第169話・若狭・阿納尻村。


永禄六年四月中旬 後瀬山城 武田義統


「因幡武田を大和山中が支援すると言うのは間違いが無いか?」

「左様、それも条件次第でございますが」


 昨日、若狭小浜湊に入港した見慣れぬ船団は、大和の商船だと分かった。紀伊湊を母港とする熊野屋という店が、北回り航路を知るための航海をしているらしい。ただし船と水主は山中水軍のもので、積荷と乗員を守る為に強力な防御力を持っているらしい。


 その使者が城に来た。

熊野屋の商いの使者では無く、大和山中家としての使者だ。津田照算殿という雑賀水軍の頭領でもあり火縄銃を日の本に持ち込み作る事に成功した名家の当主だ。


 因幡守護の山名と取って代った因幡武田は、我らと遠戚である。

現当主の高信殿は武力と知略を兼ね備えた名将だと聞いている。その高信殿でも毛利方に加わることを止めて、山中との誼を強くするのを選んだのだ。

 但し山中家は、あくまでも商いでの付き合いを望んでいたようだと書いてあるが・・・



「差し支えなくば、その条件を聞かせて貰えないか」

「まずは我らの商いを認める事が前提です。次に民と商人を安んじること。その上でお家が危機に陥った時には、我らが状況を見てお助けする場合もあるという事です」


「敵に攻められても、無条件に助けるのでは無いと?」

「左様、支援であって同盟ではござらぬからな。我らも戦国の世に生きる者なれば、敵といえども侵略や侵攻を否定することは出来ませぬ」


「・・・例えば、毛利が数万の大軍をもって押し掛けてきた場合にはどうされる?」

「その場合には、我ら間違い無く反撃しますな。我らは因幡の安定を望んでおります」


「よう分からぬな・・・・・・」



 因幡の事はよう分からぬが、津田殿の申し出は商船の拠点となる土地を借りたいとのことだ。日の本の北側の海の交易に使うのだという。


 うむ、それは分かる。越中・越後から蝦夷まで船を出している敦賀の商人がいるのだ。彼らから話を聞いたことがある。


畿内から来た彼らは敦賀の豪商に負けぬ程の力があろう。彼らの拠点が近くにあれば小浜の商いも間違い無く発展するだろうし、寒村一つ貸し与えても当家には損にはならぬ。

 それに大和山中家の水軍がいると知れば、国人衆らを牽制出来るだろう。なにせ大友・毛利が争い焼失した最前線の土地を、間に入って平然と復興する家だからな。

山中を東に置いて粟屋を牽制する、その間に西の逸見を討ち滅ぼし、とって返して粟屋を攻撃すれば朝倉に頼らなくても良い。朝倉の兵を入れるとそのまま若狭を侵略される怖れもあるのだ。



「小浜の東に阿納尻という良い入江があるが、そこでどうか」


 阿納尻(あのじり)村は、五十戸ほどの小集落で田は少なく海の恵みで細々と生計を立てている碌な年貢も納められぬ寒村だ。だが内外海(うちとみ)半島に囲まれ冬の荒波が押し寄せぬ天然の良港だ。水軍が拠点にするのにはもってこいだろう。


「そこなれば当方は充分で御座る。賃料は幾らで御座るか?」

「いや、そこはお譲りするので山中家の飛び地として治めて貰えないか」


「我らの領地と・・・その対価は?」


「火縄十丁と充分な量の玉薬では如何か。いや、はっきりと下心を申せば、大和山中家が当領地内にあるとなれば、国人衆や他国への牽制になるのだ。つまり、我が領地に攻め入ることは、山中家に攻め入る事と同義になりますからな」


「・・・・・・なるほど、了解致した。では山中国の飛び地として治めましょう」



 津田殿は一旦船に戻ってから、代価の火縄銃と玉薬、それにお礼の銭を添えて持って来てくれた。

銭は巷で奪い合いになっている山中銭だ。金貨・銀貨・銅貨が百枚、合わせて百十一貫文だ。いずれも新しい輝く銭だ。

さすがは大和山中よ、気前が良いわ。儂は思わず小躍りしたわい。


 津田殿は、山中家のことを山中国と呼んでいたな。まあ、若狭も若狭国であるし、播磨の国、丹波の国という。特にそれ以上の意味があるのだろうか・・・・・・




 若狭・阿納尻村 


「ほう、船を停泊するのには絶好の場所だな」

「はい、武田も場所は奮発した様です」


 阿納尻の湾は直径八町(872m)ほどの丸い形をしている。湾口は西の小浜湊の方向にあって、その他の東・北・南の三方は陸地で塞がれている。湾の突き当たりの村が阿納尻村だ。山裾では面積は少ないが、陽光に光る水田が輝いている。交易船の拠点としては理想的な所だ。


 若狭にも幾つかの水軍衆がいるが、必ずしも守護の武田氏に従っていないのだ。当主の武田義統は我らの力を利用して、自立した国人衆を抑えようとしているのだろう。それ故におのれの城下町のある小浜湊と目と鼻の先のこの地を我らに移譲したのだろう。


「武田義統は先見の明があるのか、それとも馬鹿なのか?」

「どちらでもありましょう。某も譲ると言われて耳を疑いました。恐らくは国吉城の粟屋を牽制したいのでしょう、但し我ら山中の事は良く分かっておられないでしょうな」


 だよね。確かに我らの店や領地にちょっかいを出せば反撃する。それが国人衆であろうと、朝倉・浅井・武田であろうともな。我らを楯にして国人衆を一掃してのち、おのれの目的を達成したから返せと言われれば、高くつくぞ。


 まあ、ここは素直に喜ぶべきだろうな。

我らにとって拠点となる場所が出来たのだ。太平洋に面した山中家には、日本海の廻船をするに当たっての拠点が必要だった。通常は敦賀湊になるだろうが、狭い敦賀湊にはもう充分な土地が無いだろう。それにあそこは各勢力の通り道で常に戦禍に巻き込まれる土地柄だ。

 そこで若狭を選んだのだ。畿内への道が通じる若狭ならば不都合は無い。熊川から今津に出れば近江に最短距離で通じる。若狭武田も変なちょっかいを出さなければ我らと共存共栄も可能かも知れぬぞ・・・・・・




 どうやら武田家からの通達があったようで、湊には大勢の村人が並んでいた。不安そうな人々の前に立つ老人が村長であろう。

我らは船を下りて彼らの前に進み出て告げる。


「我らは商いのためにこの地に来た大和山中家の船団で、拙者は船団長の津田照算と申す。武田家と交渉した結果、今日からこの地は我ら山中家が領する事になった。突然のことで皆は困惑しているだろうが宜しく頼むぞ」


「阿納尻村の長・長右衛門でございます。そのこと、城役人から通達がありやした。わしらは何をすれば良いですかの?」


「この地は我らの北回り廻船の拠点となる。その為の土地・建物・湊などが必要だ。動ける者は土木作業などを手伝ってくれ。老人や女衆は飯を作ってくれぬか、米などは船に積んでいる。勿論、どの仕事でも飯を食わせて給金を出す。山中家に労役は無いからな、安心して働いてくれ」

「「へい」」



 その日は船と海岸線に野営した。翌朝、阿納尻村の南の丘陵地に駐屯地を作るべく縄張りをする。山を崩して小高い平地を作り、冬の厳しさを考えて風除けの土塁で囲む。現地調達の石と材木は大量に必要で、その手配は村長に頼んだ。


 拠点に必要なのは、湊と詰所、宿舎・蔵・練兵所がある駐屯地だ。その為の道具類は船に積んであるが、全員の分までも無い。ここで拠点作りの者と分かれて船団は北に向かう。


「この地に残るのは、兵二百と熊野丸一隻とその要員だ。部隊長は竜玄、船長は狐島、全体の奉行は富永だ。三人とも頼むぞ」

「「「はっ」」」



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