6 北と南が一度離れれば二度と出会うことはない。
「っ……!」
ルクウィドの森から出てきたと思わしき、怪しい人影。
この距離じゃ、小さなマッチほどの大きさしかない。
ショーンは脳味噌と眼球の揺れに耐えながら、真鍮眼鏡を望遠レンズに変えた。
——ハッキリ見えた、あいつだ!
端をちぎり尽くしたマントに、裾が刻まれたぼろぼろのズボン。
修行僧のような黒い装束を、全身に纏っている。
顔は緑——いや木の葉だ。
何種類もの葉っぱを、何十枚も重ねてできた木の葉の面だ。
性別は分からないが背は高め。肩幅と体つきから男に見えた。
三角のフードが妙に高い。有角か。それとも、大きな耳か。
「…………はぁっ、はあ……っ」
冷や汗が止まらない。額の汗が眼鏡にかかった。
ショーンがあらかじめ想定していた人物像とは全然違った。アルバの組織なら、魔術師らしいローブ姿とか、もしくは警官みたいに締まったスーツを着てると思っていた。こんな……森の妖怪のような魔物のような、モジャモジャした……これが先生の仲間?
奴がこちらにゆったり歩き、右手をあげた。ショーンは恐怖で動けなかった。ただ眼鏡の先から細部を観察することしかできない。
彼の手は——長い、スラリとした指だった。黒の指なし手袋を着けている。指先は、植物の汁でも染み込ませたように茶色く変色していた。
不気味な木の葉のお面の下から、わずかに見える顎が動く。ショーンの耳では、呪文の文言など聞きとれやしないが、眼鏡に映る呪文動作と光の色で、何を唱えたか予想がついた。
【北と南が一度離れれば二度と出会うことはない。 《サザンクロス》】
強力な磁石と磁石が、バツン! と反発するように、黒の囚人護送車だけが、地上からパーンと宙に放たれた。
「——あぁあ、ああああああっ……!」
やはり反対呪文だった。
車体が、ルクウィドの森より高く上がった。あの中には警官ひとりと、ユビキタスが乗っている。このまま奴が呪文を解けば、恐ろしい勢いで落下する。
「だめ、だめだめダメダメ……」
————やめて、死んじゃう。
ショーンの瞳から涙が流れた。
学校で、校長が、ジーンマイセを語る様子が、ぱたぱたと映画の銀幕のように点滅した。
ゆらゆらと重い護送車が、磁気の力だけで重力に抗っている。
仮面の男がまたひとつ呪文を唱えた。
淡い月光色が、黒いマントの裏で光り輝く。
不安定に宙を漂っていた黒い車体は、その光に引き寄せられるかのように、スーッと降下していった。
「ハッ、はあッ…………」
ショーンは唇の端から泡を吹いた。
囚人護送車が、静かに、仮面の男の元へ不時着していく。
……ユビキタスは、助かったのか…………?
護送隊の周囲には、なおも強烈な磁場が発生しており、ショーンは視線を動かすだけで精一杯だったが、仮面男の周りには磁力の影響はないようだ。
車が地面に着いた瞬間、護送車内にいた警官が、運転席から飛び出した!
警官はそのまま、謎の男に向かって走り出し——だが、もちろん即座に、男の右腕から呪文が放たれ——気を失い、その場へ倒れてしまった。
「あう……うぐッ! くそっ……」
ショーンは悔しさで唾液をコポコポ垂らしながら、パクパクと地面に打ち上げられた魚のように口を動かした。まだ立てない。動けない。せめてヘルメットだけでも外さなければ。
一方、仮面の男は、警官の体をまさぐり、車の鍵を探していた。
ほどなく懐から見つけ出し、囚人護送車の後部扉を開けた。
そこには白と黒の拘束服を身につけたユビキタス——目も口も耳も、五感のほとんどが縛られ、大きな二本の犀の角だけが、布の端から見えていた——が、ベルトと鎖で厳重に固定されて座っていた。
特に手足と首を繋いだ鉄の鎖は、車内のあちこちから金具で留められ、一箇所に何本もぶら下がっている。
これには仮面の男も、怯んで肩を固まらせた。
その刹那。
「————うがあぁアアアアあああッッ!」
紅葉が、部隊の最後方から、大斧を地面に引きずり、吠えながら謎の男の方へ駆けていった。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927859096611880
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