第274話・加賀の山賊。


永禄九年 四月中旬 京都守護所


 守護所発足から十日経った。

 東山の仮宿泊所は八割方は出来上がっている。建物の基本が戦時の陣作りの簡易建物なので速い。

 そこに各地からの派遣兵が続々と上京してきて入居している。上京が速いのは熊野丸で運んでいるからだ。各地を廻船している熊野丸に乗れば、奥州からでも畿内に三日もあれば到着するのだ。


 総数は想定より多い二千二百名だが、『紛争中の国は、出兵不要である』と言うことで、一部を除く九州・四国・因幡・播磨・尾張三河遠州・北関東と奥州羽州はお断りを入れてある。しかしそれ以外のグレーゾーンの国々が出兵意向を示してきたのだ。


 検討の結果、受け入れたのは松浦二十・伊東五十・朝倉百・安房里見三十で、お断りしたのは甲斐武田と常陸佐竹だ。

結局は受け入れたが悩んだのが安房里見だ。実は北条家は占拠していた安房国の一部を返還して里見家と和睦していた、対立していた上杉・里見と和睦して富国へ邁進するためだ。そして山中は里見家から勝浦湊を奪ったが、以降は里見家とは交易が続いているからな。


 はっきり言って京都守護所の設立を画策したのは俺だ。だから当然山中国の意向が優先されるのだ。資材・人材・資金を相当入れ込んでいるからな。今は大和からの荷駄がひっきりなしに入って来ている。

例えば縄張りに使う縄ひとつでも膨大な量が必要なのだ。多くの人の手が掛かった縄の代価だけでも相当なものだ。そんな事をいちいち考えたらいやになるわ。



 既に京都市中の寺の武装解除は終わっている。没収した大量の武器は、法要砦や南都鍛冶集団に送って道具や建築資材に変わる。勿論売れる物は売って再興資金に充てている。そのうちには各地の大名家に、寄付を募るつもりだ。


開削して付け替える賀茂川の縄張りは終えていて、数十箇所に分かれての普請に入っている。

都大路整備にも担当者が分散して入り検討中だ。些少は後にして、大胆に改善せよと通達している。

この度の普請は、住民の過半数が転居を余儀なくされるほどの規模だ。強い権力を誇った大寺さえ「移転せよ」の一言で済ますのだ。文句を言える者もいないだろうし言わせない。こういう事は有無を言わせず一挙にやらなければ無理だからな。


 俺は叡山を制圧後・都周辺寺社の武装放棄をして来た新介の部隊と一緒に留まっている。毎日十名ほどの小部隊で市中をパトロールさせての治安維持だ。守護所の態勢が落ち着くまでの繋ぎだ。





 永禄九年五月 尾張・清洲城 佐久間信盛


「佐久間殿、こやつらの処分、どうなさいますか?」


 儂は長島の成敗の後、戦死された林殿に変わり内政を見ている。

 目の前に部隊から逃げた百姓が三十名、捕えられ数珠繋ぎに縛られ座らされている。逃亡兵だ、これを許せば国が成り立たぬ、本来ならば打ち首だ。家族にも類が及ぶ。


 だが・・・


 儂もこやつらの気持ちが分かる。

 戦が怖くて逃げたのでは無い。人盾という残酷な行為に人では無くなる恐ろしさから逃げたのだ。あの時から御屋形様は常軌を逸した。今まで被っていた仮面を脱ぎ捨てるが如く狂気に奔っている。


「本来ならば打ち首だ。だが、それでは織田家には何の利益にも成らぬ。こやつらには荒れ果てた長島の開墾をさせる。家族も同罪だ。当座の物を持たせて、長島に放り込め」

「はっ」


 水が豊富な長島と輪中は、米がよく取れ十万石もある領地だ。だが、家を焼き領民を悉く捕え殺し鉱山に送った後、耕す者がいない土地は短い間に荒れ野となっている。

尾張の他の領地もそうだ。昨年からの出兵で耕す者がいない土地が荒れ地と化している。あの戦の後で、一旦軍を解体して田植えをすべきだった。多くの者がそう言上した。


だが、

「加賀を攻める。一向坊主どもを根絶やしにするまで止めぬ」と飛騨へと進軍したのだ。儂に内政と後方支援を命じて、おそらく秋の年貢は半減して窮地に陥るだろう。いや、そこまで持つまい。既に蔵の兵糧は残り僅かで戦に必要な兵糧は商人に購っている状態なのだ。銭も少ない・・・

 逃げ出しているのは百姓だけではない。過大な矢銭供出を命じられた商人も先行きを案じて、伊勢や桑名へと拠点を移しつつある。





 加賀某所 明智光秀


「ふうっ・・」


 某は目前の平野と村を見て、溜息をついた。ここに来るまで大変な行軍だったのだ。夜の山間を駆け巡って加賀の広大な平野に出た。目前の山裾には、三百戸ほどの村がある。これを二百五十の兵で襲う。

百兵が向こう側に回り込んで合図を送ってきた。準備が整ったのだ。


「よし、出るぞ!」


 ここに百を残して、百五十を連れて正面に出る。逃さないように村を囲んで襲う。目的は兵糧だ。大軍で補給路の伸びた我々には、現地調達が手っ取り早い。何せ荷駄で尾張から運ぶのにひと月も掛かるのだ。

 三方からの襲撃に夜明けの村が騒乱に包まれた。といっても周囲の村も織田軍によって急襲されているから心配は要らぬ。何せ二百五十の部隊が二十隊も出ているのだ。



尾張から北上して飛騨高山まで十二日。さらに高山より何日も掛けて山間を西に分け入った。延々と続く山を登り、峠を越えてやっと加賀だ。峠から川沿いに八日下り、敵前に陣城を構築した。陣城にいるのは、柴田勝家殿以下五千の兵だ。目前には一揆の旗がひしめく鳥越城と二曲城がある。強力な城だが所詮は山間の城、三千もあれば抑えられるだろう。


御屋形様は二里上流の瀬戸に本陣を築いて五千兵と共におられる。一万五千、これが加賀に入った兵数だ。尾張を出たのは二万、五千を高山に待機させたのは、上杉の動きを牽制してのことだ。

残った我ら五千は、小部隊で加賀領内に進出して荒らして兵糧を奪う。それが命令だ。



「若い者は殺すな。捕まえて御屋形様の元に送るのだ!」


 捕えた者は、奴隷として飛騨に送り鉱山で働かせる。一旦本陣の瀬戸城下に集めて、百人単位で兵が飛騨へと連れてゆく。もう何隊も送っている。鉱山は人の消耗が激しい、それに御屋形様は一揆衆を人とは思っておられぬ。


 御屋形様の命令故に村々を襲うが、某の配下らは次第に無口になり笑顔が無くなった。某も郷土に残した老母の顔がちらついてかなわぬ・・・

 我らは大いなる理想を持って国や民を守る軍だったはず、しかし今の行為はそれとはほど遠いものだ。

我らは人に不幸をもたらす山賊・逆賊と成り果てたのでは無いか・・・


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