第170話・出羽・土崎湊。


永禄六年五月


 酒田湊でたっぷりと酒と米を積み込んだ船団は、真っ直ぐ二刻半ほど北上して土崎湊に入ろうとしていた。湊の入り口にある船番所と交渉している先頭の九鬼嘉隆の船が進まない。何やら大声で話している声が聞こえてくる。


「・・・どうやら噂通りのようですな」

「そうだな。ならば、我らの船を嘉隆の横に付け話を聞いてみようか」


 ここの船番所の悪評は、酒田湊などで聞き込んでいる。横柄で高圧的、不慣れな相手には津料を吹っかけて懐にすることなどはよくあるらしい。

 土崎湊は珍しく武家主導の湊で、安東家が普請して統率している湊だ。安東家はこの辺りでは最大の水軍を持つ大名家で、蝦夷をも支配下に置いている強大で商いにも熱心なお家だ。商いに熱心なだけあって湊の規模もかなり大きく、見物がてらに寄ってみたのだ。



「一隻十貫文なんぞは聞いたことが無い。何かの間違いでは無いか?」

「そんな文句言われる筋合いでは無いわい。払わぬならば通さぬ!!」


船番所では赤ら顔の役人が怒鳴り、横に数隻並んだ水軍の船から顔を出した兵らが、二人のやり取りを聞いてニヤニヤと笑っている。いつもの光景を見ているといった感じだな・・・


「殿、津料は一隻一貫文、大和丸は十貫文だと言われるのです」

「左様か、商いで銭を稼ぐのは大変だ。無駄な銭は一文であろうと惜しいな・・・」


 ここの普通の津料は、小型船で十文、五百石積み以上の船が百文と聞いている。それを十貫文とは吹っかけたな、それを平気で言う役人は家中でも重きを成す家の者だろうな。ここで交渉しても埒が開かない。ならば、入港は諦めよう。


「うむ、土崎湊に特に用が有る訳では無い。日の本の北回り航路調査の途次に通り掛かったついで立ち寄ったまでだ。それにもし安東殿がおられれば御挨拶しようと思ったのだが・・・」



「・・ならば、ここは素通りして後日安東殿に書状を出されて事情を説明されたら如何でしょうか?」


「うむ、そう致すか。お船番、厄介を掛けたな。我らの入港は取りやめだ」



「ぇ、殿に書状・・・・・・」

 船番役人の手は震えて赤ら顔が真っ青になっている。おのれの先行きを悟ったのだ。百文を十貫目と言いその差額を懐に入れようとした罰は、安東家では如何するのか楽しみだ・・・・・・


「し・しばし、お待ち下され!」

と、水軍の船から声が上がり、船番所に武士が駆け上がって来た。


「某、安東家家臣・山手中三郎と申しまする。偶然そこで聞いておりました。船番の者のご無礼、某が代わってお詫び申し上げまする。真に失礼致しました」


「いや、構わぬ。船番はここの津料の自由采配を任せられているのであろう。こちらには文句が有るはずが無いわ」


「いえ、そのような事は御座いませぬ。定められた津料が御座います。それをたかって私腹して安東家の対面を汚すなどもってのほかの事、厳しい処断が下されましょう」


 男の合図で、船番役人は引っ立てられていった。津料のたかり行為は日常化していて、それを黙見していたこやつらも同罪だろうと思ったが黙っていた。


「差し支えなくば、貴方様の御尊命をお伺い致したい」

「儂は山中勇三郎と申す。新参者ゆえにご存じあるまいが、大和・紀伊などを細々と領しておる者だ」


「大和・紀伊・・・ひょっとして山中銭の山中様で?」

「うむ、帝から鋳銭の司に任じられて、硬貨を作っておる」


「大和の山中様でしたか、真に失礼致しました。日の本の航路調査と仰せでしたが、どのような?」


「我らは、日の本を廻る商いの道を調べているのだ。それより山手殿、我らにはあまり時間が無い、今書状を認めるので、安東殿に御挨拶の品をそなたが変わって届けて下さらぬか?」


 一連のやり取りで、土崎湊に入港する気は失せていた。これ以上面倒な問いかけはうんざりなのだ。


「お待ち下さい。殿は今、ここ土崎にはおらせませぬ。北回りであれば十三湊にお回り下されぬか」


「十三湊か、照算どのくらい掛るな?」

「はっ、この風であれば一刻半か二刻かと」


「相解った。山手殿、我らはこのまま十三湊に向かう。ご足労をかけたな」


「お待ち下され。ならば、ご無礼が重ならぬように某が案内致しまする」

「左様か、ならば願おう」


 こうして山手中三郎を九鬼嘉隆の熊野丸に乗船させて十三湊に向かう事になった。航海中に山手と話をするために俺も熊野丸に移った。


「広い甲板ですな!」

「おう、速いで御座るな!」

「見晴らしが宜しいな!」

と、あちらこちらをきらきらした目で見渡す山手だ。此奴、案内では無くて見物が目的だったかと思ったが、まあ良いか。別に問題は無い、誰でも初めて乗る船は興味があろうからな。

話してみると、海の男らしく日焼けした逞しい体と鬼瓦のような顔の第一印象とは違い、細かな気遣いが出来る好漢だった。山手は水軍の一隊を率いる水軍頭という役割らしい。そのせいだろう、見慣れぬ熊野丸に興味が尽きぬようだ。


「・・・大砲を見せて頂いても?」


「構わぬ。儂が案内しよう」

「山中様自ら・・・恐れ入り申す」


 まあ、船長の嘉隆と違って俺は暇なのだ。もっと暇なのは傍に居るだけの男だろうけどね。あっ、杉吉には護衛の役割があったっけ・・・


「ほ・へえぇぇ・・・」


砲甲板に整然と並ぶ熊野砲を見た山手が奇妙な声をあげた。それを聞いた俺はちょっと嬉しくなった。この熊野丸は最初に作った一号船で、熊野砲十二門を装備している。ちなみに扶養が船長の船には、熊野砲六門と大和砲六門で大和丸には大和砲のみ二十四門を装備している。


「これは大和で作られたので?」

「うむ、正確には紀伊だがな」


「・・・実は我が水軍も船の武装を試して御座って、臼砲を装備してみたのですが、どうももう一つ・・・」


 うん、今の海賊衆の最先端装備は臼砲だろうな。毛利水軍や大友水軍も装備している様だ。村上ら瀬戸内衆は、接近戦での戦いを想定していて焙烙玉や弓・槍などが主流らしい。


「なんなら売りますぞ」

「真ですか?」


「勿論だ。我らは商いで来ている。廻船問屋・熊野屋は、普通の交易品の他に槍や弓、刀に火縄銃、大砲から船まで売る店だ」

「なんと、それは朗報で御座る。某、十三湊におられる殿に進言仕りまする!!」


 うん、偉い勢いで喰いついたな。羽州安東家ならば、大砲を売っても問題無いだろう・・・・・・な。


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