3 事件の匂い
以降は、コンベイ警察のダンロップ警部と、サウザスにいるブーリン警部による、暗号電信を介したショーンとマルセルの会話である。
ショーンは完全に手が止まってしまい、治療はペイルマンがブツブツ文句を垂れながら引き継いだ。
情報が漏れぬよう治癒室はきっちり鋼鉄の扉で締め切られ、ナターシャをはじめペイルマンの部下たちは、全員階下の病院へと向かわせられた。
「──ショーンさん、僕は毎日ジョギングする趣味があるんです」
「はぁ……ジョギング?」
状況をあまり理解していないショーンは、怪訝な顔で言い返した。寝台に横たわる紅葉は治療中のまま、会話を聴き漏らすまいとショーンの顔を見つめている。
「ええ。役場を中心にして西区の中をぐるりと……で……最近変だったんです」
「変とは?」
「はい。ちょうど事件のあった日から……つまり3月8日の地曜日からですね。匂いが一部薄いところがあったんです。最初は気付きませんでした。警官や野次馬が入り乱れてましたし、州警察がいろんな匂いを連れてやって来ましたから……」
「…………におい……」
紅葉が、金平糖を口の中で転がしたような、くぐもった声を宙に放った。
「そして翌9日、僕は紅葉さんから、嗅覚によるアーサーさんの捜索依頼を受けました。僕は砂犬族なので嗅覚には少々自信があるんです……幸いすぐに彼の匂いは見つかって……その後マドカさんと、町長事件について少し話をしたんです」
「は、はあ……」
ショーンはまだピンと来ていない。なぜ自分にこんな話をするのだろう。
「マドカさんは仰いました。『州警察の嗅覚斑が、町長の匂いを追って捜索している。アーサーも独自に嗅覚で調査してるだろう』って。僕もなにか鼻でお手伝いできないかと思い、仕事の後、自分の住む西区だけですが、ジョギングがてら臭いに気をつけて回ってみました」
「へぇー」
ショーンは思わず感心して腕を組んだ。マルセルについて、紅葉から『マドカの後輩に協力してもらった』という簡単な説明しか聞いてないが、さぞかし優秀な人材のようだ。きっと警備職らしい屈強な男性に違いない。
「……結局、異臭は発見できなかったのですが、前日から何となく感じていた『とある違和感』に気づいたんです」
「違和感……?」
当初はぼんやり話を聞いていたショーンは、気づけばダンロップが押す電話信号の指の動きを、夢中で見つめていた。
「ええ、匂いが一部薄いところがあった。“無かった” んです。天候も体調も問題がなかったのに、普段嗅いでいた匂いが、しない所があったんです」
「——どこだ⁉︎」
ショーンが叫ぶ。ダンロップ警部の表情が一段と濃くなった。
ペイルマンの治療の腕は変わらない。
紅葉は瞬き一つせず、天井をギョロリと睨みつけていた。
「西区の——公営庭園です。ふだん我々は入れない役場裏の公園です」
“緑あふれる綺麗な公営庭園もあるのだが、なぜか町民は祭りの日以外入れない”
「僕は隣の男子寮に住んでいるので、公園の匂いじたいは毎日嗅いでるんです。植物の香りはしてました。花も木も石も……ただ土の匂いが変だった」
“木屑のほかに土も混じっている。柔らかい、黒土だ”
「あそこの公園は黒土で、特別にクレイトから取り寄せた高級土を使っているそうなんですが——ずっと土の匂いだけしなかったんです。事件があった日から2日間」
“遥か昔、サウザス勃興の父ブライアン・ハリーハウゼンが亡くなった時は、1ヶ月も葬儀が行われた。彼の墓は、西区の公営庭園の一画に眠っている”
「いま先ほど公園近くまで寄ってきたのですが、匂いが徐々に戻っている感じがします。もっとも僕では中に入れないので、詳しい様子はわかりませんが————」
“ショーン〜? 早く来いよ〜。新しいスープができたんだって”
ショーンの脳内で友人リュカの笑顔がこぼれた。
役場の警備員マルセルが、サウザスに住む帝国魔術師に質問をひとつする。
「ユビキタス校長は呪文を使えるそうですが、何かそういう呪文はありますか?」
【消臭はこれでスッキリ! 】
「パフューム・フレイル…………」
州警察も、新聞記者アーサーも、マルセルもみんな、町長の匂いを探し当てようと頑張っていた。
「ユビキタスは……消臭呪文 《パフューム・フレイル》を使ったんだ…………」
でも違った。消臭することで隠していたんだ。
町長はまだサウザスにいる。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927861542232469
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