第287話・顕如の旅2。



「御坊らは、大坂本願寺の方々か?」


 僧らが桑名からの船を長島に付けると、浅井兵の誰何を受けた。


「はい。大坂本願寺住職の顕如で御座います。浅井様の許しを得てこの地で亡くなった人々の供養に参りました」

「上人様か。遠路ご苦労で御座る。お通りなされよ」



 上陸した周辺は田畑だったと思える背の高い雑草が生い茂る荒れ地が広がっていた。かつてはここで大勢の門徒達が耕作して生活していたと想えば心が塞がれる。

 しばらく歩くと、田畑は一面に耕されていた。相当な数の者らが一列に並んで鍬を振るっている。彼等は浅井の兵だが、その他には百姓の家族の姿も見える。


 長島寺の跡地は新しい城が築城中だ。城の周りは無数の掘っ立て小屋が並び、そこここに兵や職人が取り付いて仕事をしている。また周辺には物を売る小店が並び大勢の者や荷駄が行き来して祭りのように賑やかだった。


城を中心とする町から少し離れた所に、土を盛った山が幾つも並んでいる。先の戦で死んだ者を埋めた跡だ。その前にお供え物を乗せた簡易な祭壇が設けられ、供養のために多くの者が集っていた。彼等は大坂本願寺から知らせを受け桑名・伊勢や三河から来た門徒たちだ。



「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


一際大きな土盛りの前で始まった読経は、三日の間続いた。三万を越える信徒らがここで亡くなった、その者たちの霊を鎮め極楽浄土に導くために、低く高く止まることが無い経の響きが波の様に繰り返して長島の地を包んだ。




 長島での供養を終えて一旦桑名浄光寺に戻った僧らは、そこで数日休んだ後に再び船を出して尾張・熱田湊に上陸した。

熱田社を参詣した僧らは、門前で待ち受けていた武士らに案内されて古渡城に向かった。


「上人様、熱田の湊は繁栄していましたけれど、この辺りは荒れている田畑もありますな」

「そうですね。豊かな尾張とは思えないほどの光景ですね・・・」


それは言うまでも無く、織田家が伊那から長島・加賀と何年にも渡って戦をし続けたせいだ。加賀まで大軍で遠征してその半数以上が戻らなかったのだ。足軽は百姓であり尾張の田畑の荒廃には、僧らの本願寺勢力が深く関わっている。


この辺りはまだましで、僻地に行くほど荒れ地が目立つと案内の武士は語った。三河はもっと酷い状態だとも。



「お初にお目に掛かります。本願寺顕如です」

「武田晴信改め信玄で御座る」


古渡城で顕如を待っていたのは、武田信玄その人であった。これまで何度も書状を交してきた二人だが、会うのはこれが初めてで、名乗った後お互い黙ってしばらく見つめ合った。

二人の室は姉妹で武田信玄と本願寺顕如は義理の兄弟であった。ここ数年協調して戦国の世を渡ってきた。武田の金が本願寺を助け、本願寺の一揆が武田を助けた。


「まずは、長島で大勢の信徒衆を失ったこと、真に痛み入ります」

と武田信玄は軽く頭を下げた。

「武田殿に非はありませぬ。我らの団結が織田の狂気に敗れたまでの事」


「そして加賀での大勝、真に重慶で御座った」

「あれは長島で不遇になった下間仲孝の執念でした」


「左様でしたか、それにしても見事な策で御座った。お蔭で武田はここを手に入れる事が出来申した」

「そのお蔭でわたしも、浅井領となった長島で供養が出来ました」


「長島はどうでしたな?」

「はい。浅井家は丁重な対応で供物や家屋まで提供してくれました」


「ほう、家屋まで。なかなか気の利いた対応で御座るな」

「真に。それと築城中の長島城や湊の様子まで見物させて貰いました」


「城や湊の見物をされたと」

 それを聞いた信玄の目が光った。


「はい。浅井家・長島守将の磯野殿お自らの案内でした」

「ほう。磯野殿はどのような話を?」


「織田家からの長島譲渡の条件は、武田家を牽制する事だと。よって武田が動けば浅井は兵を出して牽制すると」

「牽制・・ですな」


「それ以上の事は本国の判断を待つと言われておりました」

「・・・やはりそうですか」

「武田殿にはお分かりですか?」

「おおよそは」


 磯野が顕如に話した事は、武田家に伝わると思って話した事だ。顕如はそう感じてそのまま信玄に伝えた。その意味を信玄は理解したらしい。


「ところで畿内の寺は、ほぼ武装放棄したと聞いておりまするが」

「はい。大坂本願寺は肩身が狭く日々悩んでおります」


「なんなら、尾張に参られますか?」

「尾張ですか。お言葉は有難いが尾張は・・・」


「そうでしょうな、仏敵のいた土地では寝覚めが悪い。では加賀に参られますか?」

「そうですね。加賀は当然選択すべきでしょうが・」


 顕如が石山から移るとしたら、宗徒が維持している加賀が第一だろう。だが畿内を離れるのは抵抗があった。


「だがもし尾張に来られるとしても、武装は放棄して貰わねばなりませぬ。逆に言えば武装放棄されるならば、何処へでも移ることは出来ましょう」


「武田家も宗教の武装放棄を進めますか?」

「それが帝の望む世の流れで御座れば」

「・・・」


 信玄の言葉は顕如に些か衝撃を与えた。

京都守護所が主導する畿内は寺の武装放棄が進んだ。甲斐・駿府・信濃・尾張を領する武田家もそれに追従するという。当然・毛利や上杉・北条も追従するであろう。つまり畿内だけでなく、日の本の有力国は寺の武装を認めない方向に進むという事だ。

だが本願寺が武装を放棄すれば今自治している加賀や石山を保つことが出来ない。戦国の世に独立する為には、武力が必要なのだ。武装を放棄すれば忽ち隣国の餌食となろう。

顕如の悩みはそれだ。その答えを出すための旅でもあった。



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