17-3 ヒヤシンス:私を許して

 かどくんが差し出すのは『赤いチューリップ』の『花束』と、中身のわからない『思い出』の銀のロケットペンダント。

 ここでわたしが『花束』を選べば、わたしは『赤いチューリップ』を受け取ることになる。その効果は「あなたの赤の花1つにつき+1点(これを含む)」で、ハート──つまり効果以外の点数は持っていない。それから、メッセージは「愛しています」。

 わたしは頭を振ってメッセージを思考から追い出した。メッセージは点数に関係ないから、それを考えては駄目だ。

 それで『花束』から視線を逸らしてペンダントの方を見る。

 銀のロケットペンダント──『思い出』の中身はわからない。中身のわからない『思い出』をどうやって選んで良いのかがわからない。

 だからだと思う。このゲームをどう遊んで良いのかが、まだあまりぴんときていない感じがあった。

 わたしはちらりとかどくんを見上げる。


「この『思い出』の中身って、選んだら中は確認できるの?」

「自分が選んだ『思い出』の中身は確認しても大丈夫。選ばなかった『思い出』は点数計算のときまでは公開されないから、わからないままだけど」


 わたしはもう一度、かどくんをちらりと見上げて、今度はすぐに目を伏せた。目を伏せて、『赤いチューリップ』の『花束』を見ながら口を開く。


「メッセージは本当に、ゲームに関係ないんだよね?」


 わたしの言葉に返ってきたのは、ちょっと慌てたようなかどくんの声だった。


「関係ないよ。点数には何も影響しない。だから、気にしないで選んで」


 またその顔を見上げれば、かどくんは視線をそらした。その頬がうっすらと赤い。つられて、自分の頬まで熱くなったのがわかった。


「点数に影響しないのに、なんであるの」

「フレーバーって言って、ゲームの雰囲気づくりっていうか。点数を集めるゲームですって言うより海賊が財宝を集めるゲームですって言った方が、イメージが湧くよね。そういうのに近いものっていうか」


 かどくんの言うことはわかるけど、わかるから余計に選びにくい気もする。気にしなくて良いんだってのは、わかっているんだけど。




 かどくんが差し出す『花束』とかどくんの顔の間で、視線を何度も往復させて、その度に「愛しています」のメッセージを思い出して──結局わたしは『赤いチューリップ』の『花束』を選ばなかった。

 そっと手を伸ばして、『思い出』のロケットペンダントを手にする。

 かどくんははっと顔を上げてわたしを見て、それから自分の手に残った『花束』を見た。

 ペンダントトップのロケット部分を開く。そこにあったのはピンクの『フロックス』の絵だった。花の絵の脇にハートのマークが二つ描かれている。これで二点、ということらしい。効果はない。

 ピンク色の五枚の花びら。メッセージは「私たちの心は繋がっている」。

 見上げれば、かどくんは『赤いチューリップ』の『花束』を持ったまま、部屋のドアを指差した。


「さあ、次は大須だいすさんの手番だ。どうぞ」




 次の花はピンクの『バラ』と紫の『ヒヤシンス』だった。

 二つを見比べて考える。『バラ』のハートはない。効果は「あなたのピンクの花1つにつき+1点(これを含む)」。つまり、さっきの『赤いチューリップ』のピンク版ということみたいだ。メッセージは「私たちは友達」で、穏当さにちょっとだけほっとする。

 もう一つの『ヒヤシンス』も、ハートを持っていない。効果は「あなたにハートが無いなら+3点」というものだ。

 さっきわたしが受け取った『フロックス』にはハートがある。だからわたしが『ヒヤシンス』を受け取っても点数にならない。それに『フロックス』はピンクの花だったから、それならピンクの『バラ』を受け取りたい。

 でも、選ぶのはかどくんだ。どっちがわたしの手元にくるかはわからない。

 そこまで考えてふと、さっきの『赤いチューリップ』の『花束』を思い出す。かどくんは『赤いチューリップ』を持ってるなら赤い花が欲しいはず。赤い花を集めたいのに、さらにピンクの花を集めるのは大変だ。だから『赤いチューリップ』と『バラ』の効果は相性が悪い気がする。

 だったら、かどくんはピンクの『バラ』を見ても欲しがったりしないかもしれない。それなら『バラ』を『花束』にすれば、かどくんはそっちを選ばずに『思い出』を選んでくれるかもしれない。

 そう決めれば、ピンクの『バラ』は『花束』になった。『ヒヤシンス』は『思い出』のロケットペンダントに。それを両手に持って、わたしはお茶会の会場に戻る。

 どきどきしながら『ヒヤシンス』のロケットペンダントを見る。そのメッセージは「私を許して」だ。

 そしてかどくんに『花束』と『思い出』を差し出す。

 かどくんは少しの間わたしの手元を見詰める。かどくんがどちらを選ぶのか、わたしはどきどきしながら待った。なんだか表情で何か伝わってしまいそうで、かどくんの視線から隠れるように俯いた。

 かどくんの手が持ち上がって、『思い出』──つまりロケットペンダントを選んで受け取った。

 期待した通りの結果になって、わたしは顔が緩みそうになるのを堪えた。できるだけなんてことない顔をしてかどくんをそっと見上げたら、ペンダントトップの中を確認したかどくんが、わたしを見下ろして面白そうに笑った。





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