4 生涯つづく枷
「ダンデさん、お届けでーすっ」
「あいよっ、いつも悪ぃーねぇ」
半壊したニーナ号の補充部品は、発注から信じられないほどの速さでダンデ・ラインボルト宅に運ばれてきた。
「……到着まで速すぎでしょう。多額の賄路でも貰ってます?」
「はっはっは、何、的確なご注文のタマモノっすよ!」
ノア地区のギャリバー正規店『リンチーリーンズ』の店員は、闊達に笑って去っていった。
「そこ押さえててくれ、ロビーさんよ。日が落ちる前にお直ししてやらんとな」
ダンデは自宅から、本棚なみに大きな工具箱を持ってきて、ぶっといスパナやペンチを取りだし、慣れた手つきでギャリバーの修理を始めた。鉄クズと化した箇所をどんどん解体していき、新たな歯車をネジをホイホイ食わせ、噛み合わせを見ては、スパナでぐいぐいと締め上げていく。
「うしうしっ、イイ感じに光る歯車たちだ。ノア地区じゃなぁ、時計を作るために、質のいい歯車作りが発展してきたんだよ。んで、この歯車はギャリバーにも使われているっと」
「へえ……」
ロビーは、サイドカーの座席に置いた絵本をちらりと見た。たしか歴史の後半部に、そのような記述があった。精密で複雑な『時計塔』の機構——エンジン部分を完成させるために、時計制作が産業として発展し、それに伴って歯車作りも発展したと。
「今から四十数年前、ギャリバーの開始者たちは、ノア地区の歯車の優秀さに目をつけた。しかし、彼らの故郷シュタット州からはるか遠く離れたこの生産物は、高額の輸送費用がかかる…… 困ったねえ! 多くの名士の資金援助を得て、なんとか移送網を作りあげ……皇歴4533年、ついにギャリバーはシュタット州での販売にこぎつけたんだ!」
ダンデはますます熱弁し、生き生きとスパナを奮う。
ジジイにとって、昔話をする時ほど楽しいものはない。
「ノアの歯車はギャリバーエンジンの高熱と高圧をより良く支えた! 5年後には大陸全土での販売が開始、さらに増産! 3号機までのギャリバーには全部この地の鋼鉄の結晶が含まれている! さすがに大陸中で広まった今じゃあ、他の地区の歯車を使われとるがっ、まだまだ多くのギャリバーにノアの歯車が搭載されてるんだぜぇ。ニーナちゃんにも、たっぷりな」
ふっふっふと、修理をあらかた終えたダンデ技師は、【A-27型】ニーナ号のフロントカバーを愛しそうに閉めた。塗りたてのイエローデイジー色が艶めいている。
ロビーは、ニーナちゃんの胸部 (ダンデいわく、ハンドルから計器にかけての部分らしい)をひたすら支え、ダンデの蘊蓄を拝聴していた。
「よおーし、このライトをつけりゃあ完成だ! この【A-27】のでっかいライトはな、当時のギャリバーでひときわ大きい、ニーナちゃん用に開発された灯りなんだよ。どんな暗い夜でも明るく前を照らし、道なき道でも、ギャリバーが進む先が進路となる。一番星の輝きとなりますようにってね」
時計技師であるダンデ爺さんは、イキイキとした笑顔で最後のパーツ——キャンプ用ギャリバーの大ライトを取りつけた。
「……かなりお詳しいんですねぇ。ノアの時計技師は、みなさんこんなにギャリバーに造詣が深いんですか?」
「いやなに、詳しいってほどじゃねえ、ノア地区とギャリバーには縁があるからよ、縁がな」
ロビーとダンデの間に、肌寒い風が吹いた。そろそろ太陽が膝を曲げ、日が落ちていく頃合いだ。
「では、ソフラバー兄弟の友人であり、ギャリバー開発企業キンバリー社の筆頭株主である大富豪キアーヌシュ・ラフマニーが、はるばる遠くからラヴァ州の時計塔の『守り人』に就任したのも、縁ということになりますよね?」
「さてね、そんなのはオレぁ知らねえよ、それは “明かされてない” 情報だろう」
それまで楽しげに蘊蓄を語っていたはずの時計技師ダンデは、なぜか威勢を落として頭を下げた。
「おやおや、ご存知なのかと思いましたよ。事情通のようですし、まるで実際にギャリバーの開発に携わっていたかのような口ぶりだったので」
ロビーは大して顔を変えずに肩をすくめた。
「そう見えるかい。ま、長生きしてアレコレ聞き齧ってるからなぁ」
「そうですか、ちょっと話を変えましょう。『時計塔』にお詳しいはずのダンデさんに質問があるんです」
ロビーは、紅葉が木工所レイクウッド社のノア支部から拝借してきた、子供用の絵本をダンデにわたした。
「この絵本に書いてある内容と、実際にこの『時計塔』に入ってみて、何かが違うような気がしてるんです。妙な違和感がある……」
「んっ、絵本?」
「本職の時計技師で、頻繁に塔に出入りしてる貴方ならその正体、分かりますか」
「へえ……ポルツ博士と学ぶノアの歴史シリーズ、こんなのがあるんかい」
ダンデはお初にお目にかかった様子で、ゴーグル越しに児童むけ絵本をペラペラめくった。二の腕の下の、布のような垂れた皮膚がフルフル揺れる。
「何か分かります? 現実と絵本との違いが」
その時、ゴーン、ゴォーンと夕方4時の鐘が鳴った。メサナ4区中の時計の鐘の音が、ロビーの耳を包みこんだ。時計塔も今頃、地区の中心部で鐘を鳴らしている頃だろう。
「鐘……
さすがに時計塔の鐘の音は、4区の端 (ブリンク)までは直接聞こえてこなかった。しかしロビーの細胞は、あの日、場内で聞いた爆音を記憶し、脳内に再生していた。
「鐘……そうか、カネカネ、カネだ……!」
【時計塔は、東西南北にある4つの大きな時計盤と、8つの鐘が、1つの機関部でつながり、正確な時を都市民に告げています】
トレモロ町長ワンダーベル家にも使われている。鈴のような形の鐘。
絵本にもしっかりと、時計塔に鐘が8個あると書かれている。
だが、あの日見た『時計塔』の内部には、どこにも鐘が存在しなかった。
「さあ、ここなら誰にも聞かれずに落ち着いて話ができますわ。ゆっくりおくつろぎ下さいまし」
「……ありがとうございます」
タバサが案内したのは社長室……には見えず、高級そうなモダンな談話室だった。オレンジタイルは、外のものより幾分色彩が抑さえられ、そのぶんタバサのヌーディーな写真と絵画が、壁一面に貼られている。奥には4〜5人は入れそうな巨大な猫脚つきのバスタブがあり、いつでも浸かれるようホカホカの湯気が立っていた。
「た、たいへん、落ち着いたくつろぎのある空間ですね……」
「ええ、上級のお客さま用のお部屋ですのよ。お好きな銘柄をおっしゃって」
タバサはタイル壁の一部を開けて、帝都から厳選した値段も度数もバカ高い酒のコレクションを見せてきた。
「僕はおちゃ……いえ、お水でいいです」
真鍮眼鏡をかけていないアルバ様は、いつもより少し謙虚であった。
タバサは「水ですわね」と、鹿と湖が描かれた黒いボトルを取り、トクトクと透明な水をグラスへ注いだ。
「オックス州産の白酒『湖笛』、冬の湧き水の味ですのよ」
ショーンはアルコール度数55%のお水を受けとった。無色透明、ミントのようなツンとした刺激の香りが漂っている。口につけることもできずに、凝視していた。
「フッ……その年で毒の心配をする人生ですのね」
タバサ・ジュテは紫の唇をニィーと横にし、7cmはある長い爪でションの手からショットグラスを返してもらい、白酒『湖笛』をカパッと飲んだ。
「わたくしも同じ。17でこの世界に入って以来、ずぅーっと……言っておきますけど長いですわよ、生涯つづきますわ」
厳格なるデザイナー職人は、一変してアルバの良き理解者となった。ショーンの丸めた尻尾がほどけ、ゆるやかに床に落ちる。
「た、対策するすべはありますか?」
「ありますわよ。遺書を書いておくこと、毎年更新するのも忘れずに」
ゆるやかに下へ降ろした尻尾が、再び熱を帯び、芯を固くさせて持ち上がった。
もう何も信じない。信じるのは自分の心と体だけ。
「それで、タバサさん。僕をここに呼んだ理由は何ですか?」
サロンに入店してから、どこか心をフワフワさせていたショーン・ターナーは、ようやく自我をとり戻した。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16818622172256215303
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