第179話・佐和山城の苦悩。
永禄六年十月五日 後藤館 山中勇三郎
「後藤高治で御座います。こたびは早急に援軍を寄越して頂き真に忝く、某、山中様に臣従致したく、叔父同様宜しくお願い致しまする」
「うむ。高治殿、無事でなによりじゃった」
さすがに大六角家を支えた後藤家の倅だ。十を一つ二つ出た歳でこれだけの挨拶が出来るとは、父の賢豊どのに会って見たかったな・・・
騒動を知った高治どのは、義治からの追手を警戒して蒲生に逃げ込んでいた。翌日に援軍として駆け付けた千種がそれを迎えに行き保護し、その後に叛旗を上げた国人衆が観音寺城下に集まって来るのを見た義治は側近の者と共に近場で大勢力の蒲生家に逃げ込んだのだ。
つまり高治殿は仇の義治と危うく蒲生家で鉢合わせするところだったのだ・・・
騒動から三日たった。佐和山城北の陣城は、既に充分な防御力を持ったものになっていた。止めていた浅井の間者も解放して、今頃は小谷城に報告を持っていっているだろう。
甲賀衆の掃討は終わり、抗戦を表わした信楽の多羅尾は玄海隊によって落城・兵は四散したというか、殆ど兵が集らなかったのだ。籠城準備も整わないうちに玄海隊が雪崩れ込んで終わりだったようだ。
南の主なところでは、青地城と三上城に兵が集っている。どちらも石部の拠点となる陣城の近くだ、出来上がりつつある巨大な陣城相手では何も出来ぬであろう。
しかし侮れぬ勢力になっているのが、蒲生の両藤の一方の新藤だ。琵琶湖有数の湊を抱える木浜城に永田・楢崎・永原と甲賀衆の残党らが集って、その数四千の大勢力となっている。
六角家最大勢力を誇る蒲生は、静観している。義治が逃げ込んでいるせいでもあるが、対抗・臣従のどちらの色も表わしていない。大隊長の指揮する山中隊本隊がこれを牽制する位置にいるせいでもあろう。
蒲生が抵抗の姿勢を見せれば直ちに攻め込むだろうが、後藤高治を保護してもらった経緯と千種氏とも関係が深いので、これの動静を見守っているのだ。
「某、平井定武でござる」「目賀田貞政でござる」
「「我ら山中様に臣従致しまする」」
「平井殿、目賀田殿、臣従忝い」
平井は六角の重臣であり、目賀田は後藤の親類である。二人の加入はこの周辺で大きな力となる。
「さて高治どの、それに千種、義治は親や兄弟の仇だ。だが今、義治を討てばさらに多くの血が流れることになる。ここは義治を国外追放と言う事で堪えて貰えぬか?」
「・・・某はそれで構いませぬ。兄と父の仇ですが主君でもありました。この国から追放できるのならばそれ以上は望みませぬ」
うむ、さすがに潔い、父親の薫陶の賜物であろうな。千種も大きく頷いている。
「ならば千種、蒲生に行ってくれぬか。山中が義治を船に乗せて対岸に無事お送りすると、佐々木越中の清水山城ならば居場所はあるであろう」
「畏まりました」
蒲生家当主・賢秀の正室は千種の妹なのである。賢秀は高治の叔父で親類なのである。以前から山中家にいる親類の千種が行けば、山中家が手出ししない事を信用して貰えるだろう。
広大な清水山城を持つ高島七頭の佐々木越中は、六角氏とは良好な関係だったと思う。或いは臣従していたのかも知れぬ。その当主をむげにはしないだろう。
「平井、目賀田、それに高治どの、六角家との関係が終わった事を世間に示したい。家臣に命じて観音寺城の郭を破却してくれ」
「「「はっ」」」
「それから平井は佐和山城の守将・池田と親しいと聞いた。佐和山を説得してくれぬか」
「承知致しました!」
「目賀田は、いまだ進退を迷っている北部の国人衆の説得を頼む」
「お任せあれ!」
十月五日夕刻 佐和山城 池田景雄
某はどうすべきか・・・・・・
義治様の行為にほぼ全ての国人が叛意を表わして蜂起し、承禎様と義治様は供回りだけ連れて観音寺城を逃げ出した。つまり六角家が崩壊したのだ。
それを知りいち早く動いたのが後藤殿の弟が仕えている隣国の山中だ。千種殿が引き連れた北勢の兵が駆け付けて来て、さらに後続の部隊が続々と侵入している。
佐和山東の五僧街道からも山中隊が雲霞の如く湧き出て来て、この佐和山城の北に陣城を築いているのだ。
こちらに背を向けての築城で、こちらを攻撃して来る意図が感じられず、ただ見ているだけだ。陣城の目的は、北からの・浅井の侵入を許さずと言ったところだな。
もっとも山中隊はこちらの十倍はある兵力で、手を出しようも無いのが実情だ。
今南近江は山中家に臣従する勢力と、それに敵対する勢力、そしてただ静観している勢力に分かれている。
臣従する事を決めたのは後藤・三雲・中岡。
敵対しているのは新藤・永田・永原らに甲賀を逃げ出した者たちに、三上・青地なども自城に籠もっている。
静観しているは蒲生でここに義治様が逃げ込んでいるようだ。
いち早く敵対した多羅尾は山中隊に一撃で制圧されたようだ。山中隊は強い、その噂は信じられない程なものばかりで、此度の神速の動きもまさにそれだろう・・・・・・
「申し上げます。平井殿が来られました!」
「・・・お通しせよ」
平井殿が説得に来られたか、何かしらホッとした気分だ。もし友である永田殿が来て、一緒に山中と闘おうと言われたのならば苦悩するだろうからな。
なにせ、目の前で動く山中兵を見るだけで噂が誇張の無いものだと分かるからな。
山中隊は倍の敵を圧倒すると聞いた、おそらくは眼前の彼らだけで北近江を制圧出来える部隊なのだろう。
と言う事は、南にいる山中本隊だけで南近江は制圧出来ると言う事でもある。それを考えると背が冷える。もし彼らと闘えば多羅尾の二の舞だろう、僅か一刻程で山ごと城を焼き尽くすという噂だからな・・・・・・
「池田殿、北の護り、ご苦労に存じます」
「はい、お蔭で騒動に加わらずに済みました」
「平井家は山中家に臣従することにしました。それで池田殿を説得せよと山中様に命じられて参りました」
「なんと、山中様がおみえですか?」
「左様。後藤館におられる。気さくでいながら芯の通ったお方で御座るよ」
「ですが山中家に臣従すれば領地は没収されるのですな・・・」
「左様です。ならば戦って家臣と共に散りまするか?」
「・・・臣従すれば家臣は?」
「奉公を望む者は雇われましょう。山中家では得手に応じて仕事を与えられ、毎月きちんと給金が貰えます。千種殿は内政の仕事をなされて、領主だった以前よりは遥かに恵まれていると言われておられます」
「・・・民は?」
「あらゆる面で治政が行き届き、税は変わらぬが皆がみな豊かになっていると。何よりも兵役が無く安心して生きられている、民の笑顔が増えたと千種殿の言い分です」
「某は兵として生きたいが、可能であろうか?」
「さあ、それは殿に聞いてみなされ、いや、ここではすぐ傍の陣城におられる藤内殿に願えば如何ですかな。山中家では一部隊を率いる将兵ならば、それなりの独自判断が出来ると聞いておりますぞ」
「藤内殿とは・・・北の陣城の部隊長か?」
「左様です。山中別働隊を率いる藤内宗正殿は、山中家大隊長・北村新介殿と同じく元柳生家の高弟で山中様の古くからの剣友で無二の友だと聞いております」
「ならば平井殿、北の陣城に参ろう。某と同道して貰えるか?」
「無論で御座る」
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