第135話・短筒と弾丸。


永禄四年九月 橿原城 津田算長


「算長どの、久し振りに火縄対決じゃ」

「まさか、その短筒で?」


 寝込んで起きられなかった大将が、橿原城まで来られた。杉吉どのらとのんびり歩いて領地を見ながら来たようじゃ。

 火縄対決と持って来られたのは、銃身二尺(60cm)ほどの短筒じゃ。その仕掛けから辻芝製だろうが、はっきり言って普通の火縄銃の半分じゃ。軽い、それに見た感じ特に工夫は無い。これで儂特製の火縄玉に勝てるのか?


 だが、なんとその短筒は一町先の的を撃ち抜き、一町半の的枠に当てたのだ。儂特製の鉛玉は一町先の的の近くに当てることが出来るが、通常の玉ならば精々半町先の的に当てるのが精一杯で、一町先の的枠にさえ当たらぬのに・・・

半分の銃身で倍以上の射程距離があるとは、とても信じられぬ事じゃ。


「どういったカラクリで?」

「これだよ」


 大将が見せてくれた玉は、流滴形の黄金色の玉だ。半分ほどが中空で重量を抑えるところは儂のと変わらぬが、細長い姿が綺麗じゃ。さらに真ん中にくびれが入って、後には斜めに二本の筋が入っておる。


 これは・・あの時大将が書いた絵にあった筋じゃ、

 あの時には大将にごまかされたが、やはり意味があったのか・・


「この筋はどのような意味が?」

「うん、この筋が弾丸を回転させるのじゃ。すると飛ぶ姿勢が安定する」

「だんがんとは?」

「おう、これはもう玉では無いからな、弾丸と呼んだのじゃ」


 おう、鉄砲玉から弾丸か、なるほど丸いが玉では無いか・・


「算長どの、その火縄銃も四分口径じゃな。それでこの弾丸を飛ばしたのなら二町先の的に当たるぞ」

「な・・」


 早速試した。一度・二度、玉・・弾丸は良い感じに飛んで行く。次第に的に近付き、三度目に的を撃ち抜いた。


 驚いた。体が震えた。うちの大将は何という・・・・


「これは、悪銭五枚で出来ている。硬貨のついでに作って貰ったのじゃ」

「銅ですか。ならば狭い筒には入らぬ、それで口径を計ったので」



 大将は、火縄銃の口径を計れと言って、ノギスという道具を配った。以前に長さや容量の基準だと定規や升を配り、今回はノギスだ。

 ノギスは単純な構造ながら、内径・外径・穴の深さを一厘の十分の一まで計れる道具だ。


 その結果、最も多かった辻芝製の四分口径の物を山中家の火縄銃として定めて各地に配布した。この橿原城も一千丁の四分口径の火縄銃を揃えている。

口径が違うのは、鍛冶士・鍛冶場によって基準になる真金が違うからだ。口径が違うと玉を作る道具も違ってくる。


「それもあるが、これからは部品一つ一つを同じ物にしたいのだ」

「なるほど」

「だが弾丸は、兵や隊長らにも秘密にする。公にすると、すぐに敵に真似されるからな」


 確かに、敵の火縄銃の性能が良くなるのは脅威だ。


「算長どの、腕と目が良い者を数十名選んで欲しい。この弾丸を使う狙撃隊というものを編成したい。急がぬ」

「承知」


 大将は山中隊では全て同じ口径の火縄銃を使用して、他の口径が違う火縄銃は他国へ販売するつもりだ。火縄銃は交易の品にも使える。




橿原で一泊して算長どのと久し振りに酒を楽しんだ。そしてこれからの火縄銃や大砲の話をした。紀湊に新しく作る火砲工房には、算長どのの力を借りたいからだ。

橿原での火縄調練は、算長どのの弟子に任せれば良いのだ。。年寄りをこき使って済まぬが、最先端の火砲には算長どのと芝辻鍛冶の頭と腕と経験が必要だ。


翌日、吉野に移動して十市の嫡男・遠昌や側近の河合・伊丹と会って話しをした。俺が寝たきりの重篤な状態だと心配しているだろうからな。

吉野はすっかり落ち着いて、歴史香るしとやかな姿を見せていた。街道沿いは多くの人が通行して、商いをする者の顔も明るい。



日が明るい内に五條に到着した。

 藤内は既に武術調練が出来るまで回復していて、久し振りに木剣を交えた。木剣を交えてみると、以前の藤内とは何か気配が違った。


「藤内、大怪我をして何か心境が変わったのか?」

「些か、大将も動きがさらに早くなっておりますぞ」


それはおそらく寝たきりで筋肉が一度落ちて、新しくなったせいだろう。リハビリには法用砦の道場で、武術の訓練で筋肉を付けたのだ。

そのせいか今はとても体が軽い、斥候隊の調練にも参加出来るほどだ。試しに橿原から吉野へは、杉吉らと共に山中を駆けたのだ。久し振りに一匹の獣になった気分だった。


 夜は藤内と酒を酌み交わした。あの根来寺の変の時には、再びこのような至福の時間が来るとは思われなかった。



「六角の出兵には、公方様が関わっておりますか?」

「うむ、表面的には三好と公方様は和睦しておる。だが細川の件もあり、裏では公方様が糸を引いている可能性もある」


 今年になって前管領の細川と三好の和睦の仲介を将軍家がした。ところが長慶様は出て来た細川を捕えて幽閉したのだ。そのしこりがあるし、将軍家が六角を頼りにしているのは先代からだ。六角義賢の姉は細川の妻・義賢の義は将軍家から貰った諱だ。このトライアングルはしつこい。



「山中は京での争いには関わらぬのですな」

「そうだ。降りかかる火の粉は払うが、どちらが勝とうと関わらぬ。まあ要請があれば兵糧ぐらいは運ぶがな」


「ならば、山中を牽制するとは六角も余計な事をしたものですな」

「うむ、しなくとも良い事をしたお蔭で、十蔵の悪だくらみで痛い目にあう」


 斥候隊の動きなど領内の重要な事は、十蔵・藤内・新介・遠勝・有市など家老や小隊長・差配には伝えている。それで無いと他勢力に対する的確な対応が出来ぬからだ。


 新たな大規模開墾した田には、稲が青々と大きく育っている。五條の兵は屯田に物づくりにと忙しい。十津川には桑や三俣を植えて増やし、養蚕や紙すきの準備を進めている。これは数年で成果が上がってくるだろう。

また南紀一帯では、雑木を蒸し焼きにする炭焼きを広めている。高温で燃える炭は早急に欲しいのだ。これはふた月ほどで成果が上がってくるはずだ。



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