5 脆弱な怪物

「フゥー……ッ」

 サウザス病院の医師ロナルド・メンデスが、ベンチに膝をついて葉っぱを噛んだ。

 土栗鼠族の彼にとって、葉っぱはあまり効果的ではないが、さすがに病室内で煙草は吸えない。

 目の前には薄一枚のカーテンを隔てて、重度の火傷の治療を終えたエミリオ・コスタンティーノが眠っている。

 まだ油断はできない。今後ショック症状も起こりうる。だが現状できることはやり終えた。


「ロナルド、ご苦労だった」

「院長……お体は大丈夫ですか。倒れられたとか」

「ああ。すまない。診察を始めよう」

「フッ、州警察がどうするかですよ。ここにコイツがいる限り、他の患者を受け入れられない」

「警察署へ連れていっていいのかね」

「まあ、良くはないですね」

 ロナルド医師は葉っぱをカジカジと舌で揉んだ。

「それはもう辞めなさい、体に毒だ。ほら、ニガヨモギの丸薬をあげよう」

「結構です。白胡麻茶の方がまだマシだ」

「では淹れてこよう」

 ヴィクトルが本気で書斎へお茶を沸かしに行くのを、「待ってください」と制止した。



「院長。彼が……エミリオが歩けるようになっていたのをご存知でしたか?」

「いや全く。クレイト市で専門の医師に治療を受けていると聞いていた」

「ですよね……そう……」

 葉っぱを取られたロナルドは、体を揺すりコツコツと片足を慣らしている。

 エミリオは、オーガスタス町長に尻尾をぶつけられ腰を負傷し、この病院で手術を受けて以降、長らく診察に来ていなかった。

「もっと……もっと我々がエミリオの体調に気にかけていれば……!」

「——ロナルド」

「いや、いや違う。そうじゃない。最初から町長を告発していれば——ッ‼︎」

「ロナルド、やめたまえ!」

 ダンダンと怒りで床を打ち鳴らしていた。自身への怒りと後悔が止まらない。

 学年の近いエミリオとロナルドは、幼少期のサウザス学校にて、極めて近しい友人関係にあった。


『ロナルド! ここの問題、教えて欲しいんだ』

『お前に教えることなんかもうないだろ。自分で解法見つけてくるくせに』

『いいんだ。ほら見て、この幾何の計算式』

『一番難しい問題じゃないか。オレだってそう簡単には解けないぞ』

『えへへ、一緒に考えて』


 学校で最も優秀だった2人が、仲良くなるのは必然だった。エミリオは1学年上のロナルドを兄のように敬愛し、どこまでもついて回った。

 成長したロナルドは医学を学びにクレイト市の高等学校へ進み、翌年、同学校の政治学科にエミリオも進学してきた。同郷同士、今までの友人関係が続くとロナルドは思っていたが——エミリオはパッタリ彼との交友を辞め、別の人間に興味が移っていた。

「あいつが……何かに心酔しやすい人間だと分かっていました。心の弱い、依存しやすい人間だと。ガキの頃はオレに……クレイト時代は別の男に……当時は仕方ないと思っていました。学年も学科も違えば、目指すものもまったく違う。別れが来るのは仕方ないと!」

 弟子医師の突発的な告白に、ヴィクトルはじっと黙って彼の懺悔を受け止めていた。



「でも違った。最初からあの男がユビキタスと通じていたんだ。そしてエミリオを引き合わせて利用した!

 心神が脆弱なエミリオは、当時の町長ユビキタスの信奉者になっていたんです。

 そしてオーガスタスが起こした事故のせいで、あいつはついに貴奴らの意のままに動く怪物となってしまった——

 ——もっと早く気づくべきだった……!」


 卒業後、2人ともサウザスへ戻ってからも、交流はついに復活しなかった。

 3年前に起きた怪我の手術の際も、ロナルドが担当医でなかった事から、両者はついに言葉を交わす事なくエミリオは退院していってしまった。


「なぜオレは大人になって話しかけるのをやめたんだ! なぜ動けなくなったエミリオを放っておいた! 少しでも会って……会話をしていればこんな事には!」

「ロナルド、自分を責めるのは辞めなさい! みな罪はある。私にも……!」

「いいえ、でもオレは知っていたんです、クレイトの……あの男が元凶だと! そう……サウザス内で知っているのはオレだけだった!」

「落ち着け! あの男とはいったい誰のことだ?」

 どうもユビキタスの事ではないらしい。

 ヴィクトルには思い当たる人物が浮かばなかった。


「レイノルドですよ。跳牛とびうし族のレイノルド・シウバ。町長の警護官のうちのひとり——ハッ、逃亡しちまったがね」


 殺人犯が眠る病室の前で、ロナルドは血の涙を流しながら告発した。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927861677646467

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