第194話・山中隊の軍議と開戦。


永禄六年 十一月下旬 佐和山北城 松山右近


 北半里に布陣した朝倉隊、さすがに一万を越える軍勢は迫力があるわい。ここ数日梯子やら矢除けの城攻めの道具を盛んに拵えていた。そして湖水に無数の船が集っている。

 正面から城攻めをして、背後に上陸して攪乱しようという策だ。


 マジか?


 上陸すれば四面楚歌だ。包囲殲滅されるのがオチだぞ。しかし大将がたまに使うマジとかオチとかいう言葉は儂にあっているわ。


「朝倉の輜重隊が来たようです!」


 うむ、北国街道を荷駄が来るのが見える。馬に引かれた荷駄が延々と続いている。兵糧が少ないらしい朝倉隊もこれで一息ついたな。

 と言う事は間も無く攻めて来る。



 その夕には盛大な炊飯の煙が上がった。明日、敵の総攻撃が行なわれると言うことだ。

我らも同様に準備をした。飯を炊き握り飯を作る。玉薬や矢の確認に槍や刀の点検をする。なにせ敵は一万を越える大軍だ。槍や刀も折れるかも知れぬし矢玉も大量にいる。

 だが、皆嬉しそうだ。目が輝いている。怯んでいる者は一人もおらぬ。近江に来て戦が無かったからな。日頃の鍛錬の成果を試して見たいのだ。儂も楽しみでしょうがないわい。



「朝倉隊は総勢一万、それに浅井隊が二千、これは民兵と負傷兵が多く後方支援に徹するらしい」


 軍議で藤内中隊長が説明している。顔ぶれは中村殿・東郷殿・武藤殿・津賀田殿の藤内四天王に、池田殿と目賀田殿、某と中隊長の八名だ。


「朝倉隊の目的は、佐和山の城を落として南近江に突入する事。我らはそれを阻む事、追撃は無用だ。敵将の首などいらぬ。特に朝倉義景は討つな、これは全部の兵に伝えよ」


 中隊長の話は単純明快だ。生死を彷徨ってからその傾向が強くなったようだ。配下としては悩む必要が無くやりやすい。


「おそらく二・三千の勢が三隊ほど、正面・側面から攻め、かつ城兵を引き出そうとするだろう。別動隊が船で背後に上陸して来ようが、これは無視して良い」


「その理由は?」


「上陸隊の目的は、城兵の分散と近江国人衆の取り込みだ。敵中に橋頭堡を築こうというからには決死の覚悟で来るだろう。すぐに相手をせずにその覚悟をいなすのだ。ただ籠もるだけならば害は無い、放って置けば良い。ついでに国人衆の中から鞍替えする者を観ようか」


「成る程、相解り申した」


「他に質問はあるか?」


「その決死の覚悟の将は分かり申すか?」


「うむ、真柄直隆という将が手を挙げたと聞いた」

「な・なんと・・・」

「うぬぬ、さすがに太郎太刀!」


 おっと、池田殿と目賀田殿が唸っている・・・太郎太刀とはなんぞ??


「真柄とはどういう男で御座るか?」


「松山殿、真柄直隆は黒鹿毛の馬を乗りこなす大男で、得物は刃長六尺に届こうという太郎太刀という大業物、それで敵を薙ぎ倒す、一言で言えば豪傑・いや化け物とも申せましょう」


「六尺の太刀だと・・・中隊長、某に真柄の相手を!」


「右近、逸るな。上陸隊は放置するしお主には別の働き場がある、良いな」

「はっ」


「他に?」

「中隊長、此度は本気で相手をするので?」


「左様、城攻めする敵には手加減する必要は無い。迷うことなく敵の屍の山を築け」

「「はっ」」



「では分担を言う。北城は東郷・津賀田・後藤・松山・中村が兵三千五百で迎撃する。大将は中村、副将は松山でやり方は任せる。良いな」

「「「はっ」」」


「千や二千の部隊が通り抜けても気にしなくとも良い、存分にやれ。南城は、某と池田・目賀田が入り、残りの兵を指揮する。良いか」

「「はっ」」




永禄六年十二月一日 佐和山北城 松山右近


 朝倉隊との戦がついに始まった。

兵を満載した船が北城近くの湖水を南下しているのが見える。我らを動揺させ守備兵を分割させたいから、わざと見えるように動いているのだ。

 だが山中隊はすこしも動じていない、その手は喰わないぞと。敵にしてみればさぞ張り合いの無いことだろう。


某はそんな事より、七尺を超えるという大男と太郎太刀という長大な刀との闘いを考えていた。そのような太刀と打ち合えば槍が折れる。まともに受けてはならん、勢いを反らして流すだけだ、しかし大男で懐も深ければ得物も長大で付け入る事がムズイ。


 どうすれば…


「隊長、何をお考えで?」

「おう五百家、丁度良い、相手をせよ」


 五百家に二間稽古槍を持たせて刀の様に振らせる。某は一間棒を槍に見立ててそれを受け流して付け込む工夫をする。だが、五百家も中々の手練れだ。そう簡単には行かぬ。いや、全くつけ込めぬ。

 うぬぬ、太郎太刀の真柄はさらに格上だろうな…某ではとても…大将や藤内殿ならどう動くのか…


ううむ、分からぬ…・・・・・・




「敵が向かって来ます!」


 トン、トン、トンという進軍太鼓が響くなか、三隊に分かれて左右に広がった朝倉隊がゆっくりと進んで来る。

後方に残るのは当主義景とその旗本隊だろうと思われる僅かな人数だけだ。湖岸にも数百の一隊がいる、これは船で後方に渡る隊だろう。少し離れた後方にいる浅井軍は動いていない。


つまり攻撃してくるのは朝倉隊だけだ。この北城を中央と左右からの三隊で攻める、そして左右の隊から分かれた一隊が領内に侵入して船で渡った隊と合流すると言う手だ。まあここを攻めるとしたら、それしかない。

木や竹を編んだ大量の矢除けと梯子を準備していた。北城の高さは三丈(9メートル)ほどで4間(8メートル)以上の梯子があれば登ることはできる。


「我らは予定通りの配置だ。中央は某の本隊が、東郷隊は右、津賀田隊は左。松山隊は大手、後藤隊は搦め手にすぐに移動できるように待機せよ!」


「「おおお!!」」


 北城は湖側に大手門がある。搦め手門は反対の東側だ。どちらも掘り込んだ地下に城門があり、城門を閉じればただの壁となる。山中国の城の中では多門城と似た構造だ、つまり城門を攻めて打ち破るのはかなり難しいのだ。


「敵右翼は大将の山崎殿、左翼は副将魚住殿、中央は侍大将・前波殿と近衆筆頭・高橋殿です!」


 朝倉隊は矢除けを全面に押し出して来ている。ああいう矢除けは初めてだが、うちの弓矢は短弓で威力が落ちる故十分に効果があろう。

 さすがに畿内にも名が聞こえる朝倉だな、装備に工夫が見られる。だが、火縄銃の威力の前には役に立つまいな、それに矢は空から降って来るのを知っているのかな…


「津賀田どの、ここはお手並み拝見だな」


「ご心配なく、右近殿の分も残しておきますぞ」

「是非とも頼む。ここで出番無くば死んでも死に切れぬ」


「出番が無いのに死にませぬぞ、わっはっは」

「そうだな。ぐわっはっは」


 津賀田殿は百丁の火縄銃を三段に並べている。その後方が弓隊二百だ。彼らは隙をみて空に矢を放つ。攻城矢だ。調練で鍛え上げられた山中隊の攻城矢は脅威だ。実際、火縄銃と弓隊の迎撃が一巡しただけで敵は敗退しかねぬのだ。


「おっと、右近殿の心配も杞憂に終わりそうですな…」

「ふむ…」


 敵左翼は川を渡った所で二つに別れた。真っ直ぐ城に向かってくる二千とそのまま南下しようとする一千だ。


 なるほど。城を迂回して領内に侵入するぞ、それが嫌なら打って出よと言っているのだ。打って出ればそれだけ城の守備兵が減る訳だからな。実際に城兵三千五百になり、その内の五百二隊が出撃する。

 だが心配しなくとも良いぞ、魚住殿。すぐに某が息の根を…いや将の首などいらぬのだ、叩き伏せてやるわい。


「ものども、我らの獲物が確定したぞ。喜べ!!」

「「おお!!!」」


「ドンドンドンドンドン・・・・・」と太鼓の音が乱打されると、

「オオオオォォォォーーーー」という敵の兵の響めきが地鳴りのように伝わって来た。さすがに一万兵だ、その波の様に聞こえてくる声も迫力があるわい。


正面の敵も川を渡って土塁に取り付いたようだ。


「我らも出るぞ!」

「「おお!!」」


「門を開けろ!」

「開門!!」


「ウヲオオーォォォォォンンン…」

門が開くと一段と高い戦場の音に満ちた。


「出陣する。声をあげろ!!」


「「「おおおおお!!!」」」


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