game 5:御朱印あつめ

5-1 仏さまとの「縁結び」

 和紙のような模様が印刷された白い箱。そこに、筆のような字体の縦書きで『御朱印あつめ』と書かれていた。その後ろには朱色の判子。

 いつもの第三資料室──ボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室で、かどくんが差し出してきた箱をしばらくじっと見て、それからまた角くんを見上げる。


「『御朱印あつめ』?」

「そう。お寺に参拝した時に押してもらえる判子のこと。少し前に御朱印帳が流行ったことがあったらしいけど」

「へえ、初めて知った」

「本来は、お寺に写経を納めた時の印だったらしいよ」

「そうなんだ」


 角くんの豆知識を聞いて頷いたけど、ふと首を傾ける。


「え、これもボードゲームってこと?」

「そう。お寺に写経を納めて御朱印をいただくゲーム。ゲーム的には、御朱印の仏さまの種類によるセットコレクションと、あとはコスト管理しながらの競りゲームって感じかな」

「ちょっと待って、えっと……わかんない言葉が多いんだけど、そういうことでもなくて」


 角くんの言葉を止めて、わたしは角くんが持っている箱を見る。箱の右上に『仏さまとの「縁結び」』『お寺ボードゲーム』と書かれているのが見えて、ますます混乱する。


「御朱印て、お寺でもらうものなんでしょ? そういうものをゲームにしても大丈夫なの? なんていうか……その……」


 角くんはわたしの言葉に、ちょっときょとんとした顔をしていたけど、すぐに「ああ」と笑った。


「このボドゲを作ってるのは、実際にお寺の人で、確かお寺でボードゲーム会とかもやってるんじゃなかったかな。お寺のことを知ってもらおう、お寺に親しんでもらおうっていう活動らしいね」

「お寺の人が作ってる……?」

「そう、他にもお寺を題材にしたボードゲームをいくつも出していて、お寺を運営して檀家を増やすゲームとか、あとお墓参りするカードゲームとかもあって」

「ごめん、情報量がちょっと多いかも」


 ゲームを始める前にお腹いっぱいになってしまいそうだった。角くんは眉を寄せて、ちょっと申し訳なさそうな顔になった。


「あ、俺もごめん、喋りすぎた。えっと、このゲームの話だけすると、写経を納めて御朱印をいただくだけの、のんびりとしたゲームで、怖いことは何にもないよ」

「それは、なんとなくわかった。今日はこれで遊ぶの?」

「それで良いなら」


 わたしが頷くと、角くんは箱を長机の上に置いて、蓋をそっと持ち上げる。中から一番上に乗っかっていた紙を丁寧な手付きで持ち上げて、それを引っくり返した蓋の内側に移した。


「その紙は?」

「ん、ああ……これはね、買ったら中に入ってたんだ」


 そう言って、角くんがその紙を持ち上げて広げる。習字の半紙に「お求めいただき ありがたし 感謝」と墨の文字が書かれている。


「多分、このゲームを作った人の直筆。これ、一枚一枚書いて箱に入れてるって思うと、すごいよね」


 そうやって少し眺めてから、角くんはまたそれを丁寧に二つ折りにして、蓋の内側に置いた。角くんはいつだってボードゲームの扱いは丁寧だったけど、今日はいつにも増して手付きが優しい気がする。わたしだって別に、今までも乱暴に扱っていたつもりはないけど、それでも今日はなんだか迂闊なことはできない気持ちになってしまう。

 静かに、角くんが箱の中身を出すのを眺めていると、大きめのカードが出てきた。一番上の一枚は、朱色の四角の判子の上に立派な筆文字で「奉拝ほうはい 阿弥陀如来あみだにょらい」と書かれていた。


「で、こっちが御朱印帳の表紙。大須だいすさんの好きな色を選んで」


 角くんが次に取り出した「御朱印帳の表紙」は四色。鮮やかな色の手ぬぐいのような和風の模様。赤い色は唐辛子、水色は矢絣、紫は花の小紋で、黄色は──これは稲かな。

 触らせてもらったら、本当に手ぬぐいのような手触りの布でできていた。


「えっと……じゃあ、赤にする」


 そう言って、赤い唐辛子柄のそれを手に、残りを角くんに返す。そうして、その赤い唐辛子の模様を見たら、耳の奥ですごく微かに、何かを擦り合わせるような音がする。

 なんの音だっけ、聞き覚えがあるような、ないような──そして、小さな水音が聞こえて、墨をする音ってこんなだったっけ、と思い出す。それで、わたしと角くんは、御朱印あつめのゲームの中に入り込んでしまった。




 どこかで水の流れる音がする。木立の中に敷石が続いていて、手水場ちょうずばがあって、さらにその先にあるのはきっと本堂で──きっとここはお寺だ。

 隣を見上げれば、かどくんは和服姿だった。少し緑がかった灰色の──利休鼠って名前があった気がする──着物に、紺色の羽織。着物には少し濃い色で、羽織には掠れたような色合いで、雨縞あめがすりの模様が入っている。それから、大きな丸眼鏡。着物のせいなのか、眼鏡のせいなのか、なんだかやけに上品に、落ち着いて見えた。

 わたしの方もやっぱり和服姿で、梔子くちなし色の生地にほのかな格子模様、帯は萌黄色。手には落ち着いた灰茶色の風呂敷包み。さほど長くない髪の毛は、耳の脇を残して後ろにまとめられている。自分では見えないけど、何か髪飾りもついてそうだった。

 わたしが角くんを見上げているのと同じように、角くんもわたしを見下ろしていた。慣れない和装で、なんだか落ち着かない。ちょっと顔を伏せて、首筋に手を当てる。

 釣られたように、角くんも首筋に手を当てて、周囲を見回した。





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