第6話

 その少女はスーリヤといった。聞けば同い年で、数年前からマハリに住んでいるらしい。

 人目を忍ぶような恰好かっこうをしている割に、ずいぶんと明るく、よく喋る子だった。俺はといえば距離をとって「ああ」とか「うん」とか言葉少なに返すだけなのに、まったく気にしないようだった。

 色んなところと本人が言うように、俺はあちこち連れ回された。町の名所であったり、石細工の工房であったり、彼女が行きたい場所全部だ。

 俺は関わる気はなかったが、毎日、日暮れになると現れて半ば強制的に連れていかれた。

「一度ぶつかった罪とはもう釣り合いが取れてるんじゃないか」

 そう伝えても、やれ肩が痛むとか言い出して、結局俺は従うしかない。唯一良かったのは、腹を空かせていた時に乾いた芋を分けてくれたことだ。

 ただ一つだけ気になることがある。いつもは楽しそうにしている彼女だが、時折ふと横顔に憂いが見えるのだ。たとえばこんな会話の後だった。

「ねえ、ヒュエトスはどうしてこの町に来たの?」

 何気なく問われたが、俺は一向に雨が降らない現実のため言葉を濁した。

「いや別に、旅の途中で寄っただけだ」

「……そっか」

 ほんの少し、声に落胆の色が混じった気がして、俺が本当のことを言わなかったせいかと思った。でも次の日にはいつも通りやってきたから、やはり俺の気のせいなのかもしれない。今まで希薄な人間関係しかなかった俺には、どうにもわからなかった。


 状況が変わったのは二日後だ。

 象牙ぞうげの彫刻を見に行くというので、例によって連れ出されて歩いていると、風でフードがめくれた。彼女はあわてて被ったが、道の端から声をかけられた。

「おいスーリヤ、なんでお前うろついてんだ」

 見ると五人ほどの少年少女が立っていた。歳は俺たちよりやや下くらいで、どいつもあざけりや嫌悪の顔をしている。それまで軽やかだったスーリヤの足は止まり、表情はかつてないほど固かった。

「行こう」

 俺の手をとり、早足になる彼女へ向け、いくつもの声が浴びせられた。

「出てくるなクズ」

「雨を返せ」

「悪魔の子め」

 罵声を振り払うように、とうとう彼女は駆け出した。俺は彼らとスーリヤを交互に見て、結局彼女を追いかけた。

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