第230話・三好Vs上杉連合 車掛りの陣。
永禄七年(1564)九月 天王山 山中勇三郎
激しい火縄銃の音で戦が始まったことが分かる。勝竜寺城を囲んだ高島佐々木隊の銃撃音だ。
俺は杉吉と共に天王山から見物をしている。周囲は斥候隊が何重にも囲み、背後には二連装短筒を装備した二百の護衛隊が潜んでいる。
「三好方の目論見は裏目に出ましたな・・・」
「うむ。だが攻城方が佐々木隊で無ければ危うかったぞ」
岩成友通が勝竜寺城に籠もったのは、敵勢を割る為だろう。おそらくは半数は引き付けるつもりだったろうが、だがそれを囲んだのは武田と佐々木隊の一千で籠城兵と同数だった。
ならば籠城衆は有利な城からの攻撃でそれらを倒して、敵本隊の背後からの攻撃を狙う策を取るだろう。
ところが佐々木隊の半数は鉄砲兵だ。調練を重ね実践で大勢の朝倉勢と戦った熟練兵だ。彼らは迎撃しようとする城兵を狙い撃ちにして、出撃しようとすれば連続撃ちで圧倒するだろう。
つまり両勢とも同勢を割った「おあいこ状態」だが、三好方の目論見は外れて攻める上杉方が若干有利になったか。
「松永殿が出ましたな・・・」
淀川を渡った松永隊は三千兵だ。柳生隊と楠木隊を加えて歴戦の弾正殿が指揮を取っている部隊が三好隊の側面にゆっくりと移動している。
こちらも複数の火縄銃が煙幕を張り、堪らずに三好隊の一部が突撃した。
「三好勢を迎えて、前衛に柳生殿と楠木殿が出ましたな」
「これは見ものだな」
戦から遠ざかっていた柳生家は、戦の勘を取り戻すためか当主・宗厳どの自ら精鋭を率いて参陣していた。
柳生家二十五万石。本拠地を伊賀上野に移した柳生家は、内政に驀進して石高も倍増していた。戦も無くなったために兵数をかなり抑えて全てを常備兵として、貧しかった伊賀が民も安心出来る兵役の無い豊かな国になりつつあった。
一方の楠木家も南河内・水分けの里から和泉に進出して、一挙に倍増した領地は二十四万石。南河内・和泉と戦乱続きの土地で兵はまだ少ないが、山中兵との調練を経験した者が多く強力な部隊となっている。
松永隊の左右に並んだ両隊は突撃してきた三好隊を柔らかく受け止めた。受け止めてそれを倒すと、前後が交代して次の敵に当たったようだ。次の敵を倒すとその場で兵が交代して前には進まない、まるで調練のような動きだ。
精兵二隊に阻まれて、前進できない三好勢もその場で止まった。両隊は間を開けて睨み合っている。それはおよそ戦場の動きとは違う光景だ。
今回の攻撃の主攻は上杉隊で、ここで松永方が敢えて突撃して三好隊を壊滅する必要は無い。それであればもっと多くの兵を連れてくる。今回弾正殿が指揮する松永勢は、あくまで上杉方の助勢に徹するつもりなのだ。
またそれは俺の意志でもある。畿内を席捲した三好隊は、畿内以外の者の手によって撤退すべきだと助言した。かつての配下や麾下の者が追い出すと戦国乱世がうち続くという気持ちになると考えたのだ。
何となくだけどね・・・
さらに一層連続した火縄の音が戦場に響いた。遂に堪りかねた勝竜寺城の城兵が出て来て、高島佐々木の鉄砲隊による連続撃ちが始まったのだ。山中兵の厳しい調練を受けた高島鉄砲隊は見事な連続射撃をこなしていた。
「おっと、公方様の御近衆が出ましたぞ」
「うむ・・・」
上杉隊本隊の近くに居た近衆隊が突如として突撃した。なかなかの動きだ。恐らくは「上様の仇」とか言って駆けているのだろう。周囲の味方の優勢なことを知っての事だろうが・・・
三好勢は近衆勢を避ける様に割れて、そして飲み込んだ。見事な采配だ。三好兵は弱くない。間違い無く畿内を制圧するほどの強さを持っているのだ。飲み込まれた近衆隊が吐き出された時にはその兵は半減していた。
「何だったので?」
「上杉殿の指図とは思えぬ。近衆らが何か勘違いしたか・・・」
「ドン・ドン・ドドン」と不意に太鼓が響き渡り、上杉隊が隊列を変えた。
二百五十ほどの部隊が三列三段に分かれ、そのままゆっくりと前進した。本隊の上杉勢の攻撃が始まるのだ。
上杉隊先頭が三好勢と激しくぶつかった。「ゴン」と音が出るような勢いだ、その勢いで前衛を一気に崩すと不意に左右に開き、そこに後続が突っ込んだ。
後続はその勢いで三好勢の前衛を押し込んだ。左右に開いた隊は素早く後退してくるっと回って最後列に付いた。回ったのは最短距離で動き、部隊の前後が交代したと言うことだ。
などと思っていると突っ込んだ部隊も左右に開き、そこに新手の後続が勢い良く突っ込んだ。開いた部隊はやはり、後退してくるりと回って最後列に付く。
「ほう、流石の動きですな」
「うむ・・・」
これが上杉の車掛りの陣か・・・、なかなかの突貫力だ、これを受けたくは無いな。三列で前後が入れ変わる、つまり六回の突撃で一回の受け持ちだ。それならば体力を温存しつつ思いっきり当たれるな。
実は俺、これを見たかったのだ。その為に足を運んで来た。この時代の最強を誇る上杉と武田の戦、これはなかなか見物できるものでは無い。
この状況で三好が武田ならば鶴翼の陣で包み込もうとするだろうな。部隊を柔軟に動かせるのが武田信玄なのだ。
上杉の攻撃は想像以上に強力だ、三好方は見る間にその数を減らした。だが三好も前衛を入れ替え、数にものをいわして包み込む戦法で持ち直した。包み込む事で上杉方の交代をも圧迫して拮抗した戦いになっている。
そこに松永隊が突っ込んだ。三好方の注意が上杉隊に向いていた時を掴んだのだ。流石は弾正殿だ。
膠着している側面からの攻撃に三好隊は揺れた。それを見逃す上杉では無い。一団となった鋭い攻撃で敵中深く突っ込んだ。
それで趨勢は決まった。
その攻撃で散らされた三好方は、後退して纏ろうとするも上杉・松永の攻勢に叶わずに敗走に移ったのだ。
「終わったな・・・」
「・・・終わりましたな」
半日ほどの戦いで三好方は敗れて撤退していった。上杉はこれを追ってゆく。恐らくこれで三好方の畿内の拠点は失われただろう。「天下の副王」と呼ばれた三好家の栄華は終わったのだ。
「さて、大和に戻るか」
「忙しくなりやすね」
「・・松永殿がな」
「さいでんな、ガハッ」
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