第80話・山中隊の調練。
未明に本宮大社を発って、山中隊にまみえるために北山川沿いに南下した。
その時刻、請川の山中隊は河原で調練をしていた。毎朝の一刻は調練の時間だと聞いていた通りだ。
彼らの力を知る良い機会だ、足を止めて見入る。
各人が思い思いの稽古をしている。どれも緩みが無く気迫のこもったものだった。やがて個々の稽古から集団による実戦稽古が始まった。
五十名程の隊同士がぶつかっている。見ている儂の肌が泡だつほど激しく速い、実戦さながらの調練だ。
五十騎ほどの馬もいて、騎馬と騎馬、騎馬と徒のぶつかり合いも激しく行なわれていた。
「何という兵たちだ」
思わず呟いた。皆ものめり込むように見ている。
「某もこれ程とは思いませなんだ」
「春宗、彼ら二百がもし新宮に攻めてくれば、倍の人数をもって撃退出来るか?」
新宮城に常時詰めているのはせいぜいが三百程だ。その他の兵は各地の城や国人衆の館にいる。
「・・解りませぬ。ならば、今それを試そうではありませぬか」
「うむ。浜野、我らも調練に加わりたいと申してこい」
「はっ」
山中のいる川湯で腕試しをしようと思っていたが、ここの部隊がこれ程の力を見せているのだ。恐るべき部隊だ。彼らが山中の最強部隊なのかも知れない。ならばここで腕試しをすべきだ。
この激しい調練が実戦に通じるものかどうか、試してくれようぞ。
伝令役の浜野が単騎駆け降りて山中隊に向かい、隊長らしき者と話してこちらに駆け戻ってくる。
「調練の申し出は、快く受けいられましたぞ」
「ならば降りるぞ」
我らが広い河原に降りて整列していると、三人ほどの男が出て来た。先ほど浜野と話していた男が先頭だ。
「某、山中隊小隊長の新庄定元で御座る」
「儂は新宮城主の堀内氏虎だ」
「我らと調練がしたいと仰せだとか」
「そうだ。山中殿に会いに行く途次だが、いざと言うときのために山中隊の力を知っておこうと思ってな」
「・・左様ですか。ならば五十でも百でも同数の数でお相手致す。得物は一間棒か二間の竹槍、調練ゆえ相手を傷付け無いこと、討たれたと思ったらすみやかに離脱すること」
「相分った。ではまず徒五十で頼む」
戦いの勝敗は徒で決まると思っている。それに我が軍は騎馬での戦いは得意では無い。馬が少なく移動や伝令の使用が主なのだ。馬体をぶつけ合うほどの騎馬戦の調練などしておらぬ。
「水野、まず出てみよ。鵜殿も加われ、得物は相談して決めろ」
「「はっ」」
水野直茂、鵜殿長義、後藤正晴、有馬氏善が堀内四将と言われる武将だ。水野が一番の武闘派で次が鵜殿、後藤は儂の子飼いで有馬家を継いだ氏善は儂の弟だ。
まずは堀内家きっての武闘派の二人を当てて相手の力を見るのだ。この二人ならば、勝てぬとも互角に近い闘いはするだろう。一言二言話し合った二人はこちらの方を見る。春宗に助言を求めたのだ。
「竹槍は相手の方が一日の長があります。ここは手慣れたものを持ち、自分たちの闘いをすべきです」
春宗の助言に頷いた二人が兵に棒を持たせて指示をしている。
「山中の竹槍隊は強烈だが、我らには竹槍は付け焼き刃か。ならば散開して動きの速さで攪乱するか」
「それしか考えられませぬ。集団戦では相手が上、ばらばらとなっての攻撃が唯一我らの力を発揮するかと手かと」
「始め!」
新庄殿の指示で双方が配置に付いた。相手は四十が竹槍、残りが棒の竹槍隊だ。前面と両側面に竹槍を並べた針ネズミの様な並びを取った。
その正面へ突撃した隊の動きが止まった。棒で牽制して竹槍の手元につけ込もうとしているが硬い槍衾を突破できないのだ。それは予想していた事で、すかさず鵜殿隊が回り込む。それに連動して竹槍隊の一部が動く。背後に移動した鵜殿隊に半数の竹槍隊が相対する。
真ん中の棒隊十を中心とした対称の形になったが、突け込めないのは変わらない。鵜殿隊が二つに割れて左右に動くが、相手の竹槍隊も二つに割れて同じ様に展開するだけだ。
「攻め手がないな」
「はい、攻められませぬ」
なんて事だ、これでは武闘派の二人の力を発揮出来ない・・
「待てい!」
「竹槍隊と棒隊では調練にならぬ。太田、棒に持替えよ」
新庄殿が膠着した調練に待ったをかけ、相手の隊が竹槍から棒に持ち変えた。
「始め!」
再びの指示で両隊が正面からぶつかった。先ほどとは一転して、棒と棒が打ち合う激しい音が響く。皆が身を乗り出して闘いの様子を見ている。
「どうだ?」
「まだです。双方とも小手調べですな」
初めての相手との調練で、両隊ともに相手の力を推し計っている状態だ。前衛を入れ替えて試して、一旦離れた。
「おおおおおーー」
今度は雄叫びを上げて両隊がぶつかった。「ごんっ」と音が聞こえるような激しい勢いだった。思わず握りしめた手に力が入る。
前衛の水野隊がぶつかると同時に、後方の鵜殿隊が相手の側面に回り込む。すかさず相手からも一隊が出て来て、そこでも激しい打ち合いが始まる。
互角か・・
激しい攻防に両隊から離脱する者が増えてくる。既に戦っているのは半数ほどの兵になっていた。相手は次第に固まり、逆にこちらは散開して周囲から攻撃している。
「止めーい!」
闘っている我が隊が十名程になってきたところで、新庄殿が調練を止めた。
「調練ゆえ勝敗を突き詰める事は無いと存ずる。堀内様、そちらの兵も調練をなさるか?」
はっきり言って我が隊が劣勢だった。堀内きっての武闘派隊を実戦調練で押すとは、彼らは想像以上に強兵だな。
「いやなかなかに手強い。新庄殿、こちらの隊は山中家の最強部隊かのう?」
「最強? いやいや、我らはそのようなものではありませぬ。ここにおる兵は、ほぼ旧十市家の者で御座って、山中家では新参でまだまだ未熟者でござる」
「ほう、大和十市家と言えば熊野にも聞こえた家柄、未熟者などと謙遜を」
「謙遜では御座らぬ。あそこにいる殿の護衛隊にはまるで及びませぬ」
振り向くと、先ほど我らがいた付近に二百程の兵がいた。山中の護衛部隊か、
いつの間に来たのだ・・
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