第106話・高野山の依頼。


「拙僧は小善と申して、高野山座主のお傍に仕えている者です」


 高野山からの使者は、座主の脇を固める小善坊だ。全国に散らばる御師の差配をしている高野山の耳目とも言える参謀役の大物だ。高野山で一番油断出来ない者だと言って良いだろう。


俺は内心ではかなり緊張して彼を迎えた。

何たって、裏で疾しい事を沢山しているからな・・


「それがしが山中勇三郎で御座る」

「拙僧は、山中殿の手の者が高野山に居ることは知っております」


 き・キター、早速それかよー、やばい!!


 俺は内心の動揺を隠して、薄目で見事な小坊主頭の小善坊の目を見る。得物を持って敵と対峙する時と同じだ。


「い・いや、そうでは御座りませぬ。周辺の国人ならば相互に手の者を入れていることは当然で、拙僧らは特に問題にはしておりませぬ。それにより山中様がこちらの事情をご存じかと思いましてな・・」


 ん、そういう事か、

ちょっと勘違いして、殺気が出ていたかも知れぬな。

いまだ未熟だな・・


「はい、言われる通り高野山内の事情は少し知っておりますが、某の知っている事など断片的で、あまり当てにはなりますまい」


「で・では、直裁に言います。高野山は僧兵を放出し武装を解きます。それにより噴出する争乱と高野山の守護を山中様にお願いしたいのです」


 ん、争乱は分かる。想定していた事だ。だが、守護と言わなかったか・・


「守護と言われたか、それは争乱の間の事か?」

「いいえ、これ以降の高野山の守護を山中様に是非お願いしたい」


「見返りは?」

「高野山の持つ荘園の全て委ねます。その代わり山内の安寧と発展を守護して頂きたい」


 マジかよ!


 高野山の荘園って何万石あるのだ?

それを全てか、呉れるの?

勿論受けるぜ! もっちのもちもちもっちっちだよ、大万歳だ、やっほー!


「承知した」

「忝く存じます」


 ふう、ちょっと驚いたな。

先々を考えるとそれしか無いが、現在でそう舵を切るとは驚くべき判断力だ。


「小善どの、今、悪行の者二百ほどを残りの僧兵で追撃しておりますが、結局追撃側も解雇されると知れたら拙い事になりますな」

「・・・やはりそこまでご存じでしたか、それ故にこれからの舵取りは高野山だけでは無理なので御座る」


 そういう事か、なるほど。


「しかし、どこの馬の骨か分からぬそれがしより、紀伊には伝統ある守護殿が健在ですぞ」

「畠山様に頼めばそれこそ高野山は灰燼に帰す、山中様によってです。そうで御座りましょう?」


「左様、敵を与する者は敵、例え聖地であろうと遠慮は致しませぬ」

「それ故でござる。お頼み出来るのは山中様しかおらぬ」


 さすがに高野山随一の智謀者の小善さんだ。良くわかっているな。


「分かり申した。ならば今から山中が高野山を守護致します。まず五條から守兵を入れましょう。その上で南に出ている僧兵らはそれがしが捌きましょう」


「宜しくお願い申す」




「勇三郎様、お会いしとう御座いました・・・」

 百合葉が上湯に戻って来た。保豊と護衛隊も一緒だ。残りの徒兵は数日遅れるという。百合葉は騎馬隊だけ率いて先行してきたのだ。


「儂も会いたかったぞ。皆もご苦労であったな、じっくりと湯に浸かって体を休めて呉れ」


「いいえ、我らは田辺では出番が無かった故に全く疲れてはおりませぬ」

「左様で御座います。何か御用がありますればすぐに動きますが」


「・・・そうか、ならば来たばかりで済まぬが、このまま五條経由で高野山に入ってくれぬか。訳は・・・・・ということなのだ」

「畏まりました。すぐさま駆け付けて高野山を守護致しまする」

「頼む」


 五條に早馬を飛ばして伝令するよりは、騎馬の護衛隊を直接向かわせた方が早い。五條差配の藤内も今は根来寺の動きで慌ただしいだろう。水田と山畑の護衛隊ならば高野山内を支配出来るだろう。兵が足りなければ、麓の山中兵を連れて行けば良い。高野山に近い国城には五百の兵がいるのだ。


「百合葉、楓の働きはどうだな」

「はい、懸命に努めてくれまする。勇三郎様のお気遣い、真に嬉しゅう御座りました」


「うむ、これからは当麻の里などから女衆を呼ぶが良いぞ。各地の女衆を繋ぐ斥候隊の様なものを作ってみたらどうじゃ」

「女斥候隊ですか、それは面白う御座いますね。考えてみます」


 城内の生命線を取り仕切っている女衆は、実に大事な者達だ。新しい領地には旧領から気心の知れた女衆を送り込むのはその為だ。

結構重要な情報を持っているかも知れぬ。裏で殿方らを操っているとも言えるし、ライフラインも握られているのだ。

 それを考えてみると、ちょっと背中が薄ら寒くなったぞ。

 城や屋敷の奥を仕切る女衆には、殿方衆を生かすも殺すも自由自在なのだ。



「杉吉、僧兵どもの状況は?」

「はい、竜玄坊らは追っ手が掛かったと知ると躊躇無く水ヶ峰に向かい、翌朝攻撃して奪ったと。鮮やかな勝利で飲むわ踊るわの大宴を開いたと」


「ほう、さすがに戦巧者よな。迂回した追撃隊はどうなったな?」

「それがまだ迂回している途中のようで・・」

「と言う事は、竜玄隊は前後から鋏まれるか」

「はい、恐らくは」


 ふむ、迂回して竜玄坊らがいないと分かれば、颯風坊らは参詣道を高野山へと戻る筈だ。すぐに水ヶ峰の本隊が敗れたことを知るだろう。すると本隊と連絡を取りながら挟撃に移るだろう。

 両隊の戦いがどうなるか、それによって我が隊の動きが変る。僧兵達を高野山内に入れるわけには行かぬとなれば、狭い参詣道での戦いになる。


 どうなるか・・・まあ水田・山畑ならば上手くやるだろう。



「忍びの者はいるか?」

「はっ、ここに」


 出て来たのは、先日報告に来た平太だ。


「平太か、討伐方は火縄銃を持っているのか?」

「火縄は僧正衆が厳しく管理しており、今回は僧兵に持たせておりませぬ」


「高野山に火縄銃はどのくらいあるな?」

「聞いた話では一千丁ほどと」


「お主の配下の者は?」

「女衆は既に出て、男衆は直前まで残しています」


「それで良し。道の具合はどうだ、馬で通れるか?」

「下馬せねば通れぬ所が六箇所、その内下馬しても難儀な所が三箇所で」


 高野山には五千の僧兵に一千丁の火縄銃があったのだ、

もし山に籠もったこれらを攻めるとなれば大変な事になる。想像しただけで、ぞっとするぞ。この時期には尾張の信長でさえ持っていても百・二百丁が良いところだからな。火縄銃を生産している根来寺に到っては五千もあるか・・

 とにかく根来寺と高野山は、どちらも強力な事この上もない。こんな奴ら相手にまともに戦えるわけが無い。


ちなみに山中の持つ火縄銃も既に一千丁を越えている。根来寺門前町の鉄砲鍛冶芝家が優先的に廻してくれたお蔭だ。堺で購うよりかなり安く融通して貰っている。兵にも順次訓練させていて、既に五千以上の者が使う事が出来る。



 僧兵らが反抗的な態度を取り始めた切っ掛けは、参詣道普請だ。俺が兵を入れて直したのは、伯母子峠の南の三浦村までだ。そこまでが十津川の領域だからだ。


 高野山の参詣道は、そこから先の伯母子峠の上がり下りの道が特に悪い。険しい山で崩れている箇所が何カ所もある。

 良い道から悪い道その差が激しく、多くの参詣者が高野山に嘆願して、僧兵の道普請が始まったと言う事だ。


 つまり僧兵達の反乱の切っ掛けを作ったのは俺だ。

いやそれだけでは無い、こういうふうになったのは、俺の考えを山中忍びの者が実行した結果なのだ。

 これは俺と忍びの者しか知らぬ秘密だ。十蔵や新介も知らぬ、いわゆる裏仕事だ。もっとも藤内や杉吉などは勘づいている様だがな。




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