20-2 『鎌倉駅』と『北鎌倉駅』

「最初にも言ったけど、このゲームは鎌倉を観光するゲームなんだ。ただ、鎌倉は人気の観光地でどこも混んでいるから、思う通りに観光できるとは限らない。うまく観光してたくさんの観光地の思い出を集めたら点数になる。点数をたくさん集めた人の勝ち」


 喫茶店のテーブルでわたしは頷く。頷いてから、かどくんには見えないんだと気付いて、慌てて返事をする。


「わかった」

「じゃあ次は、どうやってゲームを進めるかの説明から。このゲームは順番に手番が回ってくる。自分の番になったら、実行したいアクションを一つ選ぶ。選んだアクションに従って、観光者駒──今は俺たち自身だね、それを動かしたり、観光したりする。それが終わったら次の人の番。どう? 難しくはないでしょ?」

「それ、また悩むやつだよね」


 わたしの声に、向こうでかどくんが笑う気配があった。顔が見えないと、そんなちょっとしたことでもほっとする。


「そうなんだ、それが結構悩ましいんだよ。じゃあ次、アクションの選び方。ゲームボードの画面に散策ボードってメニューがあるよね、それを選んでみて」


 わたしは瞬きをしてゲームボードの画面を見る。確かに左脇にメニューっぽい文字が並んでいる。

 背景の色を見ると、どうやら今は「メインボード」を開いているらしい。この鎌倉の地図のボードがメインボードなのか。

 メインボードの文字の下には「モデルプラン」と「散策ボード」「思い出ボード」という文字も並んでいた。そこからかどくんの指示の通りに「散策ボード」という文字をタップする。

 そしたら画面が切り替わって、今度は丸いボードが表示された。真ん中に丸。その周りが放射状に区切られている。


「丸いボードが表示されたけど」

「ばっちり。それで合ってる。それが、アクションを選ぶ散策ボード。全部で九つのアクションがあって、自分の番ではそれの中のどれかを選ばないといけない。ただし、自分も含むプレイヤーが直前に選んだアクションは選べない。ここまで大丈夫?」

「ごめん、もう一回良い? 自分が直前に選んだアクションが選べないってどういうこと?」

「同じアクションを続けて選ぶことができないってこと」

「あ、そっか」

「それから、他のプレイヤーが例えば『人力車で移動』ってアクションを選んでいたら、自分はそのアクションを選べないんだ。次にそのプレイヤーの順番になって、そのプレイヤーが別のアクションを実行すれば『人力車で移動』のアクションは空いて、選べるようになるね」


 わたしは丸いボードを見ながら頭の中でかどくんの言葉を整理する。


「それって、アクションは九つあるけど、みんなが選んだアクションは選べないから、実質選択肢は半分になるんじゃない?」

「そういうこと。それが、観光地が混み合ってる表現になってるんだ」

「わかった、と思う」


 かどくんには見えてないことがわかっているんだけど、癖で頷いてしまう。この画面の向こうで、きっとかどくんもいつもみたいに穏やかに笑ってるんじゃないかって気がしている。


「じゃあ、次はアクションの説明。まずは、『徒歩で移動』っていうアクションが三つある。これは自分の観光者の駒──俺たちだけど、そのどちらか一つを一マスだけ移動できる。今いる場所からどこに移動できるかはメインボードで確認できるよ」

「それはわかった」

「で、これが三つあるのは色が三色あるからなんだ。赤と青と緑。観光地のマスも三色あって、そこに移動したいときは移動先の観光地の色と、アクションの色が一致している必要がある」

「観光地のマスの色?」

「例えば……今俺がいる『北鎌倉駅』マスの隣には『円覚寺』って赤い観光地のマスがある。俺が『円覚寺』に移動したい場合は、赤い『徒歩で移動』アクションを選ばないといけないってこと。これもメインボードを見るとわかると思うよ」


 言われて『メインボード』のメニューを選んで地図を眺める。地図の左上に『北鎌倉駅』がある。そこは青い色で丸く囲まれている。その右隣に赤い色の丸の中に『円覚寺』。なるほど、そういうことか。

 それから自分がいる『鎌倉駅』は緑色。その隣は黒い小さい丸だった。小さくクレープの絵が描いてある。反対側の丸にはカレーライスの絵。


かどくん、『鎌倉駅』の周りは色の付いてないマスだよね。これは、何色で移動できるの?」

「ああ、それは何色でも移動できる。観光地とは違うんだ」

「ふうん。この、食べ物の絵は何?」

「それは『食べ歩き』コイン。後で説明するね。今はアクションの説明を全部しちゃうから」

「うん、とりあえず、何色でも移動できるっていうのはわかった」

「ばっちり」


 ほっとしたような声の後に、かどくんの説明は続いた。


「次は『人力車で移動』。これは、観光者駒どちらか一つを二マス移動する。駒二つを一つずつ移動させることはできないし、一マスだけ移動させて止めるとかもできない。必ず二マス移動させないといけない。移動先の色はなんでも大丈夫」

「いっぱい動けるの、便利なんじゃない?」

「そうだね、便利だよ。選べたら、だけど」


 そこでかどくんは一度言葉を切った。何か飲み物を飲んでいるらしい。それでわたしも思い出して、紅茶を一口含む。


「次は『観光』が三つ。自分の観光者駒が置いてある観光地の観光をするアクション。ゲームだとその場所のコインを獲得できる。今この中でどう表現されてるかはまだわからないけど。それで、このアクションも三色あって、観光をしたい観光地の色と同じじゃないと駄目。それから、観光地コインは観光地ごとに二枚ずつしかないから、早い者勝ち」

「色が合ってないといけないっていうのは、移動と同じだね。それはわかった」

「次のアクションは『休憩』で、これは何もしないけど点数が一点もらえる。それから最後が『タクシーを呼ぶ』で、これはタクシーチケットを獲得できる。タクシーチケットを使えば、チケットで指定されている場所に移動できる。あるいは、使わずに最後まで持っているとボーナス点がもらえる可能性がある。これでアクションは全部だけど、どう? できそう?」

「わからなくなったらまた教えてくれる?」

「それはもちろん」

「それなら大丈夫、だと思う」


 わたしの言葉に、安心したような溜息が聞こえた。


「じゃあ、次は移動についてのルール。細かいところは遊びながら説明するけど、大事なのは『観光地マスには人力車か同じ色の徒歩じゃないと移動できない』ってことと『基本的には同じマスには駒一つしか入れない』ってこと」

「誰かがいるマスにはもう入れないってこと?」

「そう、自分の駒でもね。ただし『北鎌倉駅』と『鎌倉駅』だけは例外で、ここには何人でも入ることができる」

「そっか、スタート地点だもんね」

「そういうこと」


 同じ色じゃないと移動できないという制限はあるけど、基本的にはアクションを選んでその通りに動くだけ。そんなに難しくなさそうな気がしてきた。


「で、観光地のコインは『観光』アクションで獲得できるってのはさっき話したよね。それ以外の『食べ歩き』コイン──さっきの食べ物の絵だね、その獲得方法は、そのマスに止まること」

「観光地みたいにアクションがいらないってこと?」

「そう。そこに移動すれば手に入る。ただし、『人力車』で通り過ぎた場所は駄目だよ。『食べ歩き』コインも手に入れれば点数になる」

「これ、実際に食べられるのかな? パンケーキ、美味しそうなんだけど」


 かどくんの言葉が不意に途切れたかと思うと、次には笑い声が聞こえた。


「食べられると良いね、パンケーキ」

「べ、別に、ちょっと気になっただけだけど」


 笑われたのが恥ずかしくて、言い訳めいたことを口にしてしまう。


「じゃあ、次は点数計算。観光地で『観光』をすると観光地コインがもらえるけど、そのコインごとの点数。例えば『鎌倉駅』なら一点、大仏のある『高徳院』なら五点」

「場所によって随分差があるんだね」

「そうなんだよね。で、次は『食べ歩き』で集めた点数。これは食べたものによって点数が違うけど、大体は一点でたまに二点があるって感じ」

「パンケーキは二点だね」


 何気なく言えば、かどくんはまた笑ってしまった。


「次は『思い出ボード』の画面を開いてみて」


 言われるままにメニューをタップする。開いたのは、なんだかスタンプラリーの紙のような画面だ。丸がいっぱい並んでいる。


「思い出ボードの上には食べ歩きコインが並ぶ。これは五枚以上集めるとボーナスがもらえる」

「いっぱい集めたらコインとは別に点数が手に入るってことだよね」

「そういうこと。集めるほどボーナスの点数も増えるからね」


 かどくんの言葉と共に笑い声が聞こえてきて、わたしはなんだか恥ずかしくなってしまった。パンケーキ美味しそうなんて、余計なことを言うんじゃなかった。


「で、思い出ボードの下は観光地コインを並べる。観光地コインは、まず左上から右に向かって埋まってゆく。四枚並んだら折り返して今度は右から左に」

「なんでそんな並べ方なの?」

「観光地には色があるって話したよね。この並びの上下でその色が揃ってるとボーナスの点数が手に入るんだ。例えば、一枚目と八枚目が並ぶよね? その色が同じなら三点。二枚目と七枚目が同じなら二点。そんな感じ」

「そっか、観光する順番も大事ってこと?」

「そういうこと」


 あ、きっと今、かどくんは頷いてくれてる。その様子が見えるようで、わたしはちょっと笑ってしまった。


「次の点数はモデルプラン。メニューにあるよね、確認してみて」


 メニューから「モデルプラン」という文字を選んでタップする。四つのカード状のものが並んだ画面になった。


「ここに表示されている通りにコインを集められたら、ゲームの最後にボーナス点がもらえるんだ」

「そっか。五点とか六点とかもらえるなら、集めたいよね」

「そうだね。当然だけど他のプレイヤーも狙ってくるだろうし、大変だと思うけどね」

「観光地は早い者勝ちだから取り合いになっちゃうのか」


 だったら、ここで指定されている観光地を優先した方が良いんだろうか。でも、ボーナス点を手に入れるには観光地の色も重要だ。

 わたしはもう悩み始めてしまっていた。


「で、次が最後の点数要素。使わないで手元にあるタクシーチケット。その行き先と同じ観光地コインを持っていたら、チケットで指定された点数が手に入る」

「タクシーチケットって、移動に使ったらなくなっちゃうんだよね」

「そうだね」

「じゃあ、使うのか使わないで取っておくのか、悩むね」

「そうかもね」


 かどくんのふふっという声が聞こえる。


瑠々るるちゃん、大丈夫そう?」

「わからないけど、頑張ってみる。それに、鎌倉の散策、楽しそうだし」

「なら良かった」


 かどくんにはそう言ったけど、でも本当は、一人でちょっと──だいぶ心細かった。

 こうやって通話できて落ち着くことはできたけど。でも、とわたしはタブレットの画面に触れる。

 どうせなら、一緒の方が良かったな。




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