13-4 『緑の多い場所で』『美しい写真を撮ろう』

 次の『おつげ』は『西へ向かって歩いて』『顔に見えるものを探して人柄を想像しよう』だった。角くんがスマホの地図アプリで方角を確認して、「こっちだ」と指差して歩き出す。わたしはその背中を追い掛ける。

 三角ビルと都庁に挟まれた道を西に歩くと、すぐに大きな公園に突き当たった。「新宿中央公園」らしい。


「公園の中を歩いて探すで良い?」


 公園の入り口で、角くんにそう聞かれて頷いた。

 そうだ、今はゲーム中だ、と思い出して顔を上げる。目が合うと、角くんはほっとしたように笑った。それでわたしも力を抜いて、ちょっと笑うことができた。


「でも、どうやって探したら良いのかな」


 わたしの言葉に、角くんは首を傾けた。何も言わずに、わたしの言葉を待ってくれる。


「今までは、どこに行けばありそうとか、こういうものを探せば良さそうって、イメージができたけど。『顔に見えるもの』ってどういうこと?」

「例えばさ、車を正面から見て顔に見えたことってない?」

「あ、それならちょっとわかるかも」

「車だけじゃなくても……何かの蓋のネジが目と口に見えるとか、あとは壁の木目が顔に見えるとか」

「最後の怖いやつだよね」


 壁に浮かんだ顔をちょっと想像して眉を寄せてしまった。角くんは慌てたように言葉を続ける。


「あ、ごめん、怖い話のつもりはなかったんだけど」

「大丈夫。ちょっと……想像しちゃっただけ」

「怖いのはナシで大丈夫だから」


 頷いてみせると、角くんは安心したように微笑んだ。


「それで、なんでも良いから『顔』に見えるものが見付かったら、それがどんな人かを考えるって遊び」

「どんな人」

「それは見付かってから考えよう。まずは『顔』を見付けなくちゃ」


 角くんに言われて、公園の入り口を見回してみる。たくさんの木、木陰のベンチ、自動販売機、正面には人工の滝。


「どっちに行こうか」


 聞かれて、滝の左右にある階段を見比べて、わたしは右の方を指差した。特に理由はないけど。

 角くんは笑って、「じゃあこっち」と歩き出した。




 公園の木々の中を歩き回って、顔に見えるものはなかなか見付からなかった。突然現れるオブジェを眺めたり、「なんの木だろうね」なんて木を見上げたりして、単に歩き回っただけだった。

 しばらく歩き回ってから、途中で見付けたベンチに座って、自動販売機で買ったお茶を飲みながら作戦会議をする。


「なかなか見付からないね、『顔』」

「何だろう、理想が高過ぎるのかな」


 角くんが大真面目にそんなことを言うものだから、笑ってしまった。


「理想って何?」

「いや、なんかこう、身構えすぎてかえって見付からない気がしてきて。『顔に見える』って……ふと目が合うみたいな感じじゃないかなって思って」

「見付けようと思わない方が見付かるってこと?」

「こういうのって、そういうとこない?」


 わたしは笑っていたけど、でも角くんの言うこともわかる気がした。


「そうかも」


 飲みかけのペットボトルをバッグに入れて、また公園を歩き回る。さっきよりは気が楽になったけど、でもやってることはあまり変わらない。「雨水貯留・浸透施設」という案内板を眺めたり、「新宿白糸の滝」という名前の人工の滝を見たり、突然現れる彫像を眺めたりして歩くだけだ。

 行き先もあまり気にせず、分かれ道では進行方向を勘で選ぶ。そうやっているうちに、また入り口に戻ってきてしまった。入り口から見えた大きな滝は「新宿ナイアガラの滝」という名前らしい。思ったよりも壮大な名前だった。

 階段の脇にあった「新宿中央公園ジョギングコース案内図」を二人で眺めて、次はどっちに行こうか、なんて話す。

 ふと、その案内板の文字を見て、わたしは「あ」と声をあげてしまった。角くんが不思議そうに振り向く。角くんを見上げて、ちょっとためらってから、でも見付けたことを伝えたくて口を開く。


「今から変なこと言うかもなんだけど」


 角くんはきょとんとした顔で頷いた。それで、わたしは案内板の文字を指差した。


「『公』の字って、人の顔に見えない?」


 角くんはわたしが指差す先を見て、そしてすぐに笑い出した。どうやら角くんに伝わったらしくて、ほっとして、わたしも笑った。




 二人で案内板の『公』の字を前にあれこれと考える。


「随分と垂れ目だよね、優しいのかな」


 角くんの言葉に、吹き出してしまう。『ハ』の字は確かに、随分と目尻が下がってる。


「でも、この『ム』の横のチョンのところ、これがにやって笑ってるように見えない? だから、自信がありそう」


 わたしの言葉に、今度は角くんが吹き出した。角くんは笑いながら、話を膨らませはじめた。


「垂れ目で優しげなんだけど、にやって笑って何か企んでて」

「そうかも。腹黒い感じ?」

「ああ、じゃあ、優しげにしてるのも敵を油断させるためで」


 角くんの言葉に耐えきれなくなって、声をあげて笑ってしまった。


「敵って何、何と戦ってるの」

「わかんないけどさ」


 そんなことを言いながら、角くんも笑い出してしまった。正直、自分でも何がこんなにおかしいのか、よくわからない。でも、しばらくの間、案内板の前で二人で笑い転げていた。




 笑うだけ笑ってから、角くんは「次で最後にしようか」なんて言いながら『さんぽ神』のページをめくった。『緑の多い場所で』。わたしがめくったページは『美しい写真を撮ろう』。

 また二人で公園の中を歩き回って、スマホで写真を撮る。自分が綺麗だと思う景色だとか、面白いと思ったものなんかを写真に残していった。『美しい』かどうか自信はないけど、この楽しい気持ちが写真にも残ると良いな、と思う。

 歩き疲れた頃に、角くんが「少し休もうか」って言ってくれて、二人で東屋の石の椅子に座る。ペットボトルのお茶を飲んで一息ついたら、角くんからメッセージが届いた。

 草の茂みの写真だった。角くんはこんな写真を撮っていたのか、とそれを眺める。それから、わたしは返事の代わりに見上げる木の梢の形を送る。次は、地面に並んだタイルが送られてきた。東屋の屋根の向こうに見える空を送る。東屋の佇まいが送られてくる。

 そうやって写真をやりとりして、角くんから送られてきた写真とわたしが送った写真を交互に見て、それで『美しい写真を撮ろう』は達成できたんだなって思ってしまった。

 東屋の屋根の下、それぞれにスマホの画面を眺めたまま、先に笑い出したのがどっちだったかわからない。気付いたら二人で笑っていた。


「あー……楽しかった。良いゲームだった」


 角くんの言葉にスマホから顔を上げる。そのまま角くんは姿勢を良くして、真面目な顔で頭を下げる。


「今日は、ありがとうございました」


 ゲーム終わりの挨拶だと気付いて、わたしも慌てて頭を下げる。


「ありがとうございました」


 頭を上げて、角くんを見上げる。角くんはいつもみたいに微笑んで、それから自分のスマホ画面に目を落とす。

 わたしは「楽しかった」って言うタイミングを逃してしまった。いつもなら、角くんは「楽しかった?」って聞いてくれるのに。今日は何も言ってくれない。

 もしかしたら、言わなくても角くんにはわかっちゃってるのかもしれない。でも、ちゃんと言いたいって思った。それでどうしようかと考えて、スマホで「楽しかった」とメッセージを送る。そのメッセージはすぐに既読になって、角くんが顔を上げてわたしを見る。

 それまではちゃんと言葉にしよう、言おうって思っていたのに、角くんの顔を見たら何も言えなくなってしまった。わたしは何も言わなかったのに、角くんは嬉しそうに笑った。わたしはスマホの画面を見る振りをして俯いた。

 見上げて撮ったビルの写真を送ったら、角くんからは花の写真が送られてきた。

 背伸びするように咲いている小さな可愛らしい花を、きっとしゃがんで撮ったんだと思う。なんだか角くんらしいなと思ってしまって、わたしは余計に何も言えなくなった。

 角くんも何も言わなかったから、わたしたちはしばらくの間、黙って座っていただけだった。

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