第136話・紀湊。
紀湊 栗栖城
五條に一泊した翌日、算長どのと合流して、水田の護衛隊と共に栗栖城に来た。勿論、俺と杉吉らは皆と同じ兵士の姿だ。山中勇三郎は今、多聞城にて寝たきりなのだからな、当分の間は全てがお忍び旅だ。
ついでに言っておけば、騎馬隊は水田・山畑の護衛隊の二百だけでは無い。紀湊と橿原と多聞城にも百の部隊があり、全部で五百の部隊を運用している。
それらの騎馬隊は戦もするが、五十騎単位で荷駄の護衛に領内を常に動いている。彼らは俺の護衛専属ではなく、荷駄の護衛が主な仕事なのだ。
領内を移送する産物は多く、護衛隊は馬に荷駄を引かせて街道をひっきりなしに往復している。特に護衛が必要なのは、高価な武器や家臣への給金や両替された金銀・硬貨を運ぶときだ。
つまり常に動いている護衛隊に俺が合流して移動しても、領内ではまるで目立たないのだ。この手段を使えば、領内のどこへでも安全に速く移動出来ると言う訳だ。
普請中の栗栖城は土地の造成が終わり、高台に白い多聞櫓と高櫓が夏の光に輝いていた。北が尖った将棋の駒型の形で、尖った先端に大手口と左右(東西)にそれぞれ門がある。栗栖城は橿原城に次ぐ巨大城である。
雑賀・宮郷の太田城は既に廃されて、建物の殆どはここに移築されていた。和佐山城や龍門城・飯盛山城など多くの城の建物も解体・移築されて、蔵やら役所やら宿舎に利用されている。
栗栖城の北半分は政を執り行う部分で、蔵や役所が立ち並ぶ予定だ。今は仮小屋に役人が詰めて執務を行なっている。
ここにいるのは相楽を筆頭とした一千もの文官だが、今は物資の手配や町と湊の建設に関わる一切の業務にてんてこ舞いだ。
東門が紀ノ川から陸揚げした物資の搬入口で、上流で切りだし運んで来た木材が山と積まれて、列を作って運び込まれている。さらに城内外の至る所で大工と兵が木を刻んでいる。
山中兵には刻み仕事もこなせる者が三千名以上いるのだ。刻み仕事はそう難しい作業では無い。大工頭領が墨付けした木材を鑿と鋸で刻む仕事だ。墨付けどおりに刻み、それを運んで組立までこなす。その先の仕上げの仕事をこなす兵の数も増えている。
彼らが山中家の膨大な普請を支えているのだ。
栗栖城の南西の門を入った所は嵩上げしていない土地で、四町四方の広さがある。ここが兵の練兵所となっている。この広さがあれば二千の兵の調練と弓や火縄の調練も同時に出来る。
その南側一帯が家臣の居住部分で、今は移築した建物や仮小屋が鬼の様に並んでいる。
兵一万となれば朝一刻の調練ではとても回せない。二・三日に一回、それも午前と午後に分けての調練となる。今は午後の調練を終えたところだった。
調練場で懐かしい顔に会えた。
清興と啓英坊だ。彼らはここで調練の指導をしていたのだ。大隊長の新介がいない今、調練と警備を数人で交替して担当している。
「大将、お姿を見て某、安心致しました」
「清興、心配掛けたな。藤内もすっかり良くなっていたぞ」
「それは何よりです。お方様のお具合は?」
「おう、腹が大分大きくなっておる。そろそろ生まれるであろう」
「これで当家も一安心ですな」
「うむ」
「如何ですかな、栗栖城は?」
「おう、皆の苦心のお蔭で素晴らしい出来だわ」
「湊の普請も苦労しておりましたぞ」
「今から見に行く。楽しみだ。また今宵の宴で会おう」
「はっ」
栗栖城の次は新しい紀湊だ。
北側の大手門を出て紀ノ川方向に向かう。
栗栖城の北側一帯は、河口付近から和佐山麓まで真っ直ぐ広い街道が引かれて、左右に碁盤の目の様に規則正しく道が配置された街が誕生している。
幅十町長さ二里に渡る栗栖の城下町であり紀湊の商人町だ。
商人町では既に数十軒の建物が建築中で、大勢の人夫が動いている。その中でひときわ広い一角が廻船問屋・熊野屋だ。
主は木津寿三郎、つまり俺の義弟だ。
山中家としてこれから重要な廻船問屋は、商いの大名を目指す寿三郎に任せた。彼に日の本から琉球・呂宋を結ぶ大廻船ネットワークを構築させる。
熊野屋の隣は、泉屋・大和屋が並ぶ。どれも広い蔵地を持つ大店だ。
その他には、堺の納屋衆を始め多くの店が建築中なのだ。とにかく目敏い商人はここに店を持とうと動いている。
ここは大店で無くとも小店でも個人でも異邦人であろうと出店出来る。売買に制限を持たせる座などの権威は全て撤廃した。北畠と柳生家が後援する店も出店予定だ。
但し定期的に売り上げをきちんと報告して、売り上げに応じた税を納める義務がある。
商人街の大きさは、堺の五倍ほどの規模だ。さらに城の西南にはそれ以上の街が作れる土地がある。
そして湊だ。
眩しい光に満ちた紀湊は、紀ノ川を大きく拡げて、川幅一町・奥行き三十町の広さを持つ。
両岸に何百艘もの大型交易船を繋げられる日の本一の湊にしたい。それだけでは無くて、世界交易の拠点となり湊を目指すのだ。
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