 スナは私の向かいに座り、ワインと料理を注文した。


「ユウマさんとユイさんは一緒じゃないんですか?」

「二人はシホロ町に家があるからね。二人が見習いの頃はずっと付いてたけど、今は魔術師が必要な時だけ組んでるんだ」


 ユウマとユイの顔がかなり濃かったのでスナは地味な印象だったが、日本人の私には程よい薄さだ。


「シホロ東ダンジョン11階層から20階層は、魔術師がいると冷暖房用の魔石が節約できるからね。フジもパーティへの勧誘を断るのが大変だろう?」

「…いえ、全く」

 一度も勧誘されてない。


 スナから修正された地図を受け取る。

 23階層の迷路は一部正解ルートが変わっていて、スナ達はゴールまで7日かかったとのこと。


「恐らくルートが変わったのは最近だと思う。しばらくはこの地図のままだと思うから、今は狙い目だよ」

「ありがとうございます。助かります」


 スナの拠点は領都ニカらしい。

 お酒を飲みながら、シホロ町とニカのお勧めの店を教えてもらう。

 スナもニカの猫の手亭に行くことがあるようだ。


「そういえば、シホロ町の薬師マジョルカさんの息子さんが、領都ニカに店を出していると聞いたんですが」

「ああ、支店があるよ。まあ、男の自分にはちょっと入りにくい店なんだけど」

 なるほど。支店もアレな感じか。



「もしまた会う機会があれば、情報交換しよう」

「はい。今日はありがとうございました」


 別れ際、スナにシュトレンを渡した。

 クリスマスに孤児院に配ろうと思って、子供用レシピでたくさん作った。

 自分用もラム酒を使うレシピで作ったので、そのうちの一つだ。なかなかの出来である。


「ありがとう」

 スナは穏やかで紳士的だ。会話もプライベートな事には踏み込まず、距離感がちょうどいい。知り合えて良かった。

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