第81話・虎と虎。
請川で堀内隊との実戦調練が始まったと連絡があった。それは見ものだと急いで駆け付けた。
「指揮しているは太田だ。太田は堅実な闘いをする男よ」
と、遠勝が言うように、太田隊と堀内の五十人隊が正面からぶつかっていた。請川の隊長は新庄で太田はその配下の兵長だ。元十市家の面々も毎日の激しい調練で腕を上げていた。
激しい攻防で、ほぼ互角の戦いだ。だが離脱する者が増えてくると、太田隊が若干押し始めた。そして小さく固まると、その周囲を囲む堀内隊を各個撃破し始めた。こうなると散開している方が不利だ。見る間に堀内隊が兵を減らして新庄が止めた。
「ほう、太田隊も腕を上げたな・・」
満足そうに遠勝が言う。確かに始めの頃と比べると見違える様になっている。何度かの実戦に加えて橿原城では何十組もの隊と調練をしてきた成果だ。
堀内隊がこちらを見上げている。今我らに気付いたようだ。
堀内はすらりとしたやや長身の男だ。意外だな。虎と名が付く豪傑ゆえ、熊の様な偉丈夫だと想像していたわ。
すかさず二騎が駆け上がってくる。先頭は昨日の使者の水野という男。二騎は我らの前に来て下馬した。もう一人の男が進み出て膝を突いた。
「拙者、伝令役の浜野孫六でござる。我が殿が山中様との調練を望んでおります」
と、遠勝に向かって言上した。水野が案内したらしい。
「何人での調練を望むな?」
「棒の百兵でお願いしたい」
「承った」
「有難き幸せ!」
遠勝、マジかよ。
遠勝は兵の指揮・采配は抜群だ、だが武術はいまいちなのだ。まあ毎日の稽古で一般兵よりはましといったところまでは上達したが、新宮の虎には到底敵うまいな。
「ならば、斥候隊十名と儂と杉吉が傍に付く。水田と山畑は四十名ずつ率いて従え。指揮は遠勝が取れ」
「「はっ」」
水田と山畑は護衛隊の兵長だ。護衛隊は一般兵の倍は調練する部隊だ。この二人は実戦調練で清興隊や梅谷隊と互角の戦いをする数少ない部隊だ。
「わたくしは?」
稽古姿で稽古薙刀を持ち、やる気満々な百合葉が期待に満ちた目で問うてくる。
うーーんとね、君はね・・。
「百合葉は我らの奥の手だ。残った兵を纏めて、儂が討ち取られた時には仇を討ってくれ」
「畏まりました」
ふう・・・聞き分けてくれて良かった。遠勝が水田と山畑を呼んで大まかな指示をする。
「良いか。敵はここぞと言うときには本気で来ると思っておけ。先ほどの隊は陽動で同じ様に出てくるだろう。水田隊がそれに当たれ。山畑隊は時をみて相手本隊を攻撃する。その時、我ら本隊が裸になり相手は必ず本隊を狙ってくるが気にするな、此所には鵺どのと赤虎どのがおる」
「「承知!」」
さすが遠勝だ。自分を囮にして相手を誘うという。新宮の虎は、そもそも精兵で俺(実は遠勝)を討とうとして来たようなのだ。必ず乗ってこよう。
「始め!」
新庄の合図で新宮の虎との百対百の実戦調練が始まった。整列した堀内隊は、停止してこちらの動きを伺っている。遠勝は射るような目つきでそれ見ている。
実戦調練といっても、気を抜けば討ち取られかねない。相手からビンビン伝わってくる殺気でそれがわかる。
堀内隊の両翼が左右からこちらに向かって来た。
水田隊をその場に残して相手本隊に向かって動く。その動きに相手はちょっと驚いた様だ。だが、向こうもゆっくり前進して来た。
「突撃!」
「「「おおおおおーー」」」
山畑隊が雄叫びを上げて怒濤の如く突っ込んだ。
さすがに遠勝だ。何の躊躇も無く突撃させた。山畑隊は勢いに任せて相手の本隊を押しまくっている。
だが、すぐに壁にぶち当たったように止まった。かと思うと不意に壁が無くなった。
相手が左右に分かれて、鞭の様に本隊を襲って来たのだ。
「水田、ここで迎えよ。他は前進!」
本隊は壁の無くなった隙間を通過して振り返る。四つに分かれた小隊が入り乱れて闘っている。こちら側にいる相手二隊が蛇の様に枝分れしてこちらに向かって来た。
合わせて二十ほどの兵だ。うむ、先頭に虎がいるな。大将自ら突っ込んで来たか。
どれ虎退治といこうか・・
棒を槍構えにして前に出る。
堀内が直前で止まると左右から兵が殺到して来た。
その攻撃を擦り上げて軌跡を変え軽く下腹を突く。さらに突いてきたのを受け流してこれも下腹を軽く撃つと左右同時に転がった。
殺気を放ってくる相手に寸止めは通用しない。
堀内の左右から殺到する兵を悉く転がして後には行かせない。遂には誰も出て来る者がいなくなった。迎え撃った山畑隊に背を見せての突撃だ。精兵に背を見せるなど結果は知れている。あっという間に数を減らして、堀内以外の者は既に離脱していた。
残った憤怒の表情の堀内は、一人になったのを悟ったようだ。それでも逃げること無く果敢に突いてきた。
上に下に・左右から上下に・変幻自在に真っ赤な顔をした堀内が、怒濤の如く執拗に打ち込んでくる。
それを最小の動きで躱し・受け流し・受け止める。その度に棒の先で軽く体を突く。本人にだけ分かる軽い打撃だ。
堀内はこの地方を震え上がらせた誇り高き新宮の虎なのだ。大勢の配下の前で打ちのめすという無様な姿を晒させたくない。
「ぶはあーー」
と、ひとしきり撃ち込んできた後に、堀内は不意に大きな息を吐き出した。息を止めて撃ち込んでいたのだ。
さらに棒を投げ出して背後に引っ繰り返ると「ゲラゲラゲラ」と笑い出した。
「殿、見事に負けましたな」
「おう、春宗の言う通り完敗だ。まったく手も足も出ぬわ。儂の棒が掠りもしないのだ。まっこと、その度に何十回打たれたことか」
堀内隊を指揮していた武士が傍に来て言うと、寝っ転がった堀内が可笑しそうに答えた。
そして起き上がって胡座をかいて俺を見た。
「貴方が山中殿であろう。水野め、間違えよってからに」
「左様、それがしが山中勇三郎でござる」
「某、堀内氏虎で御座います。ただ今よりこの氏虎、山中殿に臣従致しまする」
「新宮の虎が臣従してくれるのなら真に心強い。だが、山中は基本的には領地安堵を認めぬのだ。小さき領地が数多くあっても国は発展せぬでな。それでも宜しいか?」
「無論でござる。この氏虎、臣従に条件など付け申さぬ。逆らう国人衆はそれがしが兵を出して成敗致しまする」
「うむ、宜しく頼むぞ、氏虎」
「ははっ、宜しくお願い申し上げまする」
その日は、堀内の運んでいた酒を河原で飲んだ。調練とは言え実際に闘った兵たちも次第に打ち解けてきた。
今日から仲間なのだ。言わば戦友のような気分なのだろう。
その中でも遠勝と九鬼春宗が大いに意気投合した様だ。軍略と戦略に優れた者共通の共感できるものがあるのだろう。堀内氏虎と九鬼春宗らに領地の状況を聞き、俺はこの地域の統治方法を考え直した。
「臣従すれば領地は安堵しよう。但し家族は新宮周辺に作る新城に集める」
これを国人衆に通達した。
堀内の勢力下にある国人衆は、臣従させた家臣団では無く、同盟者というものでもない。要請すれば兵を出すお味方と言ったところで、それ故に時勢に応じて平気で敵にもなるという緩い関係だ。
つまり新宮の虎もその地盤は脆弱で大兵力を集めての合戦は無理なのだ。それはこの地域の地形が大きく影響している。
この紀伊山地は山また山が続きその周囲を海が取り囲む大きな半島だ。山の合間、川の沿岸や河口の僅かな平地に人々が暮らして言わば集落ごとに隔離している。
それ故に、大和平野のように何処かに大きな城を作り、国人衆の兵を全て集めると言う事が困難なのだ。
町を拡大して人を集めて、商いや農地開墾をするという大きな事業も出来ない。つまりは国人衆の領地を召し上げても意味は無いのだ。
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