第252話・年始の宴。
評定のあとは恒例の宴である。
大広間の中で幾つかの輪に分かれて酒肴を楽しむ。といってもグループ分けには決まりが無い、年齢・序列・年数など無関係で親しい者や話をしたい者が適当に集るのだ。
「三村殿、その後毛利とは如何か?」
「商人や民は良く出入りしていますが、毛利家としては何も・・」
元・備前差配の九鬼春宗と三村殿との会話だ。
「出雲鎮圧が終わっても何も言わないのならひと安心ですな。まあ、今の毛利にその余裕は無いと言う事で御座ろうか」
「備中も山中国の支援を受けて、今は以前とは比べようもない程活気がありまする」
三村殿は春宗の指導を受けて内政・軍制共に大改革を実行した。産物作りや商いを奨励して兵を半減させて常備兵を増やした。その山中式調練で鍛えた常備兵に公共事業を行なわせて、石高を増やし物流を太くして少しずつ豊かになりつつある。
「柳生もそうで御座るよ。常備兵が二千を超えて、石高は倍ほどに増えました」
「おお、それは凄いですな」
「幸いな事に伊賀国は平らな土地が多く水もある。問題は人の少なさで御座った。それが友好国に囲まれて暮しが安定すると人も増えてまいりましてな」
惣国だった頃の伊賀は、身分差別が酷く下位の者は人扱いさえされていなかったのだ。それを解放して柳生家の元に統一して、身分を保障し土地を与えた。開墾・水路・街道整備などに内政に注力すると十万石もの収入が増えたのだ。石高にいかに人口と平和が関係するかという見本だな。
「それはお羨ましい。我が領地は、度重なる戦で荒れ昨年は半分ほどの米しか採れぬ状態で御座った。山中国より米の支援が無ければ危うかったので御座る」
「楠木殿、あい済まぬ。儂も和泉を荒らした一人だ」
「何を仰る山中殿、それならば我らも和泉を荒らした一人で御座る」
「ぐわっはっは。大将の雨山攻めは今でも語りぐさで御座るからの」
楠木殿の領地・南河内と和泉は、畠山が二つに分かれて争った昔から常に戦場となった土地である。土地の荒れようも相当な年季が入っている。復興には年月が掛かる。
「ところで大将、今うちの石高は幾らですかい?」
「おう、詳しくは知らんが二百万石ぐらいかの。これで合っているか十蔵?」
「いや大将、それは一昔前の石高で。今はええっと・・・三百万石くらいか、相良知っておるか?」
「拙者は、おおよそ二百九十万石だと聞き申した」
毎月のように増えていく領地や実入り(税収)の事は全て勘定方に任せて久しい。いや・最初からか・・・、だから俺はその実情を大体しか知らないのだ。
「む・・・・・・」
との筆頭家老や差配の言葉に、柳生・三村らが唸っている。十万から三十万石の彼等にしてみれば、我らの記憶の差九十万石は桁違いの石高だろう。
ちなみに史実での豊臣家の最大石高は約二百六十万石だった。まあ、実際には全国を統一していたから、動員出来る兵力や兵糧は比べものにならないのだが。
「でも大将、国力は石高だけでは計れねえですな」
「おう、さすがに商い上手の氏虎だ、良く気付いたな。国力には武の力が必要だがそれを支えるのは人と銭の質と量だ。山中国は人口、民のやる気ともに恵まれておる。
次は銭だが、これは物を作って得た税と物を動かして得た利がある。商税と交易の利益だ。十蔵、商税はどれ程か?」
「へえ、領内で物産を作って売る商税は年々増加しており、昨年は石高と同じ程はありましょう」
「ふむ、商税と石高は同じ程か、寿三郎、交易の方はどうじゃな」
「はっ。義兄上らの支援のお蔭で、南蛮交易も順調で国内の廻船業も増加の一途を辿っており収益はおおよそ、その倍ほどかと。しかし船や武装などを整えるのに多大な費用が掛かっているのも事実で御座る。水軍と交易、万を軽く越える人員の給金も並大抵の物ではありませぬ。それを考えると国に納める利益はあるかどうか・・」
ふむ。すると利益的には、石高二百九十万石に商税・交易を加えるとその四倍か。自分の国ながらたいしたものだな。元は三百石だったからな。
まあ造船や建造・給金・武器生産の費用は膨大だが、それを支払うのも領内だからな。
給金の総額・・聞きたくないわ。
・・・おう、忘れていたがそれに鋳銭・両替の利益が加わるな。道理で、銭蔵がすぐ満杯になるはずだ、もっとも給金前には激減するがな・・・
「いや寿三郎様、交易でも三百万石以上は利があると勘定方に聞いておりまするぞ」
「左様か清水家老。それを聞いて安心した」
「・・・・・・」
三国主、もはや絶句している。こんな大きな数字は意味不明に違いない。
三村家は増えて二十二万石、柳生家も倍増して二十五万石、楠木家は公称二十四万石のところが田畑が荒れていて、現状は半分近くに減っているのだ。
ちなみに他の大名家で大きな身代は、
大友家百四十万石(これは龍造寺三十万石など微妙な家臣団が含まれている)
上杉家(越後)、九十八万石
北条家、九十二万石
松永家、八十九万石
織田家、八十五万石
毛利家、八十万石
武田家(甲斐)、八十万石
北畠家、七十四万石 というところだ。
それに商いや湊の収入などが加わったのが国力となる。例えば大きな湊を二つ(直江津・柏崎)持つ上杉家は湊税だけで三十万石に相当すると言われている。それに越中や七尾湊を整備拡張すれば大幅な収入が得られよう。
武田家が目の色を変えて海を目指した理由でもある。
永禄九年一月 近江佐和山拠点 藤内宗正
今、山中国の主要な者は栗栖城に集結している。某にも招きがあったが念のために残ることにした。
ここから遠くない長島で織田と一揆勢が激しく争っている余波を受けて、戦の気配が周辺に漂っているのだ。一揆勢や織田の忍びも領内を盛んに通行しており、そこここで小さな争いは起こっている。
「差配、浅井が年始の挨拶と申して、長政自身が来ておりまする」
「浅井長政が・・・丁重にお通しせよ」
「はっ」
浅井家は山中国に野心は無いと表明していた。こちらも同じだ、浅井領に野心は無い、ないが決して油断はしない、龍神殿の手の者が常にその動静を探っている。
「お初にお目に掛かります。某・浅井長政で御座います」
「浅井家家臣・赤尾清綱で御座ります」
「同じく、竹中重治で御座いまする」
「山中国佐和山拠点差配・藤内宗正で御座る。国主自らお出でとは恐縮で御座います」
「いや、家督を継いだばかりの若輩者で御座る。我ら山中国に野心は御座りませぬが、去る時には恩ある朝倉家に助勢せざるをえず、それが気がかりで御座った」
「いや、その節の事は朝倉家からも謝罪があり、殿ももはや気にしておらぬと言っておられるで、お忘れになるように」
「その言、有難し。年始の心ばかりの物を持参しましたでお受け取り下され」
「見事な品々誠に有難くお受け致します。間違い無く殿に届けまするで、ご安心下されますように」
「いや、それは藤内殿への品で御座る。山中様への献上品は別に用意して御座るでお受け取りを」
「某に・・・ならば、遠慮のう戴きまする」
さて、国主に宿老・それに若き軍師殿が揃って何を目当てに参ったか・・・
殿が言われるには竹中は稀代の軍師だと。稲葉山城を少数で奪った国盗りの傑物・・・それにしても肌が白くて女子と間違えるほどの顔立ちだな。或いは病か・・・しかし目の光が強いというより深いな。
「藤内様、若輩者の某に、一つ教えて戴けませぬか」
「竹中殿、なんで御座ろうか?」
「山中国は強大な軍を持っております。なのに何故、若狭や敦賀・越前などを取りませぬのか。藤内様の兵だけでも瞬時に落とせましょうに?」
「瞬時にとまでは申せぬが、そう苦労すること無く落とせましょう。ですが強いからといって隣人を殺して土地を奪うのは、血に飢えた獣の仕業と思われませぬか?」
「血に飢えた獣!・・・」
長政殿の顔色が白く変わったな。伊那に攻め込んだ義兄の織田殿の事を思ったか。赤尾殿はさすがに老練な将だな、顔色に出さぬ。竹中殿は逆に嬉しそうだな・・・
「それに我が殿は面倒くさがりやでな。戦は人を殺し土地が荒れる、そんな荒れた国を我が兵に苦労を掛けて復興させるのは、気の毒な上に面倒だと仰せでな」
「面倒ですと・・・」
「左様です。美濃に進出した浅井家は、西美濃衆がお味方に付いたから良かったのですが、これが徹底的に戦って制圧したとすると、働き手を失って人手も激減して荒れた土地を、家族を殺されて恨んでいる民の目に囲まれながら復興するなど嫌になりませぬか?」
「・・・・・・」
「左様ですね。某は嫌で御座る。なるほどそれが山中様のお考えですか」
「考えと言うよりは、単に面倒だと思われるがのう」
「決め申した。某、大和へ行って山中様にお目に掛かります。良いですね、長政様」
「うむ、それは構わぬ。藤内殿、浅井家は山中国内に店を出しとう御座る。何卒、山中殿におとりなしを!」
うむ、それが目的だったか。商いか、それならば何も問題はない。
「そのような事なら、某で裁可出来申す。山中国で店を出す事の許可を致す」
「早速のご許可、有難き幸せで御座る。まず紀湊に出店したいが可能ですか?」
「紀湊は山中国の主湊で一番の商いが出来申そう。良き判断で御座る。今すぐ行かれれば殿にもお会いでき申そう」
「それは好都合です。殿、善は急げと申しまする、早速戻って準備致しましょう」
「うむ、相解った。藤内殿誠に有り難う御座る。これにて失礼させて戴きまする」
やれやれ、若い者は行動力があるな・・・
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