19-4 『お祭り』
なんだか不思議な気分だった。
わたしたちはずっと、公園の象の滑り台の下にいる。そこで夏休みの予定を話し合っていただけ。だというのに、予定はいつの間にか思い出になって、なんだか夏休みの一週間を過ごした後の気分になっていた。
一週間目、家族で旅行に行って、勉強会もショッピングもバーベキューも楽しかった。宿題は、ちょっとサボって漫画を読んじゃった。そんな夏休みの光景を思い出せてしまう。
これはボードゲームだからってわかっていても、やっぱり不思議な、変な気分だ。
二週目の最初はナオくんからだった。
「木曜日に『秘密基地作り』」
ナオくんの宣言に、少し考える。『秘密基地作り』は、最初に参加すると三点しかもらえない。でも、次に参加したら六点、その次に参加したら十点と、参加すればするほど点数が増えてゆく。
二週間目の今『秘密基地作り』に参加したとして、三週目と四週目にも参加できるだろうか。
先のことは何もわからない。もちろん、参加できる可能性を見込んで、今ここで参加しておくこともできるとは思うけど。
わたしは参加しないことを選んだ。
「参加する人! せーのっ」
ナオくんの声に合わせて手を挙げたのは男子三人。ナオくんとケンくんと、それから
「すげー秘密基地になりそうだよな」
自分のカレンダーに予定を書き込んだケンくんが、そう言って笑う。ナオくんは「来週もやろう」と頷いた。
次はユッコちゃんの番。
「『お祭り』、日曜日に行く人」
ユッコちゃんが差し出す『お祭り』のカードを見て考える。参加者が男女同数だったら八点、そうじゃなければ六点。でも今だと参加しない理由がないから、全員参加になりそうな気がした。
手を挙げて見回せば、思った通りに全員が同じように手を挙げていた。なんだかちょっとずつみんなの考え方とか、どうしたら良いかがわかってきたような気がして、嬉しかった。
ハートのシールを誰に貼ろうかと考える。ハートが一番多い人が得点をもらえるってことは、中途半端にいろんな人に貼っても点数にならないってことだ。誰かのところにハートを集める方が良い。
だから、ハートを集める誰かを決めてしまおうと考えた。その相手に「ヤツフルくん」を選んだのは、単に選びやすかったってだけで、それ以上の意味はない。
だって、これはゲームだ。ハートとか好感度とかだって、ただのゲームなんだから、それ以上に意味なんかあるわけない。
わたしはヤツフルくんと書かれた名前の脇に、ハートのシールを貼った。これで二つ目。
それから、カレンダーの二週目の日曜日のところに『お祭り』と書き込む。ふと、並ぶ屋台の光景を思い出す。
みんなでお祭りにきたはずなのに、わたしは一人だった。はぐれてしまったんだ。みんなを探しながら歩いていたら、急に手を掴まれた。
びっくりして振り向けば、
「探してたんだ。みんなはこっち」
そう言って、
「
呼びかけたら、
「名前」
「名前で呼び合うのも、ゲームだから。ゲームの設定だから……名前」
瞬きをしてから、ようやくその意味に気付いた。それで、もう一度、そっと呼びかける。
「えっと、あの、
「うん」
「ありがとう、来てくれて」
「うん」
脳内に蘇ってきた『お祭り』の思い出に、わたしはそっと隣を見た。
その耳の赤さに気付いて、わたしは俯いた。
次のマイちゃんが宣言したのは『家族旅行(海外)』だった。木曜から三日間で十八点。
十八点は大きいけど、三日も潰れてしまう。それに、手に入る【仲良し家族】という称号は、わたしはもう持っているから意味がない。
そう考えて不参加を選ぶ。男子三人は、もともと木曜日に『秘密基地作り』の予定が入っているから、参加できない。ユッコちゃんとマイちゃんは参加を選んだ。
順番は次のケンくんに移る。金曜日の『ボードゲーム』の予定。参加しない理由がないから参加した。ハートのシールはヤツフルくんに集めると決めたから、その名前の横に貼った。これでハート三つ目だ。
ユッコちゃんとマイちゃんは旅行中だから参加できない。それ以外の全員が参加になった。
『ボードゲーム』の点数は、こっそりと決めたサイコロの数を見せ合って、その結果で決まるらしい。
数が大きい人の勝ちで八点。だけど、一番数が大きい人が二人以上いたら、その人たちは四点しかもらえない。それ以外の人は六点。
「八点を狙うなら、大きい数の方が良いよね。でも、同じ考えの人がいたら、四点になっちゃう。四点になるくらいなら、最初から六点の方が良いかもしれない。でもみんながその考えなら、誰か一人が八点になっちゃうかもっていうジレンマなんだよ」
四点になるかもしれないけど、八点になるかもしれない。そのどきどきが楽しかった。
せーので見せ合ったサイコロを見比べて、わたしは思わず声を上げる。
「やった!」
ナオくんは一、ケンくんと
誰かの部屋で、麦茶の氷がからんとたてた音を思い出す。そこでわたしは、今と同じように喜んでいた。
「
隣に座っていた
「一緒に遊んでて、すごく楽しかった」
「あ、えっと、ありがとう。わたしも楽しかった」
そう応えて、二人で顔を見合わせて笑い合ったことが、ボードゲームの思い出だ。
次は『街中探検』だった。
『街中探検』の点数は、参加者が男女混合なら五点、同性のみなら七点だ。
土曜日だとユッコちゃんとマイちゃんはまだ家族旅行中だから、わたしが参加しなければ、参加者は確実に男子だけになる。
わたしが参加すれば、点数は五点になる。つまり、他の人の点数が少なくなるってことだ。わたしにとっては点数が増えるだけで、参加のデメリットもない気がする。宿題は、月曜と火曜に頑張れば良い。
だからわたしは参加することにした。男子三人も参加だ。
ハートのシールはヤツフルくんのところに。これでシール四つ目。これってどのくらいあれば、一番になれるんだろうか。
それからカレンダーに『街中探検』と書き込んだ。
名前には「探検」とあるけど、要するに散歩だ。みんなで知らない道を歩いたり、階段を登ったり、橋を渡ったりした。
途中の自動販売機で、みんなでジュースを買って一休みしたときに、ふと、
「
「……名前」
瞬きをしてから、普段は呼ばない名前で呼び直す。
「
呼び直させたのは
「なに?」
「ごめんね、わたし参加して」
「どうして?」
「だって、わたしが参加しなければ、男子だけだから七点だったよね」
わたしの言葉にびっくりした顔をしていた
「でも、
「そうだけど」
「そのくらい想定済みだよ、それに」
「俺は嬉しかったよ、
その笑顔に、わたしは瞬きしか返せなかった。
最後にわたしの番。引いたカードは『ムシとり』だった。サイコロを振った結果で、見付けた虫が決まって、それで点数も決まる。
わたしはそれを木曜日に宣言した。
男子は木曜日に『秘密基地作り』。ユッコちゃんとマイちゃんは『家族旅行(海外)』。だから、この予定に参加するのはわたしだけ。
それでわたしは【昆虫博士】という称号を手に入れた。称号は三つ目だ。二つだと四点、三つだと九点。
サイコロを振って出た目は三。アブラゼミを捕まえて五点。虫取り網を持って、麦わら帽子を被って、あちこち探し回った思い出に満足する。
この一回の予定で、わたしは点数が十点増えたってことだ。
水曜日の勉強会は今週も全員参加。ハートのシールをヤツフルくんのところに貼ろうとして、わたしはふと手を止めてしまった。
ユッコちゃんのところに一つ。マイちゃんのところにも一つ。ヤツフルくんのところにはもう四つ目。
夏祭りではぐれて迎えにきてもらったこととか、それで手を引かれて歩いたこととか、一緒にボードゲームを遊んだこと、街中探検に出かけたこと、そんなことばっかり思い出す。
そっと隣を見る。今は目の高さがほとんど変わらない、その横顔。
なんだか急に、ヤツフルくんのところにシールを貼ることができなくなってしまった。自分でもよくわからない。
困った挙句、わたしはそのシールをユッコちゃんのところに貼った。
みんなで集まっての勉強会、わたしはユッコちゃんとわからない問題を教え合った。できたね、と顔を見合わせて笑った。
ふと
その様子を見て、こんなに気にすることはないんだ、と自分に言い聞かせる。そう、これはボードゲーム。ハートだって、ただ点数のためのものなんだ。
月曜と火曜は誰も予定が入っていなくて、全員が宿題の日だった。
わたしは今回は一を出さずに済んだ。水曜勉強会と合わせて、今週で六ページ宿題が進んだ。サボらず進めることができて、ほっとする。
マイちゃんとケンくんが、一を出して【サボリ人】になっていた。みんな宿題には苦労している。
点数の方は、ちょっと差が見えてきた。
一番高いのはマイちゃんとケンくんの五十五点。一番低いのはナオくんの四十八点。ユッコちゃんは五十二点で、わたしと
夏休みは、あと二週間。
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