第178話・動揺する六角国人衆。
十月二日 信楽・小川城 多羅尾光俊
「殿、山上口から山中隊約五百がこちらに向かっています!」
「分かった。支度を急げ!」
「はっ」
それにしても山中の動きが速い、速すぎる。観音寺城で騒動があったのは昨日の朝だ。それが今日の早朝に侵攻してくるとは・・・・・・
義治様の所業は儂にとっても驚愕する事だったが、山中は予めこうなることを予測して準備していたのだろう。
こうなってみると布勢殿が暗殺されて儂も出仕を控えていて良かったわい。観音寺城にいると儂も巻き添えを喰らったかも知れぬ。やはり布勢殿が殺されたのも義治様の仕業か・・・・・・
とにかくここは耐えるしかない。
籠城しておれば他の国人衆らが結束して侵略者の山中を追い詰めるだろう。幸いにも兵糧は充分にある。問題は山中領での乱取りで百もの兵を失った事だ。その大きな痛手はそのままなのだ、今の全兵力は三百ほどしかいない。それでも籠城ならば問題無かろう。
「山中隊、三里先の故宮まで迫りました!」
「うむ、集った兵はどれ程だ?」
「集った兵は、約二百です」
「・・・それでは足りぬ。とにかく戦える者を全て城に入れるのだ!」
「はっ、城下に兵を出して民を徴集します!」
山中隊が来はじめてから早馬を出したのだ。遠くの村々の兵は間に合わぬか。代わりに城下の民を掻き集めればなんとかなろう。戦に慣れぬ者でも籠城戦ならば使えよう・・・・・・
「山中隊、あと一里、半刻で来ます!」
「兵はまだか!」
「申し上げます。民の徴集に出した兵が山中隊と遭遇して交戦中!」
「なんと・・・」
「城下に出した兵が蹴散らされました。まるで相手になりませぬ」
「なんと・・・いま城にいる兵は?」
「約百です」
「百・・・、とにかく戦闘配置に付け。急ぐのだ!」
「はっ」
十月三日 近江三雲領手前の間道
「義治め、何という早まった事を!! 」
観音寺城を逃げ出して南下している承禎(六角義賢)は、憤りが止まらなかった。諫言されるのが嫌で先代からの重臣である後藤を手打ちにするとは、まさしく言語道断だ!
その行為に家臣どもが次々と城を下り、叛意を表わして兵を集めて観音寺城下に集ろうとしていた。
大なる危険を感じた儂はすぐに観音寺城を出た。
今頃、観音寺城下は彼らの兵で囲まれているだろう。ここはひとまず三雲方に退避して、ほとぼりが冷めるのを待つしか無かろう。
まったく儂は倅の育て方を間違えたわ。先代様に申し訳のしようも無いな・・・・・・・・・
「承禎様、この先、三雲領に入れませぬ!」
「何だと、どう言う事だ?」
「三雲殿は、山中に同心すると申しており、我らが入るのを拒否しました」
「・・・まさか」
「そのまさかです。思えば三雲殿はご当主に嫌われて出仕を辞めておりました。その結果だと思われます」
「・・・義治めが、ここでも祟るか・・・」
「如何致しましょう?」
「この辺りで受け入れてくれそうな者は誰じゃ?」
「三上・青地・鯰江殿らの国人衆はおりますが、山岡殿は山中に付いた様です。いつ誰が六角家に叛旗を上げるかわかったものではありませぬ故に、もはやここ南近江に居ては危のう御座います。湖を渡り朽木から将軍家を頼られたら如何かと」
「近江守護の儂が近江には居られぬのか、又戻って来られるかのう?」
「・・・・・・」
承禎の問い掛けに家臣は答えられなかった。それがなによりもその問いに対する答えを示していた。
十月四日 近江中野城 宗智(蒲生定秀;先代当主で出家)
「賢秀、状況は掴めているのか」
「はい、おおよその事は判明しております」
義治様が起こした観音寺城の騒動から三日経った。その当人が側近の者らと中野城に逃げ込んできたのは二日目の夜で、先代の義賢様は既にいずこかに逃げ去っていたと言う。
「次々と入って来る報告は、近江六角家が危うい事を示しております」
「・・・左様か。六角が滅ぶか、あの強大な六角家が一人の阿呆の短慮で・・・蒲生の力で何とかならぬか?」
「この騒動に侵攻して来たのが浅井ならば、我らの力で何とかなりましょうが、山中では・・・」
「浅井はどうした?」
「浅井はまだ動きがありませぬ。おそらくはこの騒動がまだ伝わっていないのかと思われます」
「ふむ、三日経っても浅井に伝わらないのに、山中は翌日に大軍を入れてくるか・・・」
「はい。報告では佐和山城の北に山中が大規模な陣城を築いていると。これでは浅井に伝わっても、もはや南近江には入れませぬな」
「南にも大規模な陣城を作っているという、山中は恐ろしいな・・・・・・」
「はい、我らの想像を遥かに超えた者達です」
「ならば義治様と領地を差し出して山中に臣従するか。さすれば蒲生は生き残れるだろう、最近の不甲斐ない六角よりは山中の方が遥かにマシだろう」
「しかし窮地に陥り我らを頼ってきた者を差し出すことは出来ませぬ。それは我らの精神に反し武家としての矜持を失うものです」
「全く厄介な者が転がり込んできたな。しかし放逐することも出来ぬとは、面倒なものよ、ならば敵わぬまでも山中と戦って家臣や家族共々滅ぶか」
「山中の出方によってはそうなりましょう。父上も御覚悟を」
蒲生家は六角家家臣の中で最大勢力を誇りながら、律義を主とする家風であった。阿呆と馬鹿にしながらも逃げて懐に入った主君を保護して、その為に山中家との戦いを一族壊滅も予想しながらも選択したのである。
十月四日 近江三上城 三上恒安
「三上殿、某はこれより新藤殿の木浜城に向かう。ご一緒に如何か?」
隣人の永原殿が来られてのお誘いだ。
観音寺城でご当主の義治様が家臣筆頭の後藤殿父子をお手打ちになされた。それに家臣一同が一斉に叛旗を上げて兵を集めた。
某も同様である。最後まで諦めずに諫言を行なっていた忠臣の後藤殿を謀殺するとは全く許せぬ。
廃嫡され国外追放されて当然の横暴である。
だが、その機に乗じて大和の山中が兵を入れてきた。いち早く叛意を表わした後藤家救援の兵を縁者の千種殿が率いてきたのだ。
それだけでは無い、
『山中国が乱れた近江の鎮圧に入る。国人衆はこれに臣従するか戦うかを選ぶ事』
という通達と共に東海道を数千の山中隊が侵攻して来て、我が領の目前の石部宿に陣城を築き始めたのだ。それに三雲・山岡らが合流して周辺の国人は激しく動揺している。それで永原殿のお誘いだ。
だが、新藤殿に合流してどうするのだ。
山中隊と戦うか、それは分かる。山中隊は隣国からの侵入者だ、戦って追い返すのは当然の事だ。
だがそれが叶った時にどうするのか?
まさか新藤殿が六角家に取って代わるわけにもいくまい。御次男の義定殿を推して六角家の再興か・・・それならば今と対して変わるまい。
いや今回の事で弱体した六角家では、もはやこの先は危うかろう。そもそも山中隊に勝てる可能性は極めて低いのだ。それに山中国の治政は素晴らしいという評判で民はみな、山中国になって欲しいと願っている事を知っているのだろうか・・・
「……いや、某はもう少しここで流れを見ていることにする」
「左様か、危うくなったのならば、すぐに参られよ・・」
某は烏合の衆に加わらずに、ここで時の流れを、六角家滅亡の流れを見ておる事にした。
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