第253話・それぞれの思惑。


永禄九年一月下旬 

紀湊・赤尾清綱


「おおお!」


 間近に見る紀湊は、開いた口が塞がらないような巨大な町だった。佐和山から石部、南都・橿原・五條と仰天続きでもはや驚くことなど有るまいと思っておったが・・・


「赤尾殿、あの大きい船が大和丸ですね。六隻もありますよ、それに熊野丸も十隻以上並んでいます。壮快ですね!!」


「竹中殿、そう声を張り上げないで下され。皆が見ておる・・」


「おお、南蛮船ですよ。一隻・二隻・・三隻もあります!!」

「うん。儂も初めて見るわ、なんと見事な・・・だが声を抑えて下され。恥ずかしいでは無いか」


「ドゴーンッ」と言う腹に堪える音が響いた。すぐ近くだ。


「な・なんだ!!」

「大砲ですよ、赤尾殿。大きな声を出さないで下さい。紀湊には山中国の火砲工房があって大砲などの試射をしているのです」


「・・・さ・左様か・・・」

 全く、竹中殿はどこから仕入れてくるのか分からぬが物知りじゃ。初めて来ると言うのに、山中国の案内をしてくれる程じゃからな。



 山中国に浅井家が出店すると言われたときには訳がわからなんだ。大名家が出店するなど聞いた事が無い。


「赤尾、出店といっても言わば詰め所みたいなものじゃ。兵糧や武器に限らず様々な新しい道具をいち早く手に入れる為だ。特に鉄砲の玉薬や山中銭は山中国で無いと手に入れ難いからな」


 海沿いの国ならば、山中水軍の商い船が来て取引出来るらしい。だが隣国とはいえ浅井家ではそれらの物が手に入らぬ。いや、商家を通じて手に入るが高価なのだ。それで山中国内に出店して直接取引するというのだ。

 それもこれも軍師の竹中殿の献策じゃ。儂が同行したのは、

「赤尾、宿老として竹中に同行して山中国を見て参れ」と殿に命じられたからだ。


「ダッ・ダッ・ダッ・ダッ・ダッ・ダッ」今度は連続した砲撃音?が響いた。


「連射ですよ、連射! 見学させて貰えぬかのう・・・」

「無理で御座ろう。厳重な警戒がされておる」


 広い一角には何重もの塀があり、兵が目を光らせているのだ。

 っと、竹中殿はひょこひょこと門に向かっている。それに気付いた監視兵が出て来た。


「ええい、誰か竹中殿を止めよ!」

 たちまち護衛の者が駆けて竹中殿を引き留めた。


「私は、浅井家の竹中重治だ。佐和山差配・藤内様の紹介状を持っておる。火砲工房の見学を希望する!」

「ああ・・・」


 やってしまったな、大声を出した竹中殿に監視兵は止まり、一人が門内に駆けていった。

 と言う事は見学が叶うかも知れぬ・・・


 門が開き、男達の一団が出て来た。

中央にいるのは、背が高く武威が半端無い男と廻りを固める精悍な男達、まさか・・・・・・


「浅井家軍師の竹中半兵衛殿か、そちらは宿老の赤尾清綱殿だな。儂は山中勇三郎だ。ようこそ紀湊に、火砲工房の見学を特別に許可する。入られよ」


「やはり・・・」

「ひゅーー」

 竹中殿が変な声をあげた・・・気持ちは良く分かる・・・行くか。




駿府 武田信玄


 武田家はやっと海を得た。これからは塩不足に悩まされることも無く、新鮮な魚貝も得られ、海上を通しての交易も出来る。船に乗れば京の都にでも行けるのだ。

 儂は織田軍の撤退を見届け躑躅ヶ崎館に戻り、緒所の配置を整えてから駿府に来た。


 だが・・・想像より駿府は寂れていた。とにかく人が少ない、街行く人が少なく商い店も閉まっているところが見受けられる。



「父上、ようこそ駿府に!」


「うむ。義信、この度は大儀であったな」

「いえ、一足遅く義兄の救出は叶いませなんだ」


 氏真殿と寿桂尼殿の葬儀も終わり国人衆も武田の支配を受け入れたと聞くが、義信も松も妙に沈んでいた。


「富士郡、駿東軍の鎮圧も無事終わったと聞くが、何かまだ懸念があるのか?」


「はい。遠江に出た今川兵らが戻らぬのです。駿州に帰還して我らと共に再興を致そうと使者を送りましたが・・・」


「どういう返事がきたな?」


「駿府に今川家は無い、ならば我らは御屋形様の最後の命に従って遠江を守ると、」


 駿府を取った武田家に敵対するのではなく、遠江を守るか、微妙な言い廻しよな・・・



 駿府が落ちれば遠江勢は瓦解するかと思うたが、朝比奈泰朝の信望は思ったより有ったようじゃな。一時期から松平勢に対して有利な戦をするようになったからな。


「逆に兵の家族で遠江に向かう者が多く人が激減し、それを懸念した商家も流失して街がさびれました。その者達は戦乱を避け山中水軍が守る焼津湊に避難しておりまする」



・・・ふむ、山中水軍か。水軍の無い武田では相手にならぬ。

それに山中国製の安くて丈夫な武器・或いは高価だが強力な武器は戦況を変える。朝比奈の躍進もそれか・・・

松平も伊勢商人を通じて武器を入れている様だが、山中船の来る駿州には及ばなかったと言うことかの。銭の差は戦の勝敗を決めるからの。



「一時期人が減るのは、仕方有るまい。なに、良い治政をすれば自然と人は集る。これから其方らが駿河を義元公の時のように繁栄させれば良いのじゃ」


「ははっ」


 とにかく、兵が戻らぬ人が減り商家が移転するのは誤算だったが、我らは現状から進むしかないのだ。

まずは船だ。船を造って水夫を雇い水軍を作るのだ。それで商いをして国力を増す。船があれば畿内でも南蛮でも海続きなのだ。



遠州・引間城 朝比奈泰朝


松平の攻勢から三ヶ月、駿州からの援軍を得て何とか前線を維持している。その間に内乱で今川家が滅ぶという存外の事が起きた。

それでも多くの者が残って敵と対峙できたのは僥倖だった。それというのも三雲殿の働きで山中水軍の支援が得られたのが大きい。

今は敵も退いて、戦場も落ち着きを取り戻している。


「松平の援軍も殆どが退却し引間城も取り返した。駿州は焼津を除いて武田の傘下に入ったようだ。我らは国を守り維持する為に動かねばならぬ」


 遠江国の家老になった小笠原氏興殿いや小笠原が発言した。国は遠江国、国主は某・朝比奈泰朝が勤め本城は掛川城だ。


「兵の家族がこちらに居住を希望し、その内の半数ほどは焼津湊に留まっている。この季節、住む家が無ければ移転が出来ぬ。まずは建物だ。移住者に土地を与え仮小屋を作る、これは殿と久能が担当する」

「畏まった」


「伊丹と興津の水軍は、御前崎に入り拠点を作ると共に、駿府からの人と荷を運び焼津湊から物資を運んでくれ」

「承知」

「畏まった」


「岡部は水軍大将として両者を管轄して、天竜川・太田川より物資の供給と防衛を担ってくれ」

「承知」


「儂は当分、ここ引間城で前線を維持する役目だ。折をみて交代を頼む」


 うむ。数千の兵の家族を受け入れるのは大変だが、人は国の力だ。米を作り商いをして銭を産み出す。産物を作り銭を稼がねば戦に負ける。これからの戦は特にそうだ。

 駿府から持って来た五十丁の火縄銃は前線を押し上げる原動力になったが、これを使うには高価な玉薬が必要なのだ。武田はこれを五百丁、織田には一千丁もあるというのだ。

それなのに栄華を誇った今川は掻き集めても五十丁とはな・・・



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