第198話・真柄隊・居残る。


十二月四日 野瀬砦 真柄直隆


 攻城隊の敗戦を知った。それも今まで聞いた事の無い様な屈辱的な負け戦だ。村長や喜左衛門どのが言う事に間違いが無いのは、本隊から来た伝令に聞いて分かった。


 負傷者の手当てと死者の弔いが済めば軍は帰路に着く。だが峠は既に深い雪に閉ざされている。敦賀まで一日で戻れる場所まで退いて雪が溶けるのを待つ事になる。

まだ根雪では無く日よりで雪が溶けて、街道を通行出来る日もある筈だ。それまで兵たちは屋根も無い場所でする事も無く過す事になる。五日か十日か、或いはひと月も先かも知れぬ日を待って無為に過すのだ。



「皆の者、聞いての通りだ。木之本辺りまで戻って峠が通行出来るのを待つ事になる。だが同じ近江とは言え、木之本とこことでは気候が違う。雪中、屋根の無い所で何日も待つ事になる」


 ここらは二日ほどの晴れ間にもう雪が溶けているが、眺める北近江の山と平野はまだ真っ白だ。あっちに比べて穏やかな南近江の気候が一目瞭然なのだ。


「隊長、それまでここに居られるだか?」

「うむ、どうせ船を使うのならば、雪が溶けた時に一気に塩津湊まで行けば良い」


「ここに居て、山中隊に攻撃されねえだが?」

「喜左衛門どのが言うには、領民に害が無ければ無視されようと」


「兵糧が無えだ」

「問題はそれだ。本隊から送って貰ったのは、当座を凌ぐだけの量だ。本隊の兵糧も切迫しているのだ。兵糧も喜左衛門どのらに相談しよう」


 いざとなれば武具を売っても良い。少数では戦っても勝てぬし、それよりは飯の方が大事だ。南近江は普請の最中で、我らでも人夫として働き場があるならば出ても良いと思っている。


越前では考えられぬが、村長や喜左衛門どのの話と村人との付き合いで、山中国ではそういう事も可能かも知れぬという感触を皆が持っていた。今でも敵地なのに食べ物を貰ったお礼に、畑仕事を手伝ったりしているのだ。


我らとて武器を置けば、敵兵でなく只の旅人ということだな・・・


「おら、ここがいいだ。敦賀に戻っても、越前の在所までは戻るのは無理かも知れねえ。敦賀では居場所が無えだょ・・・」


「おらもだ。ここで冬を越えて、帰るのは春で良いだ」

「おらもだ」


「ならば兄上、ここに残ると決めて、村長と喜左衛門どのに相談すべし」


「うむ」


 某もそうしたいのだ。朝倉隊の中に何やら良からぬ噂が流れている。無理な出陣や圧倒的な敗戦、兵糧不足が疑心暗鬼を産んでいるのだ。長い事雪の中に閉じ込められたならば、その不満が暴発しかねぬ。

某はそんな場所に居たくない。それに、武芸の達人とやらに手合わせをしてみたいのだ。




十二月七日


「山中隊来ます!!」

という見張りの報告が砦中に響き渡った。


「数は!」


「およそ百!」


 百だと、ならば攻撃というのでは無いな。使者にしては多すぎるが・・・


「皆、装備を着けて外に並べ、急げ! 」

「おお!」



砦の外に整列して山中隊を待つ。村長らに佐和山城との交渉を頼んでいたのだ。領民に乱暴はしないので雪解けまでの滞在許可と食料か仕事の斡旋をと願っていた。


(馬で引く荷車の数が多いな・・・)

騎乗の一団の後に十数台の荷駄が続いている。その後に百ほどの兵、整然とした動きに熟練された精強な兵だと見て取れた。村の入口付近に止まると一騎が駆けてきた。


「某・山中隊・中隊長で佐和山差配・藤内宗正が配下の津賀田市兵衛で御座る。真柄直隆殿と直澄殿で御座るか?」


「左様、某が真柄直隆でこれは弟の直澄だ。津賀田殿の砦を勝手に使って申し訳御座らぬ」


「うむ、事情が事情だけに致し方がなかろう。それに某は既に領地を返上しているで砦は山中国の所有だ。この度の貴殿らの申し出の滞在は、佐和山差配の藤内様が許可なされた。よって砦に住むのは構わぬ、食料は取りあえず米百石を貸し与える事になった」


「ご厚意・誠に忝し」



 津賀田殿が合図をすると、荷駄がこちらに進んで来て砦の門前に止まり、それを喜色を浮かべた兵らが手分けして砦内に運び入れはじめた。

それを眺めている内に山中隊が傍まで進んで来た。騎乗の者達は一目で手練れと解る一団だ、その中心にいるお方が進み出て馬を降りた。



「真柄殿か、某・佐和山を預かっている藤内宗正と申す」


「これは、失礼仕った。拙者が真柄直隆で御座いまする。我らが侵攻して来たのも関わらず、この度のご厚意、誠に忝く思いまする」


「うむ。礼の言葉、藤内たしかに承った。ところで折角の機会だ、我らと稽古をせぬか?」


「稽古で御座いますか。それならば望むところで御座る」



 更に荷駄が引かれて来て、それに積まれていたのは稽古用の棒や槍であった。これならば相手を傷付けずに稽古出来る。相手を傷付けるのは未熟である故なのだ。


「某、松山右近と申す。次郞太刀・真柄直澄殿に一手ご指南頂きたい!」


「心得た!」


 直澄と松山殿が得物を持って対峙した。長身の直澄に対して小柄な松山殿、見たところ大人と子供だが、松山殿のどっしりとした腰つきは相当な研鑽を積んでいる事を表わしている。

 さて、どっちが勝つかのう、うむ、直澄の方が若干押されているな、さすがに藤内様配下の者だ。後々の対戦が楽しみよのう・・・



 結局、直澄が藤内様配下の方々七名のうち、勝てたのは三名じゃった。その内お二人は元六角家家臣の津賀田殿と池田殿だった。


 某は何とか全員に勝ったが、松山殿と後藤殿とは次に戦えばどうなるか解らぬほど拮抗していたわ。藤内様には勝てぬ、さすがに達人・次元が違う。とてもじゃないがどうやっても勝てる気がせぬ。某は一から修業し直したいと思ったわ。


その後、兵五十で集団模擬戦もした。これには噂に聞く山中隊の強さが身に染みた。自慢の我が隊が、まるで相手にならぬのだ。

まったく、これでは戦にさえならぬわ。某が井の中の蛙であったと身に染みて解った日であった。




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