第272話・錦の御旗の征伐隊。


叡山座主が僧兵の下山勧告を言い渡した翌日。


叡山を降りて麓の坂本・日吉社に陣取った僧兵は約三千名。それを指揮するのは僧兵頭の天公坊だ。彼等はおのれの武力でもって叡山座主の勧告を取り消そうと目論んでいた。それにはまず、帝の要請を受けた山中隊を蹴散らす必要がある。

指揮する天公坊の元に、次々と周辺の知らせがもたらせられた。



「山にいる女子供は追放されました。その殆どは京へと向かっています」


「京への道は山中兵によって封鎖されているのではないか?」

「封鎖されていますが、武器を持たぬ者は通れるようです。おまけに賀茂川の畔にはお救い小屋があるとか。そこへ向かっておるようです」


「お救い小屋・・・そうかそれは良かった」


 天公坊ら頭の中には女子供まで焼き殺された尾張の惨劇がよぎっていたのだ。その安堵と共に戦意が少し低下した。


「残りの一部の者は我らをしたってこちらに来ています」


「・追い返せ。ここは戦場だ。女子供は邪魔だ!」

「分かり申した。追い返します」



「南の湖岸を山中の陣列がこちらに来ています。荷駄の列です。延々と続いています!」


「荷駄だと、どう言う事だ?」


「分かりませんが、大量の材木などを運んでいます」


 分からぬ。山中隊は何をしようとしている?




「荷駄の列、京に向かいました。こちらには来ません」


 京へ・・・お救い小屋の関係か、逃れた者に小屋まで建ててくれるのか。いったい山中隊は何をしようとしているのだ・・・分からぬ・・・


 天公坊は戦う相手が得体の知れない者達だと思うと、背中がぞくりとした。

 今まで、叡山に寄生して民から奪うだけの考えしかなかった彼等では、山中隊の建設的な考え方が理解できなかった。




「船です。兵を乗せた船が、五隻、こちらに向かって来ます。山中隊です!」


「弓だ。弓を持った者は岸へ向かえ。船を着かせるな!」


「弓持ちは岸へ!!」

「水上の敵に防備を固めよ!!」

「任せよ!」

「われが弓の餌食じゃ!」

「おおおおおー」


僧兵の波が水辺へと向かった。船を岸に着けさせなければこちらが圧倒的に有利だ。




 岸に陣取り弓を構える僧兵達は、山中の兵を乗せた船が近付いて来るのを待ち受けた。


 やがて船に乗った兵たちの姿が見えるようになり、その様子が分かってきた。


「まだだ、もっと接近してから放つのだ!」


「まずい。火縄だ」

「岸を離れろ、山中隊は火縄を構えている」


 目の良い先頭のごく一部の者らが狼狽え騒ぐも、びっしりと後に集っている兵で身動きが取れない。


「下がれ、下がるのだ!」

「放て!」


 百ほどの矢が放たれた。しかし水上の敵は近そうに見えても遠かった。矢は全て手前に落ちて船は悠然と進んでくる。


「まだだ、まだ遠い。もっと接近してからだ!」

「敵は盾で防御している。よく狙って射るのだ!」


 船上の兵が盾を掛け回して防備しているのを、僧兵達の目にも見えた。

だがその間から無数の銃身が出ているのまでは気付いていない。


 いきなりだった。

 広がった五隻の船から猛然と銃声が響き、砲煙が船を隠した。

 岸にいる僧兵らがばったばったと倒れる。算を乱し逃げようとするも押し掛けた後続の者で身動きが取れない。



 天公坊は間断無く続く銃声に思考が停止した。火縄銃を持った敵と戦った事はある。だけどそれは数丁から十丁までの数だ。一旦放てば次の銃撃までは時間が掛かる。そこを一気呵成に攻めたてるのだ。


 だがこの敵には、どうやらそれが通用しない。

 ではどうするか。


「敵、上陸します!」


「・敵の数は?」

「およそ一千!」


「・・盾だ。矢玉を防ぐ盾になる物を持て!」

「盾を探して持て!!」




 山中隊 北村新介


 岸で待ち受ける僧兵を火縄銃で蹴散らして船を着け上陸した。つま先上がりに上る坂本の町の先に比叡山に続く山がある。その際にあるのが日吉社だ。僧兵どもはそこに居る。

 今回は錦の御旗を掲げての進軍だ。だが、帝の居られる都を、徒党を組んで強訴を繰り返す叡山の悪僧には錦の御旗も通用しないと言うことは分かっている。

 錦の御旗を見せるのは、悪僧どもにでは無い。


「全員下船完了しました!」

「よし、蒲生・池田・中岡の三隊で攻め上がれ、ゆっくりで良いぞ」

「はっ」


 動かしたのは一千兵だ。二百兵が乗れる近江丸五隻、船ごとに部隊を分けた。隊長は元六角家の者、経験を積ませるために選んだ。

小部隊にしたのは、まちなかの戦いには大部隊は邪魔になるからだ。一隊に火縄銃五十と盾五十・槍百だ。無論、全員が短弓を持っている。


 この火縄銃は大将が作った最新の山中銃だ。大砲と同じく後詰め式で、軽く取り回しが良いのに射程が伸び命中率が上がっている。画期的なのが銅で作った薬莢なる物に玉薬と銃弾が詰められていることだ。これにより一呼吸で次弾が準備出来る。火縄も内蔵式で雨にも強いという、とんでも無い代物なのだ。


「銃は壊れても必ず回収せよ」との厳命だ。こんな銃を敵が持っていたら恐ろしいからな。ただ火砲工房の技が無ければ作れぬとは言うが・・・


「敵、石や材木を盾にして向かって来ている様です」

「では槍隊が喜ぶだろう」

「出番ですね!」


 こんな銃があれば、俺たちの出番が無くなるわいと、嘆いていたからな。


 一刻も続いた激しい攻防は、散発となり始めると急激に静かになった。途中負傷者が多くなった中岡隊を平井隊と替えた。兵単位での交代もさせた、火縄隊は本陣に引き上げさせて槍隊を出したのだ。


「敵、駆逐完了です!」

「残った敵は、武器を放棄し逃げました」

「そうか、皆ご苦労だった」


 負傷者は応急処置をして船で木浜湊に送った。残った兵で戦後処理だ。


「中岡、石山寺に経過を通達してくれ」


 中岡は、石山寺の川向かいの瀬田を領していたのだ。馴染みであろう。


「通達ですか。武装放棄を促すのでは無く?」


「単なる報告で良い。争乱相手の叡山の悪僧が消えた。都の法華宗は松永殿が解散させるだろう。石山がどうするかは自分たちで考えれば良い」

「・・畏まりました」


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