第195話・朝倉軍の総攻撃。
永禄六年十二月一日 佐和山北城西攻撃隊 魚住景固
我らが船を集めている事を知った山中隊に動きがあった。陣城にいた二千ほどの兵が南の佐和山城に移動したのだ。
真柄隊上陸の効果はこれだけでも充分だ。陣城守備兵は三千五百兵となり、ここから左右の隊で一千も引き出せば、残る守備兵は三千に足らぬ。
そこへ我らの攻城隊、正面三千・左右二千の七千兵で数にものを言わせて柵を越えれば良い。
引き出した城兵が逃げ帰るのに付け込めればもっと簡単だ。城はあっと言う間に落ちるだろう。その勢いで佐和山城に侵入すれば良いのだ。
勝ちが見えた。
「梯子を出せ、川に架けろ!」
陣城の左角から右角にと弧を描く様に川が流れている。幅二間に足らぬ小さな川だ。正面の弧状地には数百兵の展開が出来る広さがあり、左側は街道や荒れ地が広がっていて、三千の隊が余裕で通れるだろう。
だが我が隊の進路の右側は、川の手前に山があり狭い場所を通らなければならぬ。
弓矢による攻撃を避けるために陣城から出来るだけ離れた山際を進み、川に何重にも梯子を架けて一気に渡るのだ。
「行け、途中で止まるなよ、速さが勝負だ、どんどん行け!!」
山中隊は、川を渡る隙を待っているのかも知れぬ、だがその手はくわぬぞ。山中隊は弓兵が多いと聞いたから大量の矢除けを作って来たのだ。
兵の動くところに常に矢除けを置く。その為に工夫を重ね、素早く展開出来る自慢の軽量矢除けなのだ。
「隊長、無事渡り終えました!」
渡り終えた兵が湖水を背に陣城に向かって、三百の隊九つの方形陣に並んでいる。方形の陣は攻撃にも防御にも強く、状況に応じて変化自在・某が最も好きな陣形だ。
ここから見る陣城は、正面と同じ広い幅がある。只、一番南の一角がへこみ大手門となっている。大手門の上も同じ様に柵が立ち並ぶ珍しき造りだ。柵までの高さは三丈ほどで、大量に作った二間の梯子を繫げば登ることができる。
「攻城隊、進め!」
一千の隊が二つ、矢除けを前面に梯子を持って進む。直前で百名の二十隊に分かれて一斉に城に取り付く。
「二列横隊で南下する」
「二列横隊、南に向かう!」
本隊を真ん中に百名の隊十隊が二列となって南に動き始めた。陣城からの追撃がなくとも南下して、佐和山の城兵を誘い真柄隊と合流する。
「隊長、陣城の城門が開きました。敵が出て来ます!」
「よし、敵に向かって方形を取れ」
「敵に向かって方形に移行せよ!」
大楯を前面に駆け足で進んでくる敵は、真っ直ぐこちらに向かってくる。その淡々とした動きが精強な兵である事を感じさせる。先頭以外の山中隊はびっしりと長い棒を立ち並べている。
(?? あれは棒なのか・・・槍には見えぬが・・・)
「敵勢、およそ五百、間も無く接近します!」
山中隊は指呼の間に停止すると、こちらと対応するように前面は横に三隊になり、後列は中央二列縦隊に実に淀みの無い動きで変化した。最後尾の隊に四つ葉紋が翻っているが、将の名は分からぬ。
「朝倉軍副将・魚住景固殿とお見受けする。某、山中軍隊長・松山右近で御座る。ここで会ったのも何かの縁、一人残らず突き倒して御挨拶に致す!!」
「おう、松山右近殿。魚住景固、しかと承った。存分にお相手する!!」
某、何か楽しいような気持ちになった。この松山という男は良い男であろう。別の場面であったのならば、じっくりと酒など酌み交わしてみたい。
「掛れ!」
「前面は突撃。三段目は側面に出よ!!」
良い男だといっても戦いは容赦をしない。倍の兵で包み込んで松山の首を取る!
・・・その時凄まじい音が響き渡り、陣城が硝煙で消えた。
無数に立て掛けられた梯子、転がり落ちる兵。矢除けの後で敵に応戦している弓兵も仰け反っている・・・
「何だ?」何が起こっているのだ・・・
「一段目壊滅しました!!」
「殿、ご指示を!!」
という側近の山道の大声に我に返った。
見れば一段目の三隊が消えている、皆倒れているのだ・・・
さらに敵が二段目に突き掛っている。
「怯むな、敵は竹槍ぞ!」
「槍先を揃えて叩き落とせ!」
「叩き落として突き込めぃ!」
部隊長の大声に敵の竹槍の何割かを叩き落とした。素早く突き込むが届かない。その槍をかいくぐって竹槍が槍隊を襲う。
仰け反る兵、倒れ込んだ兵が邪魔で槍衾が乱れる、そこに一斉に突き出される竹槍に為す術も無く数を減らしている。
何という・・・
三段目は?
回り込んだ三段目は期待通り後続の本隊に迫っている。あの本隊を倒せば勝ちだ。まだ勝機はある。
「固まれ、本隊を中心に固まるのだ!」
「固まれ!!」
二段目の半分ほどが後退して本隊に合流した。それを敵の三隊が素早く包囲してきた。
こちらと敵とは同数か、
だが圧倒的に押されている・・・
なんて事だ、数の優位があっという間に消えているのだ。
ん、攻撃して来ないのは何故だ?
「魚住殿、参る!」
敵の中央が開き松山殿の声と共に衝撃が来た。松山殿の隊が本隊を囲んだ三隊を突き破って、こちらに突っ込んで来たのだ。
こちらは三百、対して敵は僅か百だぞ。
「負けるな、敵は少数だ。突き返せ!!」
「竹槍を逸らして突き込め!!」
しかし敵の凄まじい突撃に、こちらは次第に数を減らして行く。何度目かの衝撃のあと、某に向かって丸い竹の先が来た・・・
「殿、お気付きになられましたか・・・」
側近の山道の顔が上にある・・・ここは、どこだ?
そうだった戦場だ、
北近江の戦の最中だ、
敵と戦っているのだ・・・
慌てて体を起こす。
目にしたのは一面に倒れている兵。半数の者が半身を起こしている。立っている者もいて兵たちの様子を確かめている。
もう戦の響めきは無い。戦は終わっているのだ。
我が隊は負けたのだ。圧倒的な敗戦だ、負けたのに生きているのは敵が竹槍だったからか、何故首を取られなかったのだ・・・
「みな、生きているのか?」
「はい。我らは・・・」
『我ら』、その言葉に、攻城隊の事を思いだした。
攻城隊はどうしたのだ、たしか無数の火縄の轟音がしていた、
「ああぁ・・・」
そこに見えたのは絶望であった。
陣城に無数に立て架けられた梯子、だが一段だけで二段になっているのは無い。そしてそこに立っている兵の姿は無く、地面に倒れている無数の兵・・・
「・・・攻城隊は全滅したのか」
「いいえ、あそこにおりまする」
山道の目線の先、そこは陣城とは反対側の湖水の方向。そこに固まっている兵の姿が幾つもあった。
「どれ程生き残ったのか?」
「我らに死んだ者はおりません。攻城隊は七・八割が岸辺に逃げておりまする」
生き残ったのが八割としても四百名が死んだのだ。それも山中隊は無傷でだ。
朝倉軍ではまるで相手にならぬ。我らは相当に手加減されてこの結果だ。それははっきりと分かった。
「朝倉隊に告げる。しばらくは攻撃をせぬ。傷付いた味方を運ぶが良い!」
「味方の兵を運び、弔いをするが良い。山中隊は攻撃をせぬ!」
戦場に陣城からの声が届く。山中隊は傷付いた味方を連れて帰れと言っているのだ。
ここは屈辱だが、すぐに手当てをすれば助かる者もいるだろう。
・・・・・・ううむ、ならばそうするか。
「山道、戦は終わりだ。皆を起こし手分けして負傷者を連れて帰る」
「畏まりました」
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