5 静かなる電信符号
「————っ!」
ショーンは目を覚まし、仰向けで倒れていることに気づいた。
空は青々と冴え渡り、地面は黄土と茶土が混ざったような色をしている。風が吹き、頰に髪が当たる。すぐ右横を向くと、遠くでクラウディオが仁王立ちで立っていた。視線の先は、あの仮面の男だろうか。反対側を向くと、ペーター刑事が近くにうつ伏せに倒れて、こちらを見ていた。
「はあっ、ハア……ッ」
どうもあれから、状況は全く変わってないようだ。ショーンの眼球は相変わらずグルグル廻っていて、体中の細胞が循環し、再生産している感じがする。本来、失神呪文は1日近く効果があるはずだが、葉っぱを齧った影響からか、すぐ復活できたようだ。
「……………ショー……さん……っす」
ペーターが、微かな小声で名前を呼んだ。長い耳が地面にペタリと付いて、目元は心配げに俯いている。ショーンはすぐにでも大声で返そうとしたが、ハッとなって口をつぐんだ。仮面の男に気づかれちゃまずい。まだ失神している事にしなければ。
〔聞こえるか?……ペーター〕
ショーンは口を限りなく動かさず、ものすごく小さな声で音を発した。ペーター刑事は、ぱちぱちと瞳を閉じて目配せをした。さすがウサギだ。感度が違う。
〔……音を立てず、話すぞ……あっちに聞こえないように〕
仮面の男が、ウサギ並みの聴力を持たぬことを祈りながら、ペーターに細い音波のような小声を送った。彼は瞳をパチパチさせ……変な間隔でしばたいている。妙に瞼を閉じる時間が長い……これは。
〔ま、待って、そうか電信符号か。最初からもう一度頼む……〕
電信符号。長音と短音を組み合わせて文章を送る。警察はこの符号をさらに複雑に暗号化して使っているが、ショーンは日常的に使われる最もベタなものしか知らない。幸い、ペーターが送ってきたのは、ショーンでも理解できる一般的な符号だった。
〔は、い〕
しぱしぱと瞳が瞬く。森の囁きのような会話がスタートした。
〔は、っ、ぱ、あ、り、ま、す、か〕
〔葉っぱ? 僕が齧ったやつか?〕
〔は、い〕
〔待って、気を失う前に握りしめてて……あった、落ちてた〕
幸い、手の届く範囲に落ちていた。ショーンはそろそろと左手を伸ばし、自分の歯型がついた葉っぱの柄を中指と薬指でそっとつまみ、またそろそろと腕を戻した。クラウディオの方に視線を移すと、戦況は変わらず、ジリジリとした緊張感が漂っている。
〔取ったぞ。これでどうするつもりだ〕
〔ジブンもそれ齧って、ここから抜けます〕
〔えっ、待ってくれ、相手は魔術師だ。どうやって戦うつもりだ?〕
〔分からないっす。少しでもおふたりの囮になれれば……〕
〔だめだよ!〕
ショーンの呼吸が速まった。
囮なんて……。ペーターのような警官にとっては、自分の命より任務を全うするのが大事なのかもしれない。けれど、ショーンはもう任務が失敗し、ユビキタスが連れ去られても良いとすら思っていた。
いま現在、5人の警官と2人のアルバが磁力に囚われ、遠くで警官1人と紅葉が失神している。もし、磁力と失神をショーンが呪文で解いたとして、束になってアイツに飛びかかったとしても──果たして敵う相手だろうか。
(敵う……そんなの叶うか……?)
スーアルバ並みのマナの持ち主なのは明らかだ。この場はいったんやり過ごし、州警察やアルバ統括長と相談して、ヤツが誰なのか突き止めてから、大規模な作戦を練るなりしないと。今この部隊で戦うなんてとても無理だ。みんなの命が無事なうちに、速やかにユビキタスを連れて何処かに立ち去ってくれたら……!
ショーンはギュッと目をつぶり、ペーターの顔から背を背けた。
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